人間が浴びれば確実に命を落とす放射線量。その1000倍以上を浴びせても、ある生き物は半数近くが平然と生き延びます。しかも真空の宇宙空間に直接さらしても、乾燥でカラカラになっても、マイナス20℃で30年間凍らせても——水を与えれば数分後にはまた歩き出します。
その生き物の名はクマムシ(緩歩動物、英語では"water bear")。体長わずか0.1〜1mmの、苔の中にいるような地味な生き物です。この記事では、放射線への耐性を数値化した実験と、実際に宇宙空間へ送り込んだ実験という2本の論文をもとに、クマムシがなぜここまでの耐性を持つのかを見ていきます。
先に結論を言うと、クマムシ自体が特別に頑丈なわけではありません。「乾眠(かんみん)」と呼ばれる特殊な状態に入ることで、そもそも壊れるものがほとんど無くなる——という、少し発想の転換が必要な生存戦略でした。
なぜクマムシは「最強生物」と呼ばれるのか
クマムシは、8本の短い脚でのそのそと歩く姿から名付けられた微小な動物です。学名の Tardigrada はラテン語で「ゆっくり歩くもの」を意味します。世界中の苔や地衣類、水たまりなど身近な環境に生息しており、実は多くの人が暮らす街の公園にもいます。
普段のクマムシは、水中で藻類などを食べて暮らすごく普通の小さな動物です。特別な耐性を発揮するのは、周囲の水分が失われたときに入る「乾眠(クリプトビオシス)」という状態になったときだけ。体を丸めて樽(たる)のような形になり(この形は「タン状態」と呼ばれます)、代謝(生きるための化学反応)をほぼ完全に止めてしまいます。
この乾眠状態のクマムシに対して、研究者たちは「どこまで過酷な環境に耐えられるのか」を確かめる実験を重ねてきました。今回はそのうち、地上での放射線照射実験と、本物の宇宙空間を使った実験の2本を紹介します。
実験:地上での放射線照射と、本物の宇宙空間への曝露
ひとつめは、日本のHorikawaらの研究チームが2006年に『International Journal of Radiation Biology』誌で発表した実験です。乾眠状態にしたクマムシ(Milnesium tardigradum)に、ガンマ線と重粒子線をそれぞれ複数の線量で照射し、48時間後の生存率と、その後31日間にわたる長期の生存・繁殖能力を観察しました。
もうひとつは、スウェーデンのJönssonらの研究チームが2008年に『Current Biology』誌で発表した、より大胆な実験です。2007年9月、欧州宇宙機関(ESA)の「FOTON-M3」ミッションでロシアの無人宇宙機を打ち上げ、乾眠状態にしたクマムシ2種を約10日間、地球低軌道の宇宙空間に直接さらしました。条件は3パターンに分けられています。
- 真空のみ:太陽紫外線を遮蔽し、宇宙の真空環境だけにさらす
- 真空+中程度の紫外線(UVA・UVB):地球のオゾン層を通過した後と近い波長域
- 真空+太陽光の全紫外線波長:オゾン層に守られない、宇宙空間そのままの強い紫外線
帰還後、クマムシを地上で吸水させて何%が動き出すか(蘇生するか)、さらにその後正常に産卵・孵化できるかまで確認しています。
結果:致死線量はヒトのおよそ1000倍以上だった
Horikawaらの実験では、乾眠状態のクマムシにガンマ線を照射したところ、照射48時間後の半数致死線量(LD50=個体の半数が死亡する線量)は約5,000グレイ(Gy)、重粒子線では約6,200Gyだったと報告されています。さらに、1,000〜4,000Gyというきわめて高い線量を浴びたあとも、31日間の観察期間中に生存し、繁殖できた個体がいたとされています。
人間の場合、医療処置を受けられない状況でのLD50はおよそ4〜5Gyとされているのが放射線医学における一般的な推定です。単純に数値を比べると、クマムシの耐性はヒトのおよそ1000倍以上ということになります。
| 対象 | 半数致死線量(LD50) | 条件 |
|---|---|---|
| ヒト | 約4〜5Gy | 医療処置なしの場合の一般的な推定値 |
| クマムシ(ガンマ線) | 約5,000Gy | 乾眠状態・照射48時間後 |
| クマムシ(重粒子線) | 約6,200Gy | 乾眠状態・照射48時間後 |
もうひとつのJönssonらの宇宙実験でも、印象的な結果が報告されています。太陽紫外線を遮蔽し真空のみにさらしたグループは、地上で待機させた対照群とほとんど変わらない高い割合で蘇生しました。真空にUVA・UVBを組み合わせたグループでもおよそ3分の2が蘇生したと報告されています。一方、オゾン層のない宇宙空間そのままの全紫外線波長にさらしたもっとも過酷な条件では、生存率は大きく落ち込みました。それでも、ごく一部の個体は蘇生し、地上に戻ったあとに正常な卵を産んだと報告されています。
なぜこんなことが可能なのか
放射線や乾燥がなぜ生き物にダメージを与えるかというと、細胞の中の水分が動くことでDNAやタンパク質が壊れたり、有害な化学反応が連鎖的に進んだりするからです。クマムシの戦略は、この「壊れる材料そのもの」を減らしてしまうことにあります。
長らく、乾燥に強い生き物の多くはトレハロースという糖を大量に作って細胞を守ると考えられてきました。ところが2017年、Boothbyらが『Molecular Cell』誌で発表した研究は意外な結果を示します。クマムシはトレハロースをほとんど作らない代わりに、クマムシ特有の「天然変性タンパク質(TDP)」という独自のタンパク質を使っていたのです。
このTDPは、体が乾燥していくときに細胞の中で水あめのように固まり、ガラスのような状態(ガラス化)になります。たとえるなら、水浸しの本棚が崩れ落ちる前に、中身ごと透明な樹脂で固めてしまうようなものです。DNAやタンパク質を分子レベルで動けなくすることで、傷つく前に「時間を止めてしまう」わけです。研究では、このガラス化がうまく起きないよう操作すると、クマムシの乾燥耐性が損なわれたことも確認されています。
この仕組みが特に効いているらしいことを裏付けるのが、南極の実例です。Tsujimotoらが2016年に『Cryobiology』誌で報告した研究では、1983年に採取されマイナス20℃で保存されていた南極の苔のサンプルが、2014年、実に30年以上ぶりに解凍されました。中から見つかったクマムシ2個体と卵1個は蘇生に成功し、そのうち1個体と孵化した個体は、その後くり返し産卵・繁殖できたと報告されています。乾眠状態であれば、時間の経過そのものがダメージにならないことを示す一例です。
この話、こう使える
クマムシの話は、雑談のネタとして非常に優秀です。「人間の致死量の1000倍の放射線を浴びても平気な生き物がいる」という一文だけで、たいていの人は「え、なにそれ」と食いついてきます。数字のインパクトと、身近な苔の中にいるという意外性のギャップが強い話題は、初対面の相手との会話や、子どもへの科学の入り口として使いやすいものです。
もう一歩踏み込むなら、この「乾眠」の仕組みそのものが実用研究の対象になっている点も面白いところです。TDPのようなタンパク質を応用して、冷蔵が必要なワクチンや医薬品を常温のまま長期保存する技術につなげようとする基礎研究が進められています。「生き物の面白い性質が、そのまま実用技術のヒントになる」という構図は、科学ニュースを読み解くときの良い着眼点になります。
英語で紹介したいときは、クマムシの愛称を知っておくと便利です。
注意点:この研究の限界
ここまでの話を「クマムシは無敵」と受け取ると、研究が示した範囲を超えてしまいます。正確に理解するために、いくつか押さえておきたい限界があります。
- 耐性が発揮されるのは乾眠状態のときだけ。 水中で活動しているクマムシは、放射線や乾燥に対して人間ほどではないにせよ相応の弱さを持ちます。「乾眠に入れる」という条件付きの耐性です。
- 種による差が大きい。 クマムシには1,000種以上が知られており、耐性の強さは種によって異なります。今回紹介したのはMilnesium tardigradumなど特定の種での結果です。
- 宇宙実験のサンプル数は限られている。 Jönssonらの宇宙実験は、限られた個体数・限られた期間(約10日間)で行われたものです。より長期の宇宙滞在でどうなるかは、この実験だけでは分かりません。
- メカニズムの研究はまだ発展途上。 TDPタンパク質の働きについては近年活発に研究が進んでいる分野で、トレハロースとの相互作用など、詳しい仕組みは現在も解明が続いています。
それでも、「代謝を止めて壊れる材料を減らす」という発想そのものは、極限環境での生存戦略として非常によくできています。研究が示した範囲を正確に押さえたうえで、このユニークな生存戦略を楽しんでもらえればと思います。
よくある質問
今日の3行まとめ
その正体は頑丈な体ではなく、水を抜いて「壊れる材料」自体を減らす乾眠という戦略。
真空の宇宙空間に10日間さらされても、一部の個体は蘇生し、正常に産卵したと報告されています。
身近な自然の中にも、こういう「へぇ」な生き物の話がまだまだ隠れています。もっと雑学ネタを仕入れたい人は英語の雑学・豆知識248選もどうぞ。今日と同じ「サイエンスラボ」では、体内時計を決める遺伝子の話も研究ベースで解説しています。
クマムシのような「思わず人に話したくなる」ネタを、英語の豆知識としても100本まとめています。会話のきっかけ探しにどうぞ。
英語の雑学・豆知識248選を見る →参考文献
- Horikawa, D. D., et al. (2006). Radiation Tolerance in the Tardigrade Milnesium tardigradum. International Journal of Radiation Biology, 82(12), 843–848. 論文を見る
- Jönsson, K. I., Rabbow, E., Schill, R. O., Harms-Ringdahl, M., & Rettberg, P. (2008). Tardigrades survive exposure to space in low Earth orbit. Current Biology, 18(17), R729–R731. 論文を見る
- Boothby, T. C., et al. (2017). Tardigrades Use Intrinsically Disordered Proteins to Survive Desiccation. Molecular Cell, 65(6), 975–984. 論文を見る
- Tsujimoto, M., Imura, S., & Kanda, H. (2016). Recovery and reproduction of an Antarctic tardigrade retrieved from a moss sample frozen for over 30 years. Cryobiology, 72(1), 78–81. 論文を見る