病院でこう言われたら、あなたはどう感じるでしょうか。「これからお渡しする薬は、有効成分がまったく入っていない、ただの砂糖でできた偽薬です」。普通に考えれば、効くわけがないと思うはずです。ところが実際にこの説明を受けたうえで薬を飲み続けた患者たちの症状は、有意に軽くなっていました。

2010年、ハーバード大学医学部のTed Kaptchukらの研究チームは、過敏性腸症候群(IBS=大腸に異常が見当たらないのに腹痛や便通の乱れが続く病気)の患者80人を対象に、"正直な偽薬"を処方するという型破りな臨床試験を行いました。結果、偽薬だと知らされたうえで薬を飲んだ患者たちの症状改善は、何も治療を受けなかった患者たちを明らかに上回っていたのです。だますことなく効く「オープンラベル・プラセボ(open-label placebo)」と呼ばれるこの現象は、その後の複数の研究で追試が重ねられています。今回は、この不思議な効果を確かめてきた論文と、薬の"伝え方"そのものが痛みの感じ方を変えてしまうという別の実験まで、あわせて紹介します。

スポンサーリンク

なぜ"バレたら効かない"はずなのか

プラセボ効果(placebo effect)とは、有効成分を含まない偽の治療を受けたにもかかわらず、症状が改善してしまう現象を指します。新薬の効果を調べる臨床試験で「本物の薬と偽薬、どちらが有効か」を比べる対照群として使われることでもおなじみです。

この効果の説明として長く信じられてきたのが、「患者が本物の薬だと思い込んでいることが前提条件だ」という考え方です。「これは効く薬です」と伝えられることで期待が生まれ、その期待そのものが症状の感じ方を変える——だとすれば、正体がバレた瞬間に期待は消え、効果もゼロになるはずだと考えるのが自然でしょう。実際、この分野の研究者の多くも長年そう考えてきました。

ところがKaptchukらは、この前提そのものに疑問を投げかけました。「効くはずがない」と分かっていても、薬を飲むという行為や、医師とのやり取りには、それ自体に何らかの働きがあるのではないか。この疑問を確かめるために組まれたのが、次に紹介する実験です。

実験:「これは偽薬です」と説明したうえで処方する

Kaptchukらが2010年に『PLoS ONE』誌に発表した研究は、IBSと診断された患者80人(平均年齢47歳、70%が女性)を対象にした3週間のランダム化比較試験(RCT)でした。参加者は次の2グループにランダムに割り振られました。

ここで重要なのは、医師との面談の質・時間は両グループでそろえてあるという点です。「優しくされたから良くなった」という単純な理由では説明がつかないように、実験デザインが工夫されています。純粋に「偽薬だと分かったうえで薬を飲む」という行為そのものの効果を測ろうとした試験です。

さらに2021年、Lemboらの研究チームはこの結果をより厳密に検証するため、262人の成人を対象にした6週間のRCTを実施しました。今回はOLP群・無治療対照群に加えて、二重盲検の偽薬群(DBP=本人にも医師にも本物か偽薬か分からない、従来型のプラセボ対照)という3つ目の群を追加。「正直に伝えるプラセボ」は「だまして飲ませるプラセボ」に、効果でどこまで迫れるのかを直接比較しました。

スポンサーリンク

結果:「知っていても」症状は軽くなった

Kaptchukらの2010年の研究では、症状全体の改善度を測る指標(IBS-GIS)で、21日後の時点でOLP群が平均5.0(±1.5)、無治療対照群が平均3.9(±1.3)となり、統計的に有意な差がついています(p=.002)。中間地点の11日目でも、OLP群5.2に対し対照群4.0という差が確認されました(p<.001)。腹痛の重症度や生活の質を測る指標でも、同様にOLP群のほうが良好な結果でした。

2021年のLemboらの研究では、症状の重さを点数化するIBS-SSSという指標を使い、6週間での改善幅を比べています。結果は次のとおりでした。

内容6週間でのIBS重症度スコアの改善幅(平均)
無治療対照群薬なし、経過観察のみ52.3
オープンラベル・プラセボ群「偽薬です」と正直に説明90.6
二重盲検の偽薬群本物か偽薬か本人も医師も知らない100.3

正直に「偽薬です」と伝えられたOLP群は、無治療対照群より有意に大きく改善していました(p=.038)。そして本題はここからです。OLP群と、だまして飲ませた二重盲検群のあいだには、統計的に有意な差がありませんでした(p=.485)。正直に告げるかどうかは、効果の大きさをほとんど左右していなかったことになります。

図1:6週間後のIBS重症度スコア改善幅(Lembo et al., 2021)
52.3 90.6 100.3 無治療対照群 何もしなかった 正直な偽薬(OLP) 偽薬だと説明して処方 だました偽薬(DBP) 本物か偽薬か非公開 100 50 0
正直に「偽薬です」と伝えたOLP群も、だまして飲ませたDBP群も、無治療対照群を大きく上回った。両者の差は統計的に有意ではなかった。
出典:Lembo et al. (2021) のIBS-SSS改善幅(平均値)をもとに作図

さらに、この現象がIBSに限った話ではないことを示すのが、von Wernsdorffらが2021年に『Scientific Reports』誌で発表したメタ分析(=複数の研究結果を統合して統計的に評価する手法)です。13件の研究をレビューし、うち11件を統合したところ、無治療と比べたオープンラベル・プラセボの効果量はSMD=0.72(95%信頼区間 0.39〜1.05、p<.0001)という、心理学の基準では中〜大程度の大きさでした。対象になった症状は腰痛・がん治療に伴う倦怠感・注意欠如多動症(ADHD)・アレルギー性鼻炎・うつ・IBS・更年期のほてりと幅広く、いずれも本人の主観的な訴えを指標にした症状という共通点があります。

なぜ「知っていても」効くのか

種明かしがないまま薬を飲んで、それでも症状が軽くなるとしたら、いったい何が起きているのでしょうか。研究者たちが手がかりにしているのは、プラセボ効果を「期待」だけでなく、複数の要素の合わせ技として捉える考え方です。

Kaptchukらは2008年、同じくIBS患者262人を対象にした別の研究で、この点を実験的に切り分けています。3つの群を比較したもので、①何のやり取りもない待機リスト群、②偽の鍼治療だけを最低限のやり取りで受ける「限定」群、③同じ偽の鍼治療に加えて、担当者が時間をかけて温かく気にかける「拡張」群、という設計です。6週間後に「十分な症状の軽減があった」と答えた割合は、待機リスト群28%、限定群44%、拡張群62%と、段階的に積み上がっていきました(傾向性のp<.001)。

💡 この実験から見えてくること 薬の中身が同じ(偽物)でも、「儀式として治療を受ける」ことと「気にかけてくれる相手がいる」ことが、それぞれ独立に症状の感じ方を変えていました。 つまりプラセボ効果は、単に「本物だと信じ込む」ことだけで生まれているのではなく、治療という行為・儀式・人との関わりが積み重なって生まれている、と考えられています。

オープンラベル・プラセボの場合も、これに近い説明がなされています。決まった時間に薬を飲むという行為の反復(儀式)、そして「これは症状の改善に役立つと報告されている」という正直な情報そのものが、脳の中で症状の感じ方を調整する仕組みに働きかけているのではないか、というのが現時点での有力な見方です。「信じ込ませる」ことよりも、「行為・関係・情報がセットで積み重なる」ことのほうが本質に近いのかもしれません。

図2:プラセボ効果を生み出す3つの要素(概念図)
①正直な情報 「効くと報告されている」 ②儀式 決まった手順で薬を飲む行為 ③関係性 気にかけてくれる相手 期待・条件づけ 脳が積み重ねた"学習"の仕組み 症状の感じ方が変化する (痛み・不快感の知覚がやわらぐ)
プラセボ効果は「信じ込む」ことだけでなく、正直な情報・儀式・関係性が組み合わさって生まれると考えられている。実測値ではなく、研究で提案されている考え方をもとにしたイメージ図。
出典:Kaptchuk et al. (2008, 2010) の知見をもとにしたイメージ図

この「情報そのものが体の反応を変える」という見方を、さらに強く裏づける実験があります。Kam-Hansenらが2014年に『Science Translational Medicine』誌で発表した片頭痛の研究です。66人の片頭痛患者に、本物の片頭痛薬(リザトリプタン)か偽薬かを、459回分の頭痛発作にわたって投与しました。ここでの工夫は、薬の中身だけでなく、貼られたラベル(伝えられる情報)も条件によって変えたことです。「偽薬です」「本物か偽薬のどちらかです」「本物の薬です」という3種類の説明を、本物・偽薬それぞれに組み合わせています。

実際の中身伝えられたラベル頭痛の痛みの変化(平均)
治療なし+15%(悪化)
偽薬正直に「偽薬」と表示-26%
偽薬偽って「本物」と表示-24.6%
本物の薬偽って「偽薬」と表示-36.1%
本物の薬正直に「本物」と表示-40%

注目すべきは真ん中の2行です。「偽薬なのに本物と偽って伝えた場合(-24.6%)」と「本物の薬なのに偽薬と偽って伝えた場合(-36.1%)」の効果に、統計的に有意な差はありませんでした(p=.127)。中身が入れ替わっていても、伝えられた情報がもたらす影響の大きさは近かったのです。さらに研究チームの試算では、無治療と比べたときの薬の効果全体のうち、半分以上がラベル(情報)による部分だったと報告されています。

この話、こう使える

この記事の結論は「偽薬を自分で用意して飲もう」ということではありません。強調したいのは、私たちが何を期待し、どんな情報とともに物事に取り組むかが、体や気持ちの感じ方そのものにここまで影響しうる、という事実です。

Kaptchukらの実験が示していたのは、「儀式」と「関係性」を積み重ねると症状の感じ方が変わっていくという構図でした。これは治療の場面に限った話ではなさそうです。何かに取り組む前に、自分なりの決まった手順(お茶を入れる、机の上を片づける、深呼吸をするなど)を持っておくことは、少なくとも「さあやるぞ」という気持ちの切り替えに一役買っている可能性があります。もちろんこれは記事で紹介した研究がそのまま証明していることではなく、あくまで発想のヒントとして受け取ってください。

「知っていても、伝え方ひとつで感じ方が変わる」という話は、当サイトの英語の雑学・豆知識コーナーで扱っているような、人に話したくなる小ネタとも相性が良いテーマです。気になった人はあわせてどうぞ。

注意点:この研究の限界

⚠️ プラセボは治療の代わりにはなりません ここで紹介したのはいずれも、本人が「どう感じるか」に左右される主観的な症状を対象にした研究です。がんの腫瘍を縮小させる、感染症の原因菌を減らすといった、体内で客観的に測定できる病理そのものへの効果を示したものではありません。研究者たちも、有効な治療をプラセボに置き換えることを推奨しているわけではないと明言しています。気になる症状がある場合は自己判断せず、必ず医療機関に相談してください。

よくある質問

プラセボ(偽薬)は、どんな症状にも効くのですか?
いいえ。ここで紹介した研究の対象は、過敏性腸症候群(IBS)の腹痛や便通異常、片頭痛の痛みなど、本人がどう感じるかに左右される主観的な症状です。がんの腫瘍を縮小させる、細菌感染を治すといった、体内の病理そのものを客観的に治したという報告ではありません。von Wernsdorffら(2021)のメタ分析でも、対象は腰痛・がん治療に伴う倦怠感・ADHD・アレルギー性鼻炎・うつ・IBS・更年期のほてりなど、主観的な症状や苦痛感が中心でした。
「これは偽薬です」と正直に処方するのは、実際の医療現場でも行われているのですか?
臨床試験としての報告は増えていますが、一般的な治療として広く普及しているわけではありません。研究者たちも、既存の有効な治療法を差し置いてプラセボに置き換えることを推奨しているわけではなく、慢性的な症状で他の治療の選択肢が乏しい場合などに、補助的な選択肢になりうるかを検証している段階です。気になる症状がある場合は自己判断せず、必ず医療機関に相談してください。
日常生活でも、この"期待の効果"を応用できますか?
断定はできませんが、ヒントにはなりそうです。Kaptchukら(2008)の研究では、同じ偽の治療でも、決まった手順で行う"儀式"や、気にかけてくれる相手との関わりが加わるほど症状の改善が大きくなっていました。何かに取り組む前に自分なりの"儀式"(お茶を入れる、深呼吸をするなど)を決めておくことは、少なくとも気持ちの面で取り組みやすさを変える可能性はあります。ただしこれは症状の治療とは別の話であり、この記事で紹介した研究がそのまま効果を保証するものではありません。

今日の3行まとめ

📌 これだけ持ち帰ってください 「これは偽薬です」と正直に伝えても、IBS患者の症状は有意に軽くなっていました。 だますことなく効くプラセボは、複数の研究で確認されています。
効果は「信じ込ませる」ことよりも、儀式・関係性・正直な情報の積み重ねから生まれていると考えられています。
片頭痛薬の研究では、貼られたラベル(伝え方)だけで、薬の効果の半分以上が説明できてしまうという結果も報告されています。

「伝え方ひとつで感じ方が変わる」という発想は、勉強との向き合い方にも応用できるかもしれません。学習全体を見直したい人は英会話の独学勉強法もあわせてどうぞ。

🧠 「期待」や「思い込み」が気になったら

自分の脳の使い方のクセ、気になりませんか? 気軽に試せる診断で、ちょっとした自己理解のきっかけにしてみてください。

英語脳年齢テストをやってみる →

参考文献