産業革命を支えた労働力はどこから来たのか——歴史の教科書なら「農業革命」や「医療の進歩」と答えるところですが、経済学者のNathan NunnとNancy Qianが2011年に『Quarterly Journal of Economics』誌で発表した研究は、もっと地味な主役を指し示しました。南米アンデス原産の、あのじゃがいもです。

彼らの推定では、1700年から1900年にかけてのヨーロッパ(旧世界)の人口・都市化の成長のうち、控えめに見ても4分の1程度がじゃがいもの伝来によって説明できるといいます。ただし、じゃがいもを食べたかどうかを国ごとに比べただけでは、他の要因との区別がつきません。研究チームはどうやってこの数字を導き出したのでしょうか。

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なぜ一つの作物が、大陸の人口を左右できるのか

16世紀以前のヨーロッパの食を支えていたのは、小麦やライ麦、大麦といった穀物でした。しかしこれらの穀物は、冷涼で雨の多い土地では育ちが悪く、天候不順が続けば簡単に不作・飢饉につながります。人口は長いあいだ、この穀物という"天井"に抑えられていました。

16世紀、南米大陸を訪れたスペイン人がじゃがいもをヨーロッパに持ち帰ります(いわゆる「コロンブス交換」と呼ばれる、新大陸と旧大陸のあいだの作物・動物のやり取りの一つです)。ところが、見た目の不気味さやナス科の植物であることへの不信感から、しばらくは広く受け入れられませんでした。本格的に栽培が広がったのは18世紀、各国政府が食料不足への対策として栽培を後押しするようになってからだとされています。

じゃがいもが広まったのは、ちょうど穀物が育ちにくかった冷涼・湿潤な土地でした。穀物が苦手な土地でも育つ作物が、急に使えるようになった——これが、研究者たちが注目した出発点です。

研究:"向く土地"と"向かない土地"を比べる自然実験

とはいえ、「じゃがいもを食べる国ほど人口が増えた」と言うだけでは、他の時代の変化(農業技術の進歩や衛生環境の改善など)と区別できません。歴史上の出来事を対象に、じゃがいもだけを無作為に割り当てる実験はできません。

そこでNunnとQianが使ったのが自然実験(natural experiment=人が意図的に作ったのではなく、歴史の中で自然に生まれた"実験的な状況"を利用する分析手法)という考え方です。具体的には、次の2つの情報を組み合わせました。

この2つを掛け合わせることで、「もともとじゃがいもに向いていた地域」が、「じゃがいもが実際に広まった時期から」人口や都市化で伸び始めたかどうかを確認できます。単純比較ではなく、こうした差分の差分(difference-in-differences)という手法を使うことで、「もともと人口が多かった地域にたまたまじゃがいも向きの土地が多かった」といった見せかけの関係を、ある程度取り除くことができます。

💡 この実験デザインが面白い理由 じゃがいもを配ることはできませんが、「もともとじゃがいもに向いていたかどうか」は土地の性質として最初から決まっています。歴史そのものを、壮大な比較実験として読み直したアイデアです。

結果:成長のうち4分の1が、じゃがいものおかげだった

分析の結果、じゃがいも栽培に向いていた地域は、1700年以降になって初めて、向いていなかった地域より明らかに速い人口・都市化の伸びを示しました。伝来前には、そうした違いはほとんど見られなかったと報告されています。

報告されている推定値は、人口成長への寄与が約18%、都市化率の成長への寄与が約37%。これらを総合して、研究チームは控えめな推定でも1700年から1900年の人口・都市化の成長の4分の1程度がじゃがいも伝来によるものだと結論づけています。

図1:じゃがいも伝来が、人口・都市化の成長に占めていた割合(推定)
約18% 約37% 人口成長への寄与 都市化成長への寄与 100% 75% 50% 25% 0%
1700年から1900年にかけての成長のうち、どれくらいの割合がじゃがいも伝来で説明できるかという推定値。都市化率への寄与のほうが大きい。
出典:Nunn & Qian (2011) の推定値をもとに作図

この結果を後から検証した研究もあります。経済学者C. Justin Cookは2014年、『Journal of Development Economics』誌に発表した論文で、各地域の牛乳の消費しやすさ(乳糖を分解できる体質の人の割合を手がかりに推定)を分析に加えました。すると、牛乳をよく飲む地域ほど、じゃがいもによる効果が2倍以上に大きくなっていたと報告されています。じゃがいもだけでは不足する栄養素を牛乳が補い、「じゃがいも+乳製品」という組み合わせがより完全な食事に近づいていたことが背景にあると考えられています。

個別の国を見た研究もあります。経済学者Thor Bergerが2019年に『Economic History Review』誌で発表した分析では、スウェーデンの人口は1750年から1850年の100年間でおよそ2倍になりましたが、その中でもじゃがいも栽培に向いた地域ほど成長が速かったと報告されています。

地域期間人口の変化備考
スウェーデン1750年→1850年約2倍に増加じゃがいも向きの地域ほど成長が速かった(Berger, 2019)
アイルランド1801年→1841年約500万人→約817万人人口の半数以上がじゃがいもに栄養の多くを依存
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なぜ"たった一つの作物"がそれほど効いたのか

研究者たちが挙げる説明は、おおむね次の流れでまとめられます。まず、じゃがいもは冷涼で雨の多い、それまで穀物では不利だった土地でも育てやすい作物でした。栽培できる土地が増えれば、同じ国土からより多くの食料を得られます。

食料の余剰が生まれると、それまで農作業に縛られていた人々の一部が、農業以外の仕事——工場や都市の商業——に移れるようになります。人口が増えるだけでなく、都市に人が集まる(都市化が進む)のは、この余剰が生まれたからだと考えられています。都市化率への寄与(約37%)が人口への寄与(約18%)より大きかったという結果も、この説明と筋が通っています。

図2:じゃがいもが"余剰の労働力"を生み出す仕組み(イメージ図)
冷涼・湿潤な土地 穀物には不利 じゃがいも栽培 同じ土地で収量UP 食料 余剰 農業以外への移動 都市・工業へ 都市化が進む 人口も増える ※ 研究で示された因果の"筋道"をもとにしたイメージ図(数値ではありません)
穀物に不利な土地でじゃがいもが収量を上げ、生まれた食料の余剰が農業以外の労働力と都市化を後押しする——研究者が説明する大まかな流れ。
Nunn & Qian (2011) らの考察をもとにしたイメージ図

さらにCook(2014)の研究が示した「牛乳との組み合わせ」の話は、この流れに栄養面の説明を加えます。じゃがいもだけでは得にくいビタミンやタンパク質を乳製品が補うことで、人々が本当に「じゃがいも中心の食事」で健康に生きられる条件が整った、という理屈です。一つの作物の話のようで、実際には土地・労働・栄養という複数の要素が重なって初めて効果が生まれていたことになります。

この話、こう使える

この研究がおもしろいのは、「産業革命」や「人口爆発」といった歴史の大きな見出しの裏に、じゃがいもという地味な脇役が隠れていたと暴いた点です。歴史や社会の大きな変化を見るとき、私たちはつい"目立つ事件"(戦争、革命、発明)に注目しがちですが、実際にはその土台を、こうした地味で静かな変化が何十年もかけて作っていることがあります。

ニュースや歴史の本を読むときに、「この大きな変化の裏に、もっと地味な"土台"はなかったか?」と一歩立ち止まって考えてみる。じゃがいもの話は、そうした視点のちょっとした練習問題にもなります。じゃがいもが何世代もかけて穀物の"天井"を少しずつ押し上げたように、私たちの習慣や能力も、派手な一発ではなく、小さな積み重ねで変わっていくもの。自分の英語力が今のペースだと何年後にどう変わっているか、一度のぞいてみるのも面白いかもしれません。

注意点:この研究の限界

⚠️ "自然実験"は、ランダム化比較実験ではない じゃがいもを地域に無作為に割り当てたわけではなく、あくまで「もともとの土地の性質」を手がかりにした分析です。後年の検証(Villalobos & Sevilla, 2022)では、地理的な自己相関(近い地域は似た成長をしやすいという統計上の癖)によって効果が過大に見積もられている可能性が指摘されており、信頼できる範囲は6分の1〜4分の1程度というやや控えめな評価にとどめるべきだとされています。

この研究を、健康や栄養に関する助言として読むのは誤りです。あくまで、過去数世紀にわたる人口統計データを対象にした経済史の分析だと理解してください。

よくある質問

「じゃがいもが人口を増やした」というのは、単なる相関関係ではないのですか?
研究チームは、その懸念に正面から答えようとしています。地域ごとに「じゃがいも栽培にどれくらい向く土地か」をあらかじめ数値化し、じゃがいもが実際に伝わった時期(おおむね1700年前後)の前後で、向く地域と向かない地域の人口・都市化の伸び方を比べました。もし単なる偶然なら、伝来前からすでに向く地域のほうが伸びていたはずですが、そうした違いは伝来後にだけ現れたと報告されています。ただし、後年の検証(Villalobos & Sevilla, 2022)では、地理的な自己相関などの影響で効果が過大に見積もられている可能性も指摘されており、「6分の1〜4分の1程度」というやや控えめな範囲が現実的だとされています。
じゃがいもはヨーロッパに伝わってすぐ主食になったのですか?
いいえ。じゃがいもが南米からヨーロッパに持ち込まれたのは16世紀ですが、広く主食として定着するまでには100年以上かかったと考えられています。見た目や、ナス科の植物であることへの不信感から避けられていた時期が長く、プロイセンのフリードリヒ大王が1756年に栽培を命じる勅令を出したという記録があるなど、各国の政府が食料不足への対策として栽培を後押ししたこともあり、18世紀になって急速に普及が進みました。
じゃがいもだけに頼る生活は、危険ではないのですか?
はい、歴史がそれを証明しています。19世紀前半のアイルランドでは人口が急増し、1841年の人口調査では約817万人に達していましたが、その多くが「ランパー」という単一品種のじゃがいもに栄養の多くを依存していました。1845年にPhytophthora infestansという病原体による「じゃがいも疫病」が発生すると、遺伝的な多様性に乏しかったこの品種は大きな被害を受け、大規模な飢饉と海外移住につながったと記録されています。人口を押し上げた同じ仕組みが、依存度が高すぎると一転してリスクになるという教訓です。

今日の3行まとめ

📌 これだけ持ち帰ってください ヨーロッパの人口・都市化の成長のうち、控えめに見ても4分の1程度はじゃがいも伝来のおかげだったという経済学の推定があります。
穀物に不利な土地でも育つ作物が、食料の余剰と都市化を同時に生んだと考えられています。
ただし依存しすぎれば、同じ仕組みがアイルランドのような大飢饉を招くという、もう一つの顔も持っています。

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参考文献