もしこの記事を、今日もう長い時間起きたままの状態で読んでいるとしたら——あなたの今の判断力は、法律で定められた飲酒運転の基準を超えているかもしれません。
睡眠研究の分野では、「起き続けている時間」と「判断力の低下」の関係が、意外なほど具体的な数値で調べられてきました。今回紹介するのは、寝不足の判断力の落ち幅を飲酒と比較した研究と、慢性的な寝不足が本人の自覚をすり抜けて蓄積していく様子を追跡した研究です。
結論を先に言うと、「自分はまだ大丈夫」という感覚そのものが、寝不足によっていちばん最初に壊れる能力のひとつらしいのです。夜、この記事を読んでいるあなた自身の判断力についても、少し考えながら読み進めてみてください。
なぜ寝不足だと判断力が落ちるのか
「眠い」と「頭が働かない」はセットで語られがちですが、両者は本来べつの現象です。眠気は「今すぐ眠りたい」という欲求の強さを表すのに対し、判断力の低下は意思決定・リスク評価・衝動のコントロールといった、脳の実務能力そのものの低下を指します。
厄介なのは、この2つが必ずしも同じペースで動かないという点です。眠気は「今夜はもう限界」というかたちで比較的わかりやすく自覚できる一方、判断力の低下は本人にあまり自覚されないまま進むことがある——そう疑われる根拠を、研究者たちは実験で確かめてきました。
さらに、睡眠不足の影響を調べる研究では、もうひとつ興味深い切り口があります。「どれくらい起きていると、どれくらいお酒に酔った状態に相当するのか」を、反応速度や作業成績のテストで直接比較する、という方法です。
実験:飲酒と徹夜を同じ物差しで測る
オーストラリアの研究者Drew Dawsonと Kathryn Reidは1997年、『Nature』誌に発表した研究で、被験者に最長28時間ほど起き続けてもらい、その間の反応速度や作業成績を一定間隔で測定しました。同じ被験者に別の日、段階的に量を増やしたお酒を飲んでもらい、血中アルコール濃度(BAC)を測りながら同じテストを受けてもらう、という比較実験もあわせて行っています。
この研究をさらに広げたのが、オーストラリアの研究機関でDrew Dawsonと共同研究者だったAnn Williamsonと、Anne-Marie Feyerが2000年に『Occupational and Environmental Medicine』誌に発表した実験です。39名の被験者を対象に、最長28時間の断眠中と、飲酒後(BACでおよそ0.10%相当まで)の両方で、反応速度・追跡課題・注意力テストを実施し、成績の落ち幅を直接比較しました。
もうひとつ紹介したいのが、ペンシルベニア大学のHans P. A. Van Dongenらが2003年に『Sleep』誌で発表した実験です。健康な成人を、1日の睡眠時間を4時間・6時間・8時間のいずれかに制限するグループに分け、これを14日間連続で続けてもらいました。別に設けたグループには、3晩まるまる眠らない完全断眠も課しています。期間中は毎日、反応速度テスト(PVT=注意力の持続を測る簡易テスト)と、本人による眠気の自己評価の両方を記録しました。
結果:17時間起きただけで、その基準に達していた
Dawson&Reid(1997)の研究では、覚醒10〜26時間の範囲では、1時間長く起きているごとに、BAC約0.004%上昇したときとほぼ同じだけ成績が落ちるという関係が報告されました。この関係にもとづいて示された目安が、次の3点です。
| 連続して起きていた時間 | 成績の落ち幅が相当するBAC | 多くの国での目安 |
|---|---|---|
| 17時間 | 約0.05% | 多くの国の酒気帯び基準に近い水準 |
| 22時間 | 約0.08% | 欧米で広く採用される酒気帯び上限 |
| 24時間 | 約0.10% | 明確な酒酔い運転の水準 |
Williamson&Feyer(2000)の追試でも、17〜19時間起き続けた時点で、一部のテストの成績がBAC0.05%のときと同等かそれ以下になり、テストの種類によっては反応速度が最大で約50%遅くなったと報告されています。「今日は少し寝不足なだけ」と思っている時間帯が、すでに酒気帯びの領域に片足を突っ込んでいる可能性がある、ということです。
そしてVan Dongenら(2003)の実験では、もっと静かで、もっと見過ごしやすい結果が出ています。1日6時間睡眠を14日間続けたグループの反応速度テストの成績は、日を追うごとに下がり続け、実験終盤には2晩連続で完全に徹夜した人たちに匹敵するところまで落ちていました。4時間睡眠のグループでは、さらに早いペースで同じ水準に達しています。
ところが本人による眠気の自己評価は、まったく違う動き方をしていました。眠気の申告スコアは、制限が始まって数日でほぼ頭打ちになり、その後はさほど強くならなかったのです。研究チームは、被験者が自分の認知機能の低下にほとんど気づいていなかったと結論づけています。
なぜこんなことが起きるのか
睡眠不足が判断力を蝕む仕組みそのものは、今も研究が続いている領域です。ただし、有力な説明として繰り返し指摘されているのが前頭前野(ぜんとうぜんや=計画・抑制・リスク評価などを担う脳の司令塔にあたる部位)の働きの低下です。アリゾナ大学のWilliam D. S. Killgoreは2010年、『Progress in Brain Research』誌に発表したレビュー論文の中で、睡眠不足が前頭前野の機能を損ない、衝動の抑制やリスク評価、感情のコントロールを難しくすると整理しています。
たとえるなら、前頭前野は「今それをやったら後でどうなるか」を先読みして、ブレーキを踏む係です。寝不足になると、このブレーキ係が居眠りを始める。アクセル役の衝動的な部分はそこまで弱まらないので、結果として「先のことより、今の楽な方を選びやすい」状態になります。
もうひとつのポイントが、先ほどの「自己評価は頭打ちになる」という結果です。判断力そのものを評価しているのも、他ならぬ寝不足になった脳です。ブレーキ係が弱っているときに「自分のブレーキは効いているか」を判定させても、正確な答えは返ってきにくい。酔っている本人ほど「自分はしっかりしている」と思いがちなのと、構造がよく似ています。
この話、こう使える
研究の中身を知っても、日常でどう活かすかまで落とし込めないと意味がありません。使えそうな形にすると、次のようになります。
注意点:この研究の限界
ここまで読むと「寝不足=酩酊と同じ」と言い切りたくなりますが、それは行き過ぎです。研究の外側まで結論を伸ばさないために、正直に書いておきます。
- いずれも実験室での短期〜中期の研究。 Dawson&Reidらの断眠実験は最長でも数十時間の範囲、Van Dongenらの制限実験も14日間です。1年単位の慢性的な寝不足や、加齢による影響までは扱っていません。
- 個人差が大きい。 同じ睡眠制限でも影響を受けやすい人と受けにくい人がいることが、複数の研究で指摘されています。「自分は平気」と思っている人ほど、実際には影響を受けやすいグループに入っている可能性も否定できません。
- 被験者は健康な成人が中心。 持病がある人、交代勤務者、高齢者など、条件が異なる集団でどこまで同じ結果になるかは、別途の検証が必要です。
- 健康・医療上の助言ではありません。 睡眠に関する強い不調や、日常生活に支障が出るほどの眠気が続く場合は、自己判断に頼らず医療機関に相談することが推奨されます。
要するに、これらの研究が示しているのは「寝不足を甘く見積もる根拠にはならない」という警告であって、「寝不足の人はみな酔っ払いと同じ状態だ」という断定ではありません。数字が独り歩きしないよう、その線引きは意識しておきたいところです。
よくある質問
今日の3行まとめ
毎日6時間睡眠を2週間続けるだけでも、徹夜数日分に相当する低下が静かに積み重なります。
そして厄介なのは、その低下を「自分は大丈夫」という感覚だけでは見抜けないことです。
今夜どうしても頭を使う作業が残っているなら、判断そのものを疑ってみる価値があります。逆に、記憶や学習と睡眠の関係が気になった人は、睡眠と記憶の定着に関する研究もあわせてどうぞ。
参考文献
- Dawson, D., & Reid, K. (1997). Fatigue, alcohol and performance impairment. Nature, 388(6639), 235. 論文を見る
- Williamson, A. M., & Feyer, A. M. (2000). Moderate sleep deprivation produces impairments in cognitive and motor performance equivalent to legally prescribed levels of alcohol intoxication. Occupational and Environmental Medicine, 57(10), 649–655. 論文を見る
- Van Dongen, H. P. A., Maislin, G., Mullington, J. M., & Dinges, D. F. (2003). The cumulative cost of additional wakefulness: Dose-response effects on neurobehavioral functions and sleep physiology from chronic sleep restriction and total sleep deprivation. Sleep, 26(2), 117–126. 論文を見る
- Killgore, W. D. S. (2010). Effects of sleep deprivation on cognition. Progress in Brain Research, 185, 105–129.