もし今この瞬間、地球を守っている見えない"バリア"が、ほとんど消えてしまったら——。SFのような話に聞こえますが、これは実際に地球で起きたことだと報告されています。舞台は今から42,000年前。地球の磁場は一時的に、通常のわずか0〜6%まで弱まっていました。

2021年、この出来事をニュージーランドの化石の木から突き止めた研究チームは、これを「世界的な環境危機」と名づけ、ネアンデルタール人の絶滅や動物の大量絶滅とも結びつく大事件だったと発表しました。しかし発表から間もなく、別の研究者たちから「引用した論文を読み違えている」という強い反論が上がります。地球の磁場をめぐる、科学者どうしの攻防を追いかけます。

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なぜ地球の磁場は、ときどき弱まるのか

地球の中心には、ドロドロに溶けた鉄やニッケルでできた核があります。この核の外側部分(外核)が対流しながら電流を生み出し、それが地球全体を包む磁場——地磁気——を作り出しています。この磁場は、太陽から吹きつける荷電粒子(太陽風)や、宇宙から降り注ぐ宇宙線を、地球の手前でそらすバリアの役割を果たしています。

ただしこのバリアは、いつも一定の強さを保っているわけではありません。地球の歴史のなかでは、磁場の向きがひっくり返る「地磁気逆転」に加えて、向きは戻るものの一時的に大きく弱まる「地磁気エクスカーション(excursion=脱線・逸脱)」と呼ばれる現象が何度も起きてきたことが分かっています。今回取り上げるのは、そのなかでも42,200〜41,500年前ごろに起きた「ラシャン・エクスカーション(Laschamp excursion)」です。1969年にフランスのラシャン付近の溶岩から最初に発見されたため、この名がついています。

研究:化石の"木の年輪"から42,000年前を読み解く

この出来事の詳しいタイムラインを突き止めたのが、Alan Cooper・Chris Turneyらのオーストラリア・ニュージーランドの研究チームです。2021年、彼らは『Science』誌に「A global environmental crisis 42,000 years ago(4万2000年前の世界的な環境危機)」という論文を発表しました。

手がかりになったのは、ニュージーランド北部の湿地に4万年以上も埋もれていた化石カウリ(古代の巨木の一種)です。木の年輪には、その年ごとの大気中の放射性炭素(炭素14)の濃度が刻み込まれています。磁場が弱まると、地球に降り注ぐ宇宙線の量が増え、それが大気中の窒素と反応して炭素14を普段より多く作り出します。つまり年輪の炭素14濃度を1年単位でたどっていけば、磁場がいつ・どれくらい弱まっていたかを、化石の中から読み取ることができるのです。

研究チームは複数の化石カウリの年輪を照合し、ラシャン・エクスカーションの前後にわたる高精度な炭素14の記録を作成しました。そのうえで、地球全体の大気の動きやオゾン層の変化を再現する化学・気候モデルにこのデータを組み込み、「磁場が弱まっている間、地球で何が起きていたか」をコンピューター上で再現しています。

図1:通常時と「アダムズ・イベント」中の地磁気強度の比較
100% 0〜6% 現在の平均的な強さ アダムズ・イベント中 (42,000年前・約300年間) 100% 50% 0%
ラシャン・エクスカーションのなかでも磁場の低下が最も激しかった約300年間は「アダムズ・イベント」と呼ばれ、この間の磁場強度は現在の0〜6%程度まで落ち込んでいたと報告されている。
出典:Cooper et al.(2021, Science)の報告値をもとに作図

結果:磁場消失が引き金になったとされる連鎖

モデル計算が示したのは、単に「方位磁針が使えなくなる」ような話ではありませんでした。磁場のバリアが弱まったことで宇宙線や太陽からの高エネルギー粒子が普段より多く大気に届き、それが成層圏のオゾン層を部分的に破壊したと推定されています。オゾン層が薄くなれば、地表に届くUV-B(紫外線の一種)が増加します。論文では、ヨーロッパの中緯度地域で最大15〜20%ほどUV-B量が増えた可能性が示されました。

さらに研究チームは、この気候の乱れが世界各地の環境変化や、当時の人類・動物の変化と時期的に重なると指摘しました。挙げられた例には、オーストラリアの大型動物の絶滅、ネアンデルタール人の姿が消えていった時期、そして各地で洞窟壁画などの装飾的な行動が目立ち始めた時期までが含まれています。研究チームは、強くなった紫外線を避けるために人々が洞窟の中で過ごす時間が増え、それが洞窟壁画の広がりにつながったのではないか、という解釈まで示しました。これらをまとめて「世界的な環境危機」と呼んだのが、この論文のいちばんの主張です。

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なぜここまで話が大きく広がったのか

磁場の低下からネアンデルタール絶滅までを一本の線でつなぐのは、かなり大胆な主張です。その裏にあるロジックを、順を追って見てみましょう。

図2:「地磁気の低下」から「世界的危機」へと主張が広がっていく流れ
① 地磁気が0〜6%まで低下 ② 宇宙線・太陽粒子の流入が増加 ③ オゾン層破壊とUV-B増加(推定) ④ 絶滅・文化の変化との関連(ここが係争中) Hawksらが「引用元の誤読」と反論
①〜③は複数の記録から比較的確からしいとされる一方、④の「絶滅や文化の変化を引き起こした」という結びつけ方には、後述するように強い異論が出ている。
Cooper et al.(2021)の主張の構造をもとにしたイメージ図(実測値ではありません)

①〜③の物理的なプロセス(磁場低下→宇宙線増加→オゾン層破壊)は、独立した複数の記録や既存のモデル計算とも整合的で、比較的受け入れられやすい部分です。問題になったのは④、つまり「だから絶滅や文化の変化が起きた」という相関から因果への飛躍でした。

この話、こう使える

この論争は、科学ニュースを読むときのちょっとしたコツを教えてくれます。海外の論文や記事では、確からしい主張ほど"temporally associated(時期的に関連している)"のような控えめな表現が使われ、逆に断定的な言葉が使われている部分ほど、あとで訂正や反論を受けやすい傾向があります。英語のニュースや論文要旨を読むときは、こうしたヘッジ表現(断定を避ける言い回し)にこそ注目すると、話がどこまで確かなのかを見極めやすくなります。英語表現そのものをもっと知りたい方は、英語の雑学・豆知識毎日の英語コラムでも日々取り上げています。

💡 科学ニュースを読むときのチェックポイント
  • 「同時期に起きた」と「引き起こした」は別物。 ①〜③のような物理的な連鎖と、④のような社会・生物への影響の主張は、確からしさのレベルが違います。
  • 一つの論文がメディアで大きく取り上げられるほど、あとから検証も厳しくなる。 今回のように、有名誌に載った直後から複数の専門家が引用元を確認し直す、というのは科学ではよくある健全なプロセスです。
  • 「危機」「主犯」のような強い言葉は、まず疑ってみる。 研究者自身が使う場合もありますが、そのぶん検証の目も厳しくなります。

注意点:この研究の限界

この論文が『Science』誌に載ってから間もなく、John Hawksらの研究者グループが同じ誌上に反論(コメント論文)を発表しました。指摘の中身は、Cooper et al. が引用した先行研究そのものを、都合よく読み違えているのではないかという点でした。

⚠️ 引用元の"読み違え"が具体的に指摘された たとえばCooper et al. は、絶滅したタスマニアの有袋類フクロオオカミ(サイラシン)の遺伝的な多様性が「42,000年前ごろに急減した(ボトルネック)」と主張していました。ところがHawksらが引用元の論文を確認したところ、その論文自体はボトルネックの時期を約20,400年前と推定しており、42,000年前という数字とは大きく食い違っていたと報告されています。同じような食い違いが、ほかの絶滅時期の主張についても複数見つかったとされています。

要するに、「地磁気が42,000年前に大きく弱まっていた」という物理的な出来事そのものは、複数の独立した記録で裏づけられた確からしい発見です。一方で、そこから「だから世界的な危機が起き、ネアンデルタールが絶滅した」というところまで話を伸ばすのは、現時点ではまだ研究者の間でも意見が分かれている仮説だと理解しておくのが正確です。

よくある質問

地球の磁場が本当に消えたら、どうなりますか?
42,000年前のアダムズ・イベントでは、磁場は「完全に消えた」のではなく「0〜6%まで弱まった」と報告されています。この間、宇宙線や太陽からの粒子が普段より多く大気に降り注ぎ、オゾン層が部分的に壊れて地表のUV-B(紫外線の一種)が増えたと、Cooper et al.(2021)のモデル計算では推定されています。ただし、これが具体的にどんな健康被害や生態系への影響を及ぼしたかについては、専門家の間でも意見が分かれています。
今の地球の磁場も弱まっているのですか?
はい、地球全体の磁場はここ200年でおよそ9%ほど緩やかに弱まっており、南アメリカ大陸の東側から南大西洋にかけては「南大西洋異常」と呼ばれる磁場が特に弱い領域が観測衛星によって確認・追跡されています。ただしこの減少ペースは、アダムズ・イベントのような急激な"崩壊"とは規模もスピードもまったく異なり、近い将来に同じような事態が起きると考える根拠は今のところありません。
結局、42,000年前に「世界的な危機」はあったのですか、なかったのですか?
「地磁気が0〜6%まで弱まり、オゾン層が破壊された」という部分は、複数の独立した記録(年輪の放射性炭素・気候モデル)で裏づけられており、比較的確からしいとされています。一方、「それがネアンデルタール絶滅や特定の動物の絶滅を引き起こした」という部分は、Hawksらの反論によって引用元の誤読が指摘されており、Cooper et al. 自身も「時期が重なっているだけで、因果関係の証明にはさらなる研究が必要」と認めています。

今日の3行まとめ

📌 これだけ持ち帰ってください 42,000年前、地球の磁場は0〜6%まで一時的に弱まっていたことが、化石カウリの年輪から突き止められました。
これを「世界的な環境危機」と呼び、ネアンデルタール絶滅にまで結びつけた2021年の論文には、引用元の誤読を指摘する強い反論が上がっています。
「起きた出来事」と「その出来事が引き起こしたとされる結果」は、確からしさのレベルが違うことを意識して読むのが安全です。

宇宙や地球にまつわる論争を追いかけた話は、サイエンスラボで他にも紹介しています。あわせてどうぞ。

🧲 一次情報は、たいてい英語で先に出てくる

今回のような『Science』誌への発表や、それに対する反論のやり取りも、まずは英語の論文として世に出ます。海外の一次情報を自分で読めると、ニュースの受け取り方が一段変わります。

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参考文献