📖くわしく解説します
カンガルーの英語名 kangaroo の語源として、こんな逸話がよく語られます。1770年、オーストラリアに上陸したジェームズ・クック船長と植物学者ジョゼフ・バンクスが、見たことのない跳ねる動物について現地のアボリジニの人に「あれは何だ?」と尋ねたところ、相手は "kangaroo" と答えた。ところがこの言葉、実は現地の言葉で「わかりません(I don't know)」という意味で、質問が通じなかった住民の返事を、クックたちがそのまま動物の名前だと思い込んでしまった——というオチの笑い話です。英語の雑学本やクイズ番組で、半世紀以上語り継がれてきました。
しかし言語学的に見ると、この話は裏付けのない俗説です。クックの船エンデバー号は1770年、現在のオーストラリア・クイーンズランド州クックタウン付近で座礁し、修理のため数週間とどまりました。このとき出会った現地の人々が話していたのはグーグ・イミディル語で、同行したバンクスは日誌にこの単語を書き残しています。問題は、この言葉が本当に「わかりません」を意味していたのかどうかです。言語学者ジョン・ハヴィランドが1970年代にグーグ・イミディル語を現地調査した結果、gangurru という単語は確かに実在し、しかも特定の種類のカンガルー(大型で黒っぽい、オオカンガルーの一種)を指す、ごく普通の名詞だったことが確認されました。「わかりません」のような意味は見つかっていません。
さらに興味深いのは、この俗説がすでに19世紀のうちに疑問視されていたことです。1898年、ウォルター・ロスという人物が現地紙への投稿で、カンガルーという語はグーグ・イミディル語の gangurru に由来する実在の単語だと指摘していました。ところがこの指摘は辞書編纂者たちにほとんど注目されず、ハヴィランドの調査で学術的に裏付けられるまで、70年以上そのままになっていたとされています。では「わかりません」説がどこから出てきたのかははっきりしません。クックより半世紀近く後にこの地を訪れた探検家フィリップ・パーカー・キングが、別の場面で現地の人から聞き取った、「肉・食べられる動物」を指す一般的な語だったとみられる言葉を書き残しており、こうした聞き違いが後年、「現地の人は質問の意味がわからず適当に答えた」という逸話に加工されていった可能性が指摘されています。
探検家が未知の言語を誤解する逸話は珍しくなく、メキシコのユカタン半島の名前にもほぼ同じ構造の「わかりません」伝説が語られています。カンガルーの場合は少なくとも1970年代の言語学的調査で決着しているにもかかわらず、辞書サイトMacquarie Dictionaryによれば、2016年のSF映画『メッセージ』の中でもこの俗説がそのまま語られていたそうです。一度広まった「いい話」は、学術的に否定されたあともなかなか引退してくれない、という好例といえます。
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❓まとめ
Q. kangaroo(カンガルー)という単語、実は現地の言葉で「わかりません」という意味だった——という有名なトリビア、本当でしょうか?
A. いいえ、作り話です。言語学者ジョン・ハヴィランドが1970年代に現地調査をした結果、kangaroo のもとになったグーグ・イミディル語の gangurru は、特定の種類のカンガルーを指す実在のふつうの名詞だと確認されています。「わかりません」という意味は確認されていません。