もし124光年先の惑星から、「生命の匂い」を示す信号が届いたとしたら——そんなニュースが、2023年と2025年の2度にわたって世界を駆け巡りました。舞台は、地球より一回り大きい系外惑星K2-18b。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)がその大気から、地球では海の微生物だけが大量に作り出すとされる分子の兆候を検出した、というのです。

ところがこの発見、いまも決着していません。同じ観測データを別のチームが再解析するたびに、「そのシグナルは本物ではないかもしれない」という反論が積み重なっています。今回は、系外惑星の"生命探査"がどれほど難しいものか、K2-18bをめぐる2年越しの検証合戦から見ていきます。

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なぜK2-18bに注目が集まったのか

K2-18bは、2015年にケプラー宇宙望遠鏡(のK2ミッション)によって見つかった系外惑星です。地球から約124光年離れた赤色矮星(太陽より小さく暗い恒星)K2-18のまわりを、わずか33日で一周しています。恒星から受け取る光・熱の量は地球が太陽から受けるものに近く、ハビタブルゾーン(液体の水が表面に存在しうる領域)に位置していると考えられています。

質量は地球の約8.63倍、半径は約2.61倍。地球より一回り大きく、海王星よりは小さい——このサイズの惑星は太陽系に存在しないため、「スーパーアース」や「サブネプチューン」と呼ばれます。密度は1立方センチメートルあたり約2.67g。地球(約5.51g)と海王星(約1.64g)のちょうど中間にあたります。

この中途半端な密度から、Madhusudhanらの研究チームは「ハイシアン(Hycean)ワールド」という仮説を提唱していました。水素を主成分とする厚い大気の下に、惑星全体を覆う海が広がっている——という惑星像です。もしこの仮説が正しければ、その海の中に生命が存在する可能性も検討する価値がある、というわけです。

観測:JWSTが大気の中に見つけたもの

2023年、MadhusudhanらのチームはJWSTのNIRISSとNIRSpecという2つの観測装置を使い、K2-18bが恒星の前を横切る"トランジット"の瞬間の光を分析した結果をApJL(Astrophysical Journal Letters)誌に発表しました。恒星の光がK2-18bの大気の縁をかすめて地球に届くとき、大気中の分子が特定の波長の光を吸収するため、そのパターンから大気成分を推定できます。

この解析で、メタン(CH4)が5シグマ、二酸化炭素(CO2)が3シグマという高い確からしさで検出されたと報告されました。そしてもうひとつ、地球では海洋プランクトンなど海の生物がほぼ独占的に作り出す分子ジメチルサルファイド(DMS)についても、弱いながら兆候が見られると報告されました。ただしこの時点でNASA・ESAの公式発表自体が「DMSの推定はまだ堅牢とは言えず、さらなる検証が必要」と慎重な言い回しを添えていました。

それから約1年半後の2025年4月、同じMadhusudhanらのチームは、JWSTの別の観測装置MIRI(5〜12マイクロメートルの中間赤外線を捉える)を使った追加観測の結果をApJL誌に発表します。今度はDMSと、その近縁分子であるジメチルジスルフィド(DMDS)を合わせたシグナルが、約3シグマ(統計的に偶然である確率は約0.3%)の確からしさで検出されたと報告されました。研究チーム自身、この結果を「太陽系の外で生命活動の兆候を示す、これまでで最も強い手がかり」と表現しています。

結果:「3シグマの発見」に、次々と異論

しかし、この発表のすぐあとから、複数の研究チームが同じ生データを独自に再解析し、異なる結論を発表し始めました。

発表・論文使ったデータ結論
Wogan et al.(2024, ApJL)2023年の観測データ大気の成分は、海のある惑星でなくても"マグマオーシャン"を持つガス質の惑星で説明できる
Taylor(2025, RNAAS)2025年のMIRIデータ6種類の統計検定のうち5種類で、シグナルは「特徴なし(平坦)」のほうを支持
Welbanks et al.(2025)2025年のMIRIデータ非生物起源の炭化水素プロピン(C3H4)のほうが、DMSと同等かそれ以上に当てはまりが良い
Luque et al.(2025, A&A)NIRISS+NIRSpec+MIRI全データDMS・DMDSの証拠は不十分。メチル基を持つ複数の分子が同程度に当てはまる
図1:JWSTが検出したとされる分子の統計的信頼度(シグマ)
3σ※ メタン(CH4) 2023年の報告 二酸化炭素(CO2) 2023年の報告 DMS/DMDS 2025年・後に異論
メタンと二酸化炭素の検出は比較的確からしいとされる一方、生命由来の可能性がある分子(DMS/DMDS)の「3シグマ」という数字は、その中身をめぐって複数の研究チームから有意性そのものに疑問が呈されている(※)。
出典:Madhusudhan et al.(2023, ApJL)およびMadhusudhan et al.(2025, ApJL)の報告値をもとに作図
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なぜこんなにも意見が割れるのか

同じ観測データを見ているのに、なぜここまで結論が違ってくるのでしょうか。背景には、トランジット分光法(恒星の光が惑星大気を通過するときの吸収パターンから成分を推定する手法)そのものの限界があります。

124光年という距離から届く光は極めて微弱で、そこに含まれる「大気の指紋」はノイズにほとんど埋もれています。しかも、DMSのような分子の吸収スペクトルは、他のありふれた分子の吸収パターンと波長帯が重なりやすいという性質があります。そのため「観測されたへこみ」を説明できる候補分子は、ひとつとは限りません。

さらに統計的な手法の違いも結論を左右します。Welbanksらが指摘したのは、比較対象にどの分子を含めるかで結果が変わってしまうという点でした。DMSだけを候補にすれば「DMSが最も当てはまりが良い」となりやすい一方、非生物起源のプロピンのような分子も候補に加えると、そちらのほうが統計的に有利になるケースが出てきます。つまり「3シグマの発見」という数字は、あくまで特定のモデルとの比較の中での話であり、それ自体が「DMSで間違いない」ことを意味するわけではありません。

図2:なぜ同じデータの解釈が割れるのか
JWSTが記録した 大気の"吸収パターン" DMS・DMDS (生命由来の可能性がある分子) としても説明できる プロピンなど (非生物起源の炭化水素) としても説明できる 同じスペクトルが、複数の候補分子に"当てはまって"しまう
望遠鏡が記録できるのは、大気を通過した光のごくわずかな"吸収パターン"だけ。同じパターンが、生命由来の可能性がある分子でも、そうでない分子でも説明できてしまうことが、論争の根っこにある。
トランジット分光法の仕組みをもとにしたイメージ図(実測値ではありません)

この話、こう使える

「生命の兆候か、それとも幻か」——このニュース、科学記事の読み方そのものを教えてくれます。日常でも応用できるポイントを3つ挙げます。

💡 科学ニュースを読むときのチェックポイント
  • 「発表=証明」ではない。 1本の論文は、あくまで研究チームひとつの主張です。他チームの再解析や追試を経て、ようやく確からしさが定まっていきます。
  • 「シグマの数字」だけで判断しない。 何と何を比較した上での数字なのかを見ないと、印象だけで大きく受け取ってしまいます。
  • 控えめな言い回しほど重要な情報。 「さらなる検証が必要」「証拠は限定的」といった一文は、しばしば見出しよりも正確に研究の現在地を伝えています。

こうした慎重な言い回しは、NASAやESAの英語プレスリリースにもよく登場します。"remains disputed(まだ論争が続いている)"や"further observations are needed(さらなる観測が必要)"といった表現は、海外の科学ニュースを直接読むときのキーフレーズにもなります。英語のニュース表現をもっと知りたい方は英語の雑学・豆知識毎日の英語コラムもあわせてどうぞ。

注意点:この研究の限界

期待の大きいテーマだからこそ、正確に線を引いておきます。

⚠️ 「生命が見つかった」わけではない 現時点で確認されているのは、あくまで特定の分子の存在をめぐる統計的なシグナルの有無です。「K2-18bに生命がいる」ことが観測で証明されたわけでは一切なく、複数の研究チームが「そのシグナル自体、有意とは言えない」と結論づけています。

よくある質問

結局、K2-18bに生命はいるのですか?
「いない」と証明されたわけでも、「いる」と証明されたわけでもありません。2025年にMadhusudhanらのチームが報告したDMS/DMDSの3シグマのシグナルは、その後Taylor(2025)、Welbanksら(2025)、Luqueら(2025)といった複数の研究チームによる再解析で「統計的に有意とは言えない」「非生物起源の分子でも同程度に説明できる」と指摘されています。現時点でもっとも正確な言い方は「まだわかっていない」です。
同じ観測データを見ているのに、なぜ結論が正反対になるのですか?
主な理由は2つあります。ひとつは、比較に使うモデル(候補となる分子の組み合わせ)がチームによって違うこと。DMSだけを候補にすれば「DMSっぽい」という結果が出やすくなりますが、プロピンなど他の分子も候補に加えると、そちらのほうが当てはまりの良いケースが報告されています。もうひとつは、どの観測装置のデータをどう組み合わせて解析するかという手法の違いです。同じ生データでも、統計的な検定方法によって「有意」か「有意でない」かの判定が変わりえます。
この論争はいつ決着しますか?
明確な時期は決まっていません。研究者の多くが指摘しているのは、現状のJWSTの観測時間だけではシグナルとノイズを十分に切り分けられないという点です。今後さらに多くの観測時間を積み重ねる、あるいは将来の大型地上望遠鏡(ELTなど)による追加観測が必要とされており、決着には数年単位の時間がかかると見られています。

今日の3行まとめ

📌 これだけ持ち帰ってください JWSTは124光年先のK2-18bから、メタン・二酸化炭素とあわせて生命由来の可能性がある分子DMS/DMDSの兆候を報告しました。
しかしその「3シグマの発見」は、複数の研究チームの再解析によって有意性そのものに異論が出ています。
科学的な発見は一本の論文で確定するものではなく、反論と再検証を重ねながら少しずつ確からしさを積み上げていくプロセスです。

関連する話題はサイエンスラボで他にも紹介しています。宇宙にまつわる話をもっと読みたい方はあわせてどうぞ。

🪐 一次情報は、たいてい英語で先に出てくる

今回のようなJWSTの発表も、NASAやESAの発表原文はまず英語で公開されます。海外の一次情報を自分で読めると、ニュースの受け取り方が一段変わります。

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参考文献