フランス語学習で最初にぶつかる大きな壁。「なぜフランス人はこんな面倒な数え方をしているのか」「ネイティブは瞬時に暗算しているのか」——この疑問はSNSでも定期的に盛り上がるテーマで、回答も見事に割れます。「暗算派」「丸暗記派」「歴史オタク派」と、それぞれ違う切り口で答えが返ってくる。
実はこの数え方、フランス語圏の全員がやっているわけではないのがミソ。ベルギー・スイス・ルクセンブルクではもっと素直な数え方が現役で使われていて、フランス人自身も「たしかにうちの数え方は変」と自覚しています。今日はこの謎を4つの角度から整理します。
📌① そもそも「計算していない」— ネイティブの頭の中
まず学習者が一番驚く事実から。フランス人は soixante-dix(70)を聞いても、頭の中で「60+10」と計算していません。soixante-dix という1つの塊で「70」として認識している。日本人が「二十歳(はたち)」を聞いて「20」と直感するのと同じで、分解して考えていない。
quatre-vingt-dix-neuf(99)も同じ。フランス語ネイティブにとっては「99」という数字にラベルが1枚貼ってあるだけで、頭の中で「4×20+10+9」と足し算していない。読む速度は日本語の「きゅうじゅうきゅう」と変わりません。
つまり学習者も、無理に「60+10」と計算しながら覚える必要はない。soixante-dix という音の並びをそのまま70として耳と口に染み込ませればいい。これが最速の攻略法です。
初学者が「フランス語の数字は算数だ」と身構えるほど遅くなるのは、実際には計算ではなく単語の音を丸ごと覚える作業だから。九九を覚えるのに似た反復で十分。
📌② 70〜79は「60進法」ゾーン — soixante の縄張り
70はsoixante-dix(スワサント ディス)。文字通りに読めば「60+10」ですが、上で述べた通りネイティブは1単語として処理。
71〜79も soixante のゾーンが続きます。71は soixante et onze(スワサント エ オンズ / 60と11)、72は soixante-douze、79は soixante-dix-neuf。「11」「12」…「19」を60にくっつけるのがルール。
この形が定着した背景には諸説あるものの、ラテン語系に残っていた古い数え方の名残という説が有力。60進法は古代バビロニアから続く数え方で、時計の60分・60秒にもその痕跡が残っています。
学習コツは「71は et を挟む」「72以降は et なし」だけ覚えておくこと。soixante et onze / soixante-douze / soixante-treize…と、71だけが特別。この et onze の形は「61(soixante et un)」と同じロジックで、母音がぶつかるのを避ける発音上の理由と考えられています。
📌③ 80〜99は「20進法」ゾーン — quatre-vingt の世界
80はquatre-vingts(キャトル ヴァン)= 4つの20。ここから90までは「20進法」の縄張りに切り替わります。
81は quatre-vingt-un、82は quatre-vingt-deux…とquatre-vingt に1〜9をくっつける。90はさらに複雑で quatre-vingt-dix(4×20+10)、99は quatre-vingt-dix-neuf(4×20+10+9)。ここが学習者の心を折る山場です。
20進法の由来として有力なのは、ケルト人(ガリア人)の数え方が残ったという説。ローマ帝国以前のガリア地域で20進法が広く使われていて、それがラテン語・古フランス語を経て現代まで生き残ったと考えられています。
細かいルールが1つ:80(quatre-vingts)にはs が付くのに、81以降(quatre-vingt-un / quatre-vingt-dix)はs が付かない。これは「後ろに他の数字が続くときは s を落とす」というフランス語の綴りルールで、200(deux cents)と201(deux cent un)の関係と同じ。
書き言葉で数字をハイフンでつなぐルールは2016年の綴り改革で明確化されました。quatre-vingt-dix-huit(98)のように全部ハイフンで繋ぐのが現代の正書法ですが、旧綴りで習った人はスペースで書くこともあり、両方混在しています。
📌④ ベルギー・スイスは違う! — septante と nonante
ここが今日の記事で一番意外な事実。フランス語圏の全員が quatre-vingts を使っているわけではない。
ベルギーとスイスのフランス語圏では、70をseptante(セプタント)、90をnonante(ノナント)と、素直な10進法で言います。「70+3=セプタント トロワ(73)」と、日本人にとってもずっと分かりやすい。
80は地域で分かれます。ベルギーは quatre-vingts(フランス式)、スイスは huitante(ユイタント)を使う州もある。スイスのヴォー州・ヴァレー州・フリブール州では huitante が今も現役です。
面白いのは、この地域差がラテン語の元々の言い方が残っていることに由来する点。septante / octante / nonante はラテン語の septuaginta / octoginta / nonaginta から来た正統派の10進法で、フランス本国だけが後から20進法(quatre-vingts)に切り替わったという歴史があります。つまり「変わっているのはフランス」が正確な言い方。
旅行や仕事でフランス語圏に行くなら知っておきたい実用知識。ベルギー・スイスでは septante や nonante を使っても100%通じるし、逆にフランス人はこれを聞いて「ベルギー人かスイス人だ」と一発で気づきます。方言というより正しいフランス語のもう1つのバリエーションと理解しておくと、学習の気が楽になります。
🗣そのまま使える例文
カタカナ読みはあくまで目安です。慣れてきたら文字のほうを見て言えるようにしてください。
🔥 まるっとまとめ
- フランス人は計算していない。soixante-dix や quatre-vingt-dix を1単語として丸ごと認識している。
- 70〜79は「soixante + 10〜19」のゾーン。60進法の名残とされる。71だけ et を挟む(soixante et onze)。
- 80〜99は「quatre-vingt + 0〜19」のゾーン。ガリア人の20進法が残ったと考えられている。80だけ s が付く(quatre-vingts)。
- ベルギー・スイスでは septante(70)nonante(90)が現役。歴史的にはこちらがラテン語直系の正統派。
- 攻略のコツは計算せず、音のかたまりで丸暗記。九九のように反復すれば数週間で慣れる。