ロック画面に通知が一件浮かんだだけで、あなたはまだスマホに触れてすらいません。それなのに、いま取り組んでいた作業への集中は、もう静かに崩れ始めています。
UCアーバイン校の情報学者Gloria Markらが二十年近くにわたって続けてきた研究チームは、こうした「中断」が働く人の脳にどれだけの負担をかけているかを、オフィスの現場観察から実験室まで、さまざまな方法で測ってきました。ある分析では、一度中断された作業がふたたび同じ深さの集中に戻るまで、平均で23分15秒もかかっていたと報告されています。
今回は、通知・中断・注意の分断をめぐる5本の論文から、なぜスマホの一件の通知がここまで厄介なのか、そして日常でどう付き合えばいいのかを見ていきます。
なぜ通知は"ついで"に見てしまうのか
通知が来ても無視すればいい——理屈ではそう分かっていても、実際にはほとんどの人がロック画面をちらりと確認してしまいます。それは意志が弱いからというより、通知そのものが「新しい情報かもしれない」という予測不能な報酬のサインとして脳に作用するからだと考えられています。
Mark氏らのチームは、この"つい見てしまう"仕組みを解明するために、実験室の外に出ました。実際のオフィスで働く人たちを、丸ごと一日観察するという地道な方法です。
さらに研究チームは、通知が「集中を破壊する引き金」なのか、それとも「気づいても実害はない些細な出来事」なのかを、実験室でも切り分けようとしました。ここからが本題です。
実験:オフィスの観察と、大学の実験室
1本目は、Mark・Gonzalez・Harrisが2005年にACM CHI(ヒューマンコンピュータインタラクション分野の主要国際会議)で発表した現場観察研究です。ハイテク企業で働く知識労働者24名(マネージャー7名、アナリスト9名、開発者8名)に観察者が張りつき、一日じゅうの作業内容と中断を逐一記録しました。
2本目は、同じMark氏がGudith・Klockeとともに2008年のCHIで発表した実験室研究です。大学生48名に、メールの処理を中心とした一連の作業をこなしてもらい、その途中でインスタントメッセージや電話による中断を入れる条件と、入れない条件を比較しました。作業を終える速さと、NASA-TLX(NASAが開発した主観的作業負荷を測る標準的な質問票)によるストレス・時間的切迫感・イライラ・労力の自己評価を、両条件で測定しています。
3本目は、Stothart・Mimnaugh・Meyerが2015年に『Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance』誌で発表した、より的を絞った実験です。参加者を「電話の着信音を鳴らす」「メッセージの通知音を鳴らす」「何も鳴らさない対照群」の3群に分け、注意を持続させる課題(特定の数字以外が出たらすぐキーを押す、というSART課題)に取り組んでもらいました。誰もスマホには触っていません。鳴っただけです。
結果:数字で見る中断の代償
まず現場観察の結果から。中断された作業のうち81.9%は、その日のうちに元の作業へ戻っていました。放置されたわけではなく、たいていはちゃんと再開されるのです。問題はその「戻るまでの時間」でした。同じ調査データをもとにした分析では、中断後に元の作業へ戻るまでの平均時間は23分15秒だったと、Mark氏自身がその後の講演やインタビューでたびたび紹介しています。
次に実験室での結果です。2008年の実験では、中断された条件でも作業を終える速さそのものにはほとんど差がなく、むしろ中断されたグループのほうがやや速く終える傾向すら見られました。ところが自己評価によるストレス・時間的切迫感・イライラ・労力は、中断された条件のほうが有意に高いという結果になっています。
| 測定した指標 | 中断なし | 中断あり |
|---|---|---|
| 作業を終える速さ | 基準 | 差はほぼなし(やや速い傾向) |
| ミスの数 | 基準 | 有意差なし |
| ストレス・時間的切迫感・イライラ・労力(NASA-TLX) | 基準 | 有意に高い |
そしてStothartらの実験。通知音が鳴っただけの群は、何も鳴らなかった対照群に比べて、注意持続課題の成績が明らかに悪化していました。着信音の場合も、通知音の場合も同様の低下が見られたと報告されています。スマホを手に取る、ロックを解除する、アプリを開く——そうした一連の動作をまったくしなくても、集中はすでに乱されていたことになります。
なぜこうなるのか:意識だけ前の作業に居残る
中断された作業に戻るのに、なぜこれほど時間がかかるのか。ヒントになるのが「アテンション・レジデュー(注意残余)」という考え方です。作業Aから作業Bへ切り替えたとき、意識のすべてがきれいに切り替わるわけではなく、作業Aについての思考の断片が、作業Bをこなしている間もしばらく居残り続けるという現象です。
喫茶店の会計にたとえると分かりやすいかもしれません。レジで前の客の注文がまだ処理し切れていないのに、次の客の注文を同時に打ち込み始めたようなものです。二つの注文情報が頭の中で混ざり合い、どちらの処理も遅く、ミスも増えやすくなる。通知に一瞬反応するというのは、まさにこの「レジを打ちながら次の客の相手をする」状態を、脳の中で強制的に発生させる行為だと言えます。
Stothartらの実験結果は、この居残りが「実際に相手をした」ときだけでなく、「相手をしそうな気配を感じただけ」でも起きることを示しています。通知音は「あとで確認しなければ」という未処理のタスクを頭の中に一つ増やし、それだけで今の作業に割ける意識の量を減らしてしまうというわけです。
この話、こう使える
研究が一貫して示しているのは、「通知への対応そのものは一瞬でも、代償は一瞬では終わらない」という点です。日常でできる工夫は次のようなものです。
- 通知は"見た目"と"音"の両方を切る。 Stothartらの結果を踏まえると、鳴るだけでも影響があるため、サイレントモードだけでなく画面が見えない場所にスマホを置くことも意味があります。
- チェックする時間を先に決めてしまう。 Markら(2016)の調査では、だらだらとメールを確認し続けるより、時間を区切ってまとめて処理するほうがストレスと関連が薄いことが示唆されています。
- 戻ってくるまでの「23分」を見込んで予定を組む。 会議の合間や短い休憩で重い作業に手を出すと、集中が乗り切る前に次の中断が来てしまいます。深く考える作業は、通知が入りにくいまとまった時間に寄せましょう。
これは英語学習にもそのまま応用できます。独学ロードマップで紹介している「1日30分」の学習時間も、途中でスマホを頻繁に確認していては、体感の30分と実際に頭が働いていた30分に大きな差が生まれてしまいます。シャドーイングのように音に集中力を要する練習ほど、通知を切った状態で取り組む価値は大きいはずです。
注意点:この研究の限界
ここまでの内容にも、正直に書いておくべき限界があります。
- 2008年の実験は大学生48名が対象。 職種や年齢層の異なる実務家にそのまま当てはまるとは限りません。
- 2016年の調査は相関関係を示したもので、因果関係を証明したものではありません。 メール利用時間が長い人ほどストレスが高かったのは事実ですが、「もともとストレスの多い仕事だからメールが増えた」という逆の流れも否定はできません。
- Stothartらの実験は、あくまで単純な注意持続課題での結果です。 現実の仕事や勉強はもっと複雑なので、影響の大きさがそのまま当てはまるとは限りません。
- 個人差があります。 通知への敏感さや、中断からの回復の速さには個人差があると考えられており、万人に同じだけの負担がかかるわけではありません。
それでも複数の独立した研究チームが、方法を変えながら似た方向の結論——通知や中断は、見た目より重いコストを静かに積み上げている——にたどり着いている点は、押さえておく価値があります。
よくある質問
今日の3行まとめ
中断されても作業を終える速さはさほど落ちませんが、ストレスという見えないコストが確実に積み上がります。
深く考えたい作業の前には、画面も音も届かない状態を先につくっておくのが一番の対策です。
集中力そのものにも興味が出てきた人は、サイエンスラボの他の記事もあわせてどうぞ。脳と心理をテーマにした研究をほかにも紹介しています。
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英語脳年齢テストをやってみる →参考文献
- Mark, G., Gonzalez, V. M., & Harris, J. (2005). No Task Left Behind? Examining the Nature of Fragmented Work. Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI '05), 321–330. 論文を見る
- Mark, G., Gudith, D., & Klocke, U. (2008). The Cost of Interrupted Work: More Speed and Stress. Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI '08), 107–110. 論文を見る
- Stothart, C., Mimnaugh, A., & Meyer, D. E. (2015). The Attentional Cost of Receiving a Cell Phone Notification. Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, 41(4), 893–897. 論文を見る
- Mark, G., Wang, Y., Niiya, M., & Reich, S. (2016). Email Duration, Batching and Self-interruption: Patterns of Email Use on Productivity and Stress. Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI '16), 1717–1728. 論文を見る
- Mark, G. (2023). Attention Span: A Groundbreaking Way to Restore Balance, Happiness and Productivity. Hanover Square Press.