もし誰かの体に永久にくっついて、二度と離れられなくなるとしたら。普通の生き物なら、その時点で免疫システムが「異物」として相手を攻撃し始めるはずです。移植された臓器が拒絶されるのと同じ理屈です。
ところが深海に棲む一部のチョウチンアンコウでは、これが日常の繁殖行動として起きています。オスがメスの体に噎みつき、皮膚も血管もひとつに融合して、生涯そこから離れません。それでも拒絶反応は起きないのです。
2020年に『Science』誌へ発表された論文は、この謎を複数種のゲノム(全遺伝情報)を比較することで解き明かしました。答えは意外にも、免疫システムそのものが"なくなっていた"というものでした。論文をもとに、この奇妙な結婚の正体を見ていきます。
なぜ"一生融合"のような繁殖の形が生まれたのか
チョウチンアンコウの仲間(ceratioidea=チョウチンアンコウ上目)は、光がほとんど届かない水深数百〜数千メートルの深海で暮らしています。餌が乏しく、個体の密度も極めて低いこの環境では、オスとメスが出会うこと自体が大きな賭けになります。せっかく見つけた相手を、二度と逃さない仕組みが進化しても不思議ではありません。
この現象が科学の記録に残ったのは1920年代のことです。アイスランドの生物学者Bjarni Sæmundssonは1922年、メスの腹に2匹の小さな魚が吻(ふん=口先)で付着している標本を見つけました。彼はこれを幼魚だと考えましたが、どうやって付着しているのかは説明できませんでした。この謎を引き継いだ大英自然史博物館のCharles Tate Reganは1925年、付着していた小さな魚が実は性成熟したオスであることを突き止め、論文で「メスに寄生する矮小化したオス」として報告しました。
その後の調査で、この"寄生"には段階があることが分かってきました。魚類学者Theodore W. Pietschは2005年の論文で、チョウチンアンコウの繁殖様式を大きく3つに整理しています。
- 一時的な付着:交尾のあいだだけ軽く触れ合い、その後は離れる
- 条件的な性的寄生:付着するが組織までは融合せず、オスは自力で離れることもできる
- 恒常的な性的寄生:皮膚と血管が完全に融合し、オスは一生メスから離れられない
2005年の時点で、この恒常的な融合が確認されていたのは、知られている約160種のうち11科35属中5科10属23種に限られていました。かなり特殊な進化だということがわかります。
実験:融合の度合いが違う複数種のゲノムを比べる
ここからが本題です。マックス・プランク免疫生物学・エピジェネティクス研究所のThomas Boehmらの研究チームは、ワシントン大学のPietschと共同で、融合の度合いが異なる複数種のチョウチンアンコウのゲノムを解析しました。
比較の軸にしたのは、免疫システムのうち獲得免疫(adaptive immunity)と呼ばれる仕組みです。これは一度出会った病原体を記憶し、抗体やT細胞(異物を攻撃する免疫細胞)を使って狙い撃ちする、脊椎動物に特有の仕組みです。そして、移植された臓器や他人の組織を「自分ではない」と見分けて拒絶するのも、この獲得免疫の働きによるものです。
研究チームは、付着をしない種から恒常的に融合する種まで、融合の強さが異なる約10種のアンコウについて、抗体を作るための遺伝子(aicdaなど)や、T細胞・B細胞の受容体を組み立てるrag1・rag2遺伝子、そして移植の適合性を左右するMHC(主要組織適合性複合体)関連の遺伝子が、きちんと機能する形で残っているかを比較しました。
結果:融合が強いほど、免疫の遺伝子が失われていた
結果は、まさにその予測どおりのグラデーションを示していました。
| 融合の段階 | 免疫遺伝子の状態 |
|---|---|
| 付着しない・一時的な付着 | 一部の種で、抗体の精度を高めるaicda遺伝子が機能を失っていた |
| 恒常的な融合(永久に離れない) | T細胞・B細胞を作るrag遺伝子や、MHC関連遺伝子そのものが失われていた種もあった |
特に恒常的に融合する種では、rag遺伝子が完全に欠損していた例が報告されています。rag遺伝子はT細胞受容体と抗体の両方を作るために必須の遺伝子で、人間であればこれが欠損すると重い免疫不全につながります。つまりこれらのアンコウは、人間なら致命的なはずの変化を抱えながら、深海で生き延びているということになります。
なぜこうなるのか:どちらが"先"かという謎
免疫の遺伝子を失うと、普通は病原体に対して弱くなり、生存に不利なはずです。なぜこんな変化が許容されたのでしょうか。
研究チームは、深海という環境自体が関係している可能性を指摘しています。深海は病原体の種類や密度が、浅い海や陸上に比べて少ないと考えられており、獲得免疫をフルセットで維持するコスト(エネルギーや資源)を払わなくても生き延びやすい環境なのかもしれません。実際、これらのアンコウも免疫を完全に失っているわけではなく、病原体をパターンで素早く見分ける自然免疫(innate immunity=生まれつき備わっている即応型の防御システム)には頼っていると考えられています。
もうひとつの大きな謎は、どちらが先に起きたのかです。免疫が先に弱くなっていたから融合という繁殖スタイルが可能になったのか、それとも融合という繁殖スタイルが先に進化し、その結果として免疫系への負荷が減り遺伝子が失われていったのか。論文の著者であるBoehmは、「まだ分かっていない何らかの進化的な力が先に免疫系の変化を引き起こし、その変化が性的寄生の進化に利用されたのではないか」という見方を示していますが、これはあくまで仮説の段階です。
この話、こう使える
深海のアンコウの話を、そのまま日常に応用することはできません。ただ、この研究が教えてくれる視点には、持ち帰れるものがあります。
注意点:この研究の限界
- 調べられた種の数は限られている。 深海魚は採集自体が難しく、研究対象になった種は約10種にとどまります。チョウチンアンコウ上目には160種前後が知られており、まだ調べられていない種のほうが多いのが実情です。
- 因果関係はまだ確定していない。 免疫の変化と融合の進化、どちらが先かは研究チーム自身が「未解明」としている部分です。相関は示されましたが、因果を証明したわけではありません。
- 恒常的な融合をする種は、全体のごく一部。 Pietsch(2005)の時点で確認されていたのは23種のみです。「アンコウ全般がこうした融合をする」という理解は誤りです。
- 深海生物の生態そのものに、まだ観察できていない部分が多い。 野生下での繁殖行動の直接観察は極めて難しく、標本や遺伝子データからの推定に頼っている部分が大きいことも、研究の限界として押さえておく必要があります。
よくある質問
今日の3行まとめ
普通なら拒絶反応が起きるはずなのに、融合の強い種ほど免疫システムの遺伝子(ragやMHC関連など)そのものを失っていたことが、2020年のゲノム研究で確かめられました。免疫を"失う"ことが、生き延びるための選択になる環境もあるのです。
生き物の極端な生存戦略という意味では、放射線を浴びても生き延びるクマムシの研究も合わせて読むと面白いはずです。
アンコウの融合の話のように、調べるほど意外な生き物の研究は他にもたくさんあります。息抜きがてら、思わず人に話したくなる雑学もチェックしてみてください。
英語の雑学・豆知識を見てみる →参考文献
- Regan, C. T. (1925). Dwarfed males parasitic on the females in oceanic angler-fishes (Pediculati Ceratioidea). Proceedings of the Royal Society of London, Series B, 97, 386–400.
- Pietsch, T. W. (2005). Dimorphism, parasitism, and sex revisited: modes of reproduction among deep-sea ceratioid anglerfishes (Teleostei: Lophiiformes). Ichthyological Research, 52(3), 207–236. 論文を見る
- Swann, J. B., Holland, S. J., Petersen, M., Pietsch, T. W., & Boehm, T. (2020). The immunogenetics of sexual parasitism. Science, 369(6511), 1608–1615. 論文を見る