流れてくる英語音声を、聞きながらほぼ同時に声に出してなぞる——いわゆるシャドーイングは、英語学習者のあいだではもう珍しい練習法ではありません。ところが、この手法が生まれた本来の目的を知っている人は、意外と少ないかもしれません。
シャドーイングは、英語教育のために開発されたものではありませんでした。1970年代、イギリスの認知心理学者が「人は耳から入ってきた話し言葉を、どうやってそんなに速く理解しているのか」を調べるために作った実験手法が、のちに語学教育の世界に持ち込まれたものです。原点の実験では、音声が流れ終わるのを待たずに、わずか0.25秒ほどの遅れで声を追いかけられる人の存在が報告されています。
この記事では、シャドーイングの原点となった実験から、日本人大学生43人を対象に効果を検証したHamada(2016)の研究まで、論文をもとに「追いかけて声に出す」ことの正体と、その効果がどこまで及ぶのかをたどっていきます。
なぜ"聞いてすぐ声に出す"ことが研究対象になったのか
会話をしているとき、私たちは相手の文がすべて終わるのを待ってから意味を理解しているわけではありません。多くの場合、文の途中で次に来る言葉をある程度予測しながら聞いています。しかし、この「リアルタイムで言葉を処理する速さ」を、外から観察することは簡単ではありません。理解のプロセスは頭の中で起きていて、目には見えないからです。
そこで心理学者が考えたのが、聞いた音声をそのまま声に出させて、その"声を出すまでの遅れ"を測るという方法でした。遅れが短ければ短いほど、音を処理して声に出す準備をする速度が速いと考えられます。この実験手法こそが、シャドーイング(shadowing=影のように後をついていくこと)という名前の由来です。
実験:0.25秒だけ遅れて声を追いかけた人たち
この分野の出発点となったのが、心理学者ウィリアム・マースレン=ウィルソン(William Marslen-Wilson)が1973年に『Nature』誌に発表した実験です。参加者はヘッドフォンで文章の音声を聞きながら、聞こえた言葉をできるだけ速く声に出して繰り返す(shadowする)よう指示されました。
多くの参加者はある程度の遅れをおいて言葉を繰り返しましたが、一部の参加者は驚くほど短い遅れで声を出せることが分かりました。論文や後続の解説では、この「クローズシャドーイング(close shadowing)」と呼ばれる反応の遅れが、最短0.2〜0.25秒程度にまで短縮されていたと報告されています。これは、1つの単語を最後まで聞き終わるより前に、声を出し始めていた可能性があるほどの速さです。マースレン=ウィルソンは1985年の論文『Speech Communication』誌でもこの現象を発展させ、遅れの長さが文の予測可能性(次に来る言葉がどれだけ読めるか)と連動して変化することを示しています。
この実験手法を英語教育に持ち込み、学習法として体系化していったのが日本の研究者たちでした。玉井健氏らが1990年代に英語教育へ紹介したとされ、その後、門田修平氏が2007年の著書で、シャドーイングが音韻処理(音を音として認識し分類する処理)を鍛える効果について理論的な整理を行っています。
そして、学習法として実際に効果があるのかを教室で検証した研究のひとつが、秋田大学の濱田陽氏による一連の実験です。Hamada(2016, Language Teaching Research)では、日本人大学生43人を対象に、聴解力の事前テストで「下位群」と「中位群」に分けたうえで、教科書を使った9回のシャドーイング練習の前後で効果を測定しました。測定には、標準化された英語リスニングテストの一部(22問)と、20問の空所補充式ディクテーション(聞いた音声の一部を書き取る課題)が使われています。
結果:伸びたところと、伸びなかったところ
まずマースレン=ウィルソンの実験が示したのは、一部の人は文が終わる前から、次に来る言葉を予測しながら声を出し始めているということでした。声を出すタイミングが速すぎて、音を全部聞き終わってから理解しているとは考えにくい——つまり、話し言葉の理解は「聞き終わってから始まる」のではなく、聞いている最中にリアルタイムで進んでいることを示す有力な証拠になりました。
一方、Hamada(2016)の教室実験で分かったのは、もう少し複雑な結果でした。
- 音素知覚(発音の聞き分け)は、下位群・中位群の両方で改善が見られた
- 基礎レベルの聴解テストで有意な改善が見られたのは下位群のみだった
- 上級レベルの聴解テストでは、どちらの群でも統計的に有意な改善は確認されなかった
さらに、濱田氏の別の実験(Hamada, 2011, The Journal of Asia TEFL)では、「シャドーイングは簡単な教材でやるべき」という定説に反する結果も出ています。高校1年生44人にレベルの高い教科書を、高校3年生29人にオバマ大統領の演説音声という難しい教材を使わせたところ、どちらの実験でも聴解力の改善が報告されました。
つまり「シャドーイングをやれば、どんなリスニング力も伸びる」という単純な話ではなく、伸びやすいのは発音の聞き分けと、学習者にとって無理のないレベルの聴解力というのが、この実験が示した範囲だと言えます。
なぜこんなに速く声を追いかけられるのか
マースレン=ウィルソンの研究者たちが注目したのは、「聞く」と「声に出す」が、別々の作業ではなく一本の流れとして同時に進んでいるという考え方です。文が終わるのを待たずに声を出せるのは、脳が文脈や文法から「次に来る言葉」をある程度予測し、その予測に基づいて口を動かす準備を先に始めているから——と解釈されています。
たとえるなら、リレーのバトンパスに近いかもしれません。次の選手は、前の選手がバトンを完全に手渡すのを待ってから走り出すわけではなく、相手の速度やタイミングを先読みして、走りながらバトンを受け取ります。シャドーイングで起きているのも、音がすべて耳に届くのを待たず、流れの中で先読みしながら声に出していく処理だと考えられます。
門田氏が整理した理論では、この"待たずに処理し続ける"負荷こそが、音読や多読のような「自分のペースで止まれる」練習にはない、音韻処理(音を音として認識・分類する処理)を鍛える刺激になるとされています。文字を見ながら声に出す音読とは異なり、シャドーイングでは音声の速度に強制的に合わせ続けなければならず、"逃げ場のない"練習になるというわけです。
この話、こう使える
ここまでの研究をふまえると、シャドーイングを英語学習に取り入れるときのヒントが2つ見えてきます。
注意点:この研究の限界
シャドーイングを過大評価しないために、研究の外側まで結論を広げないよう、いくつか正直に書いておきます。
- サンプル数が小さい。 Hamada(2016)は日本人大学生43人、2011年の実験も高校生44人・29人を対象にしたもので、どちらも1つの国・1つの学習環境に限られた結果です。マースレン=ウィルソンの原点の実験も、参加者は決して多くありません。
- 「シャドーイング」に統一された手順はない。 どのくらいの頻度で、どれくらいの期間行うべきかについて、研究者の間でも標準化された方法が定まっていないと指摘されています。この記事で紹介した実験も、練習回数や教材が実験ごとに異なります。
- 相関と因果を区別する必要がある。 「シャドーイングを続けている人のリスニング力が高い」という観察と、「シャドーイングがリスニング力を向上させた」という主張は本来別物です。ここで紹介した研究は、事前・事後テストを比較する実験デザインによって、できる限り因果関係に近づけようとしたものですが、それでも教室外での自主学習量など、完全には制御できない要因が残ります。
- 日本における英語教育への導入の経緯については、複数の解説記事が1990年代の紹介を伝えていますが、当時の一次資料までは確認できていません。学習法としての体系化が進んだのは2000年代以降という点は、複数の研究で共通して述べられています。
よくある質問
今日の3行まとめ
教室実験で確かめられた効果は発音の聞き分けと基礎的な聴解力が中心で、上級レベルの聴解を一気に伸ばす魔法ではありません。「聞き取れない部分が残るくらいの負荷」をかけながら、他の学習と組み合わせるのが現実的な使い方です。
シャドーイングの具体的なやり方や、聞き取れない原因の見つけ方はシャドーイングとリスニングのガイドでまとめています。発音そのものを見直したい人は発音矯正・7つの音も参考にしてください。
シャドーイングを始める前に、今の自分の実力を知っておくと教材選びの負荷調整がしやすくなります。無料の診断で今のレベルを確認してみましょう。
語彙力テスト(CEFR判定)をやってみる →参考文献
- Marslen-Wilson, W. (1973). Linguistic Structure and Speech Shadowing at Very Short Latencies. Nature, 244, 522–523. 論文を見る
- Marslen-Wilson, W. (1985). Speech Shadowing and Speech Comprehension. Speech Communication, 4(1-3), 55–73.
- Hamada, Y. (2011). Improvement of Listening Comprehension Skills through Shadowing with Difficult Materials. The Journal of Asia TEFL, 8(1), 139–162.
- Hamada, Y. (2016). Shadowing: Who benefits and how? Uncovering a booming EFL teaching technique for listening comprehension. Language Teaching Research, 20(1), 35–52. 論文を見る
- Hamada, Y. (2018). Shadowing: What Is It? How to Use It. Where Will It Go?. RELC Journal, 49(2), 1–16. 論文を見る