「世界では2週間に1つ、言語が消えている」——SNSや動画でよく見かける、このインパクトのある数字。見るたびに「へぇ」と思ってシェアしたくなりますが、出どころを丁寧に辿っていくと、実はこの言い回しを最初に言った人物が特定できないという、なんとも据わりの悪い話が見えてきます。

では、実際のペースはどれくらいなのか。2013年、言語学者チームが地球上のすべての言語——1950年以降に消えた言語まで含めた7,480言語すべてに"健康診断"をつけるという力技の調査を行いました。結果は、噂されているほど単純な「絶滅ラッシュ」ではなく、しかし別の意味でずっと生々しい格差の物語でした。世界の言語の63%は健全に受け継がれている一方、ある地域では9割近くが消滅の危機に瀕していたのです。

2022年には、このデータをさらに51種類の指標で分析し直した研究が『Nature Ecology & Evolution』誌に発表され、対策を取らなければ消失ペースは今後加速するとも報告されています。研究データをもとに、「言語が消える」という現象の実際の姿を見ていきましょう。

スポンサーリンク

なぜ「2週間に1つ」という数字が広まったのか

この数字は、しばしば言語学者マイケル・クラウス(Michael Krauss)や国連(UNESCO)の発言として紹介されます。しかし複数の言語学者が出典を遡って調査したところ、実際にこの言い回しを書いた原典は見つかっていません。英語版ウィキペディアの「言語の死」の項目にも国連の推計として同じ数字が紹介されていますが、参照先を辿ると2023年の雑誌記事に行き着くだけで、算出根拠になる一次資料は示されていませんでした。

では、この数字の"震源"に近いとされるクラウスは、実際に何を書いていたのでしょうか。彼が1992年に学術誌『Language』に発表した論文には、こう記されています。「言語学という学問が、自らの研究対象である言語の90%が消えていくのを、何もせず傍観していた唯一の科学として歴史に残ることになりかねない」。そのうえで「今のペースで行けば、今後100年で人類の言語の90%が死ぬか、死の危機に陥るというのは十分にありうる計算だ」とも書いています。ただしこれは、当時もっとも信頼できるとされていた資料(Ethnologue第11版、1988年刊)と、親しい言語学者数名の"感覚的な見積もり"を基にした推測でした。クラウス自身も論文中で「言語の存続に関する統計はきわめて手に入りにくい」と正直に書いています。

調査:7,480の言語すべてに"健康診断"をつける

クラウスの警鐘から20年後の2013年、SIL InternationalのGary F. SimonsとM. Paul Lewisは、世界の言語を網羅したカタログ『Ethnologue』第17版の編纂にあたり、地球上のすべての言語——1950年以降に消滅した言語も含む7,480言語——について、「EGIDS(拡張版世代間断絶尺度)」という13段階の指標で"生命力"を判定するという作業に取り組みました。

EGIDSは、国際的に使われている段階(レベル0)から完全に消滅した段階(レベル10)まで、13段階で言語の状態を評価する尺度です。各国の言語状況に詳しい協力者43名が判定案をレビューし(全言語の88%についてレビューが返送された)、さらに記述との矛盾がないかを確認する自動チェック(34項目)によって約2,000件の言語記述が再検証されるという、地道な作業が積み重ねられました。

スポンサーリンク

結果:「健全」は63%、しかし地域差は想像以上だった

判定の結果、7,480言語のうち4,719言語(63%)は、日常的に口頭で使われ続け、世代を超えて受け継がれている「健全」な状態(EGIDSレベル0〜6a)でした。1,480言語(20%)は、子育て世代はまだ話せるが子どもには教えられていない「要注意」の状態(6b〜7)。そして1,281言語(17%)が、すでに消滅したか、あと1世代で消滅する見込みの「消滅・消滅寸前」(8a〜10)と判定されました。このうち377言語(5%)は、1950年以降にすでに完全に話し手を失ったと確認されています。

図1:世界7,480言語の"健康診断"の内訳
63% 20% 17% 健全 EGIDS 0〜6a 要注意 EGIDS 6b〜7 消滅・消滅寸前 EGIDS 8a〜10 100% 70% 40% 0%
世界の言語の6割超は今も日常的に使われ続けている。ただし「消滅・消滅寸前」の17%(1,281言語)のうち377言語は、すでに完全に話し手を失っている。
出典:Simons & Lewis (2013), Ethnologue第17版のEGIDSデータ(Table 1)をもとに作図

単純計算すると、377言語が話し手を失ったのは、Ethnologueが言語の追跡を始めた1950年から調査時点までの60年余り。平均すればおよそ2ヶ月に1つというペースです。「2週間に1つ」というよく聞く数字とは、一桁近く違います。

ただし、この数字を鵜呑みにするのも危険です。地域による差が、平均値を意味のないものにしてしまうほど激しかったからです。

地域健全(Vital)消滅・消滅寸前(Dead or Dying)
西アフリカ88%6%
東アフリカ82%5%
世界平均63%17%
南米35%39%
北米(カナダ・アメリカ)7%61%
オーストラリア・ニュージーランド9%82%

西アフリカでは88%の言語が健全と判定された一方、オーストラリア・ニュージーランドでは健全な言語はわずか9%、82%が消滅・消滅寸前でした。北米(ここではカナダとアメリカ合衆国を指す国連の地域区分)にいたっては、健全な言語は7%しか残っていません。「世界平均で63%が健全」という数字は、この両極端をならしただけの数字だったのです。

なぜここまで差が出るのか

この差を説明する仮説として、言語学者Salikoko Mufweneが2002年に提唱した「植民地化のタイプ」による説明が有力視されています。

Mufweneは、ヨーロッパによる植民地化を大きく3つのパターンに分類しました。商品の取引だけを目的に一時的に寄港した「交易型」、プランテーションなどで長期滞在はしたが大規模な移住・定住はしなかった「収奪型」、そして家族ごと移り住み永住した「定住型」です。このうち現地の言語を消滅に追いやったのは、圧倒的に定住型だったと指摘されています。ヨーロッパ人が大挙して移り住み先住民を土地から押しのけた場所——オーストラリア、カナダ、アメリカ合衆国など——では、やがて支配者側の言語だけが社会のあらゆる場面を占め、現地語は行き場を失いました。一方、資源や労働力だけを目的に一時滞在した地域(西アフリカなど)では、現地語は維持されたまま、支配者の言語が第二言語として付け加わる形にとどまったといいます。

図2:植民地化のタイプによって、現地語の運命が分かれる仕組み
① 交易型植民地 現地語が維持 一時的な接触のみ ② 収奪型植民地 現地語+支配言語 支配言語は第二言語止まり ③ 定住型植民地 現地語が消滅・危機に 支配言語が社会を独占 同じ「植民地」でも、移住の規模と定着度で現地語の運命が分かれる
オーストラリアや北米で現地語の消滅が極端に多いのは、いずれも定住型植民地として大規模に開発された地域だったことと重なる。
Mufwene (2002) の植民地化タイプ分類をもとにしたイメージ図(実測値ではありません)

研究チームはさらに、この仕組みが過去の話では終わらないとも指摘しています。国連の推計では、世界の都市人口の割合は2007年の49%から2050年には70%に達する見通しです。農村から都市への人口移動は、支配的な言語を身につけなければ経済的に不利になるという、定住型植民地と似た力学を生み出すため、21世紀の少数言語にとって新たな脅威になりうると論文は警告しています。

スポンサーリンク

新しい研究が加えた話:このままだと、この先どうなるか

2022年、オーストラリア国立大学のLindell Bromhamらのチームは、Ethnologueなどのデータをもとに6,511の話されている言語を対象に、人口・文献の整備度・法的な位置づけ・教育政策・社会経済指標・環境条件など51種類の予測変数を使った大規模な分析を『Nature Ecology & Evolution』誌に発表しました。

分析対象の37%がすでに何らかの危機的水準にあり、うち13%は第一言語として話す話者がいない"眠った"状態と判定されました。注目すべきは、危機を強める要因として見つかった項目です。

そして将来予測です。研究チームは、今のまま対策を取らなければ、40年以内に危機言語の数が少なくとも3倍に増え、80年以内には1,500以上の言語が話されなくなる可能性があると試算しています。将来の消失リスクが特に高いと予測された地域には、北米西部、中米、アマゾン地域、西アフリカ、パプアニューギニア北部などが挙げられていました。

この話、こう使える

この記事から持ち帰れることは2つあります。

1つ目は、「◯◯だと言われている」系のバズる数字ほど、一次資料を検索してみる価値があるということです。「2週間に1つ」という数字は、危機の深刻さを伝えるには効果的なキャッチコピーですが、実際の一次資料には登場しません。似たような「よく聞くけれど出どころ不明」な話は、語学系の雑学にもたくさん転がっています。英語の雑学・豆知識でも、そうした話の出どころを確かめる記事を折にふれて取り上げています。

2つ目は、自分がいま学んでいる英語が、EGIDSでいえば最上位(レベル0・国際語)にいる、地球上でもっとも"安全"な言語の一つだという視点です。世界には、話者が両手で数えられるほどしかいない、あと数十年で消えるかもしれない言語が何百とあります。その一方で英語は、学ぼうと思えばいつでも教材が手に入り、話し相手にも困りません。英会話の独学ロードマップのような環境が当たり前に整っていること自体、実はかなり恵まれた状況だと言えます。

注意点:この研究の限界

ここまで紹介してきたデータには、正直に書いておくべき限界がいくつかあります。

⚠️ EGIDSの判定は「推定」であり、確定した実測値ではない 各国の言語状況に詳しい協力者による判定でも、地域によって情報の精度にはばらつきがあります。Simons & Lewis自身も、この分析はEthnologueとして初めて全言語を対象にした試みであり「予備的なもの」と位置づけていると論文中で明記しています。

要するに、「2週間に1つ」という数字は都市伝説に近いものだったとしても、言語消滅そのものが起きていない、というわけではありません。実際のペースはもっと地味で、もっと地域によって偏っていて、そしてこれから加速する可能性がある——というのが、現時点でもっとも根拠のある見立てです。

よくある質問

結局、今のペースでは何年に1つ言語が消えているのですか?
2013年の調査で「1950年以降に完全に話し手を失った」と確認された言語は377。これはEthnologueが言語の追跡を始めた1950年から調査時点までの60年余りの数字なので、単純に割ると平均でおよそ2ヶ月に1つというペースになります。「2週間に1つ」という数字とは一桁近く違います。ただし年代や地域による差は大きく、一定のペースで進んでいるわけではありません。さらに2022年のNature Ecology & Evolution誌の研究は、対策を取らなければ今後40年で危機言語が3倍に増えると予測しており、ペースは今後加速する可能性があります。
なぜオーストラリアや北米では、言語の消滅がここまで極端なのですか?
研究チームは、言語学者Salikoko Mufweneが2002年に提唱した「植民地化のタイプ」による説明を有力視しています。ヨーロッパ人が大挙して移住し先住民を土地から押しのけた"定住型植民地"(オーストラリア・北米・南米など)では、現地語が根こそぎ失われる傾向が強い一方、資源や労働力だけを目的に一時滞在した"収奪型植民地"(西アフリカなど)では、現地語が維持されたまま支配者の言語が第二言語として加わる形にとどまりました。実際、西アフリカの言語の88%が「健全」と判定されたのに対し、オーストラリア・ニュージーランドではわずか9%でした。
危機言語を保存することには、具体的にどんな意味があるのですか?
紹介した論文自体は保存の是非そのものには踏み込んでいませんが、言語学の分野では、一つの言語が消えることは、その話者集団が何世代もかけて積み上げてきた独自の分類体系(動植物の呼び分け方や方角・親族関係の表し方など)がまるごと失われることに近いと考えられています。加えて2022年の研究は、消滅リスクの高い言語が特定の地域に偏って分布していることも示しており、優先順位をつけて対策する必要性が指摘されています。

今日の3行まとめ

📌 これだけ持ち帰ってください 「2週間に1つ言語が消えている」という言い回しは、少なくとも一次資料をたどる限り出どころが確認できません。
2013年、7,480言語を全数調査した結果、63%は健全、17%が消滅・消滅寸前でしたが、地域差はオーストラリア・NZの9%対西アフリカの88%というレベルで開いていました。
2022年の研究は、対策を取らなければ今後40年で危機言語が3倍に増えると試算しています。

「よく聞く話」の出どころを確かめる面白さに興味を持った方は、英語の雑学・豆知識もあわせてどうぞ。

💡 「よく聞く話」の出どころを確かめる習慣

今回の「2週間に1つ言語が消えている」のように、よく聞く話ほど一次資料には見当たらないことがあります。語学まわりの「へぇ」なネタと、その裏側もあわせて読んでみてください。

英語の雑学・豆知識を見る →

参考文献