深夜2時、とくに理由もないのにふと目が覚める。しばらく天井を眺めて、また眠れるだろうかと不安になる——そんな経験をしたことはないでしょうか。「8時間ぶっ通しで眠れなければ不眠症」というのが現代の常識です。ですが、電気のなかった時代には、夜中に一度目を覚ますことこそが"ふつう"だった可能性がある、とする研究があります。
バージニア工科大学の歴史学者A. Roger Ekirchは、日記や裁判記録、文学作品など2000件を超える史料を調べ、近代以前のヨーロッパでは夜を「最初の眠り」と「2度目の眠り」に分けて過ごす"分割睡眠"が一般的だったと報告しました。この説は、アメリカ国立精神衛生研究所(NIMH)で行われた実験でも部分的に裏づけられています。ところが2023年、この説の読み方そのものに疑問を投げかける論文が発表され、いまも研究者のあいだで議論が続いています。今回は、歴史学と睡眠科学がぶつかり合ってきた"分割睡眠"論争を、論文をもとにたどります。
なぜ「途中で目が覚めたら不眠症」だと思われてきたのか
現代の睡眠医学では、いったん寝ついたあと夜中に目が覚めてしまう症状を中途覚醒(睡眠を維持できない不眠症の代表的な症状)と呼び、治療の対象として扱うことがあります。私たちの多くも「大人は8時間、途切れず眠るのが正常」という感覚を、疑うことなく受け入れています。
しかし、この「ひとつながりの8時間睡眠」という理想像は、実はそれほど古いものではないかもしれません。Ekirchが注目したのは、電気照明が普及する以前——ろうそくや暖炉の火明かりだけが頼りだった時代の人々が、夜をどう過ごしていたかという記録でした。
手がかり:2000件を超える史料と、15人が参加した実験室
Ekirchが2001年に『American Historical Review』誌で発表し、2005年の著書『At Day's Close: Night in Times Past』でさらに掘り下げた研究では、日記・医学書・裁判の証言記録・文学作品などから、夜の眠りに関する記述を丹念に集めていきました。最終的に集まった参照は2000件を超え、対象は古代ギリシャの記述にまでさかのぼるといいます。
そこで繰り返し登場したのが、"first sleep"(最初の眠り)と"second sleep"(2度目の眠り)、あるいは"dead sleep"(深い眠り)と"morning sleep"(朝方の眠り)という表現でした。17世紀イングランドの詩人フランシス・クァールズは、こんな言葉を残しています。
Ekirchによれば、就寝は日没から数時間後、最初の眠りから1〜2時間ほどで一度目を覚まし、そこから1時間前後の"静かな覚醒"の時間を挟んで、夜明けまで2度目の眠りに入るというリズムが、多くの家庭で共有されていたといいます。
この歴史記録を、実験室で確かめようとしたのが精神科医Thomas Wehrでした。Wehrが1992年に『Journal of Sleep Research』誌で報告した実験では、15人の健康な成人を、まず16時間の明期・8時間の暗期(夏の日照条件に近い環境)で1か月間過ごさせたあと、10時間の明期・14時間の暗期(冬の日照条件に近い環境)にゆっくり切り替えて、さらに1か月間その睡眠を観察しました。
結果:歴史の記録も、実験室のデータも「二分割」を示した
16時間の明期条件では、参加者の総睡眠時間は平均7.26±0.21時間で、ひとつながりの睡眠でした。ところが暗期を14時間に延ばした条件に移ると、総睡眠時間は平均8.36±0.82時間まで伸び、しかもその多くが自然に2つのまとまりへと分かれていったのです。
2つの眠りのあいだには、1〜3時間ほどの静かな覚醒の時間が生まれました。この時間帯には、リラックスや母乳分泌への関与で知られるホルモンプロラクチンの血中濃度が上昇していたことも報告されています。参加者は眠れずに苦しんでいる様子ではなく、静かに目を覚ましたまま横になっている状態だったとされます。
Ekirchの史料でも、この"静かな覚醒"の時間の過ごし方が具体的に記録されています。祈りを捧げる人、書き物をする人、隣人の家を訪ねて会話をする人——夜が明けるまでの静かな時間は、決して無駄な"空白"ではなく、ひとつの生活習慣として組み込まれていたようです。
なぜ夜は"ふたつ"に割れるのか
Wehrの実験では、暗期が長くなるにつれて、夜間のメラトニン(暗くなると分泌が増え、眠気を誘うホルモン)が分泌される時間の長さも延びていたことが確認されています。日照時間が短い季節ほど、体が"眠ってよい"と判断する時間の窓が広がる、という理屈です。
その広がった窓の中に、1回分の睡眠欲求(眠りたいという生理的な要求)をきっちり満たしてしまうと、体はいったん覚醒に近い状態に戻ります。ただし完全に目覚めるほどではなく、うとうとと静かな状態にとどまる。しばらくすると残っていた眠気が再び優勢になり、2度目の眠りへと入っていく——これがWehrの実験で観察された流れです。
たとえるなら、満員電車のように"ひとつの大きな眠り"に全部を押し込むのではなく、休憩をはさんだ2本立ての眠りに分けたほうが、長い夜の中では自然に収まりがよい、というイメージです。人工照明が登場する前の夜は今よりずっと長く暗く、この"2本立て"を許すだけの時間的な余裕があったと考えられます。
この話、こう使える
夜中に目が覚めて時計を確認し、「また眠れなかったらどうしよう」と焦った経験がある人は多いはずです。ここで紹介した研究が示すのは、夜中の短い覚醒そのものは、歴史的にはむしろありふれた現象だったかもしれないということです。
もちろん、これは現代の睡眠に関する医学的な助言に取って代わるものではありません。ただ、目が覚めた瞬間にスマートフォンで時間を確認して明るい画面を見たり、「眠れない」と強く意識してしまったりすることが、かえって再入眠を遠ざけている可能性はあります。史料に残る人々が、暗いままベッドの中で祈りや物思いにふけっていたように、灯りをつけず、静かに横になったまま次の眠気を待つという過ごし方は、試してみる価値があるかもしれません。
「知ってしまうと誰かに話したくなる」科学のネタは、当サイトの英語の雑学・豆知識コーナーでも毎日紹介しています。ちなみに英語の"sleep like a log"(丸太のようにぐっすり眠る)という慣用句も、実は"ひとつながりの深い眠り"を良しとする、比較的新しい価値観を映した表現なのかもしれません。
注意点:この研究の限界
- この説の読み方自体に疑問が呈されています。 Boyce(2023)は『Medical History』誌で、Ekirchが引用した"first sleep"などの表現が、必ずしも夜が2つの睡眠にきっちり分かれていたことを意味するとは限らず、比喩的な用法や文脈の解釈に幅がある可能性を指摘しました。Ekirch自身も2024年に同誌で反論しており、この論争は現在も続いています。
- 現代の狩猟採集社会では、むしろ一括した睡眠が主流という報告があります。 Yetishら(2015)が『Current Biology』誌で報告した、電気を使わないタンザニアのハヅァ族・ナミビアのサン族・ボリビアのチマネ族、計94人・延べ1165日分の睡眠記録では、平均睡眠時間は5.7〜7.1時間で、いずれの集団も基本的にひとつながりの睡眠をとっていました。分割睡眠が"人類共通の自然な姿"だったと言い切るのは早計です。
- Wehrの実験は、人工的に極端な暗期を再現した条件です。 14時間もの暗闇を強いる実験環境は、電気のない時代の実際の生活とも、現代の一般的な寝室環境とも異なります。参加者もわずか15人にとどまり、この結果をそのまま万人に一般化することはできません。
- 不眠に悩んでいる人への医療的な助言ではありません。 夜中に目覚めること自体が"自然"だとしても、日中の強い眠気や倦怠感を伴う場合は、通常の不眠とは別の問題である可能性があります。気になる症状がある場合は、自己判断せず医療機関に相談してください。
よくある質問
今日の3行まとめ
NIMHの実験では、暗期を14時間に延ばしただけで、参加者の睡眠は自然に2つに分かれた。
一方で現代の狩猟採集社会の調査は一括した睡眠が主流という結果を示しており、"分割睡眠が人類共通の自然な姿"と決めつけるのは早計とされている。
「わずかな環境の違いが、当たり前だと思っていた習慣を大きく変える」という感覚は、英語学習にもそのまま当てはまります。日々の学習を見直したい人は英会話の独学勉強法もあわせてどうぞ。
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- Ekirch, A. R. (2001). Sleep We Have Lost: Pre-industrial Slumber in the British Isles. American Historical Review, 106(2), 343–386. 論文を見る
- Ekirch, A. R. (2005). At Day's Close: Night in Times Past. W. W. Norton & Company.
- Wehr, T. A. (1992). In short photoperiods, human sleep is biphasic. Journal of Sleep Research, 1(2), 103–107. 論文を見る
- Yetish, G., Kaplan, H., Gurven, M., et al. (2015). Natural Sleep and Its Seasonal Variations in Three Pre-industrial Societies. Current Biology, 25(21), 2862–2868. 論文を見る
- Boyce, N. (2023). Have we lost sleep? A reconsideration of segmented sleep in early modern England. Medical History, 67(2), 91–108. 論文を見る
- Ekirch, A. R. (2024). Reflections on 'Have we lost sleep?'. Medical History. 論文を見る