方位磁針のN極が指す先は、未来永劫ずっと北だと思っていないでしょうか。実は地球の歴史を見渡すと、N極とS極はこれまでに何度も入れ替わってきました。そして、その「最後の大逆転」が起きた瞬間を、世界で最も精密に記録した地層が、ほかでもない日本の千葉県にあります。
千葉県市原市の養老川沿いにある崖「千葉セクション」。ここには、約77万年前に地球の磁場が丸ごとひっくり返った痕跡が、地層の中にそのまま刻まれています。その精度の高さが評価され、2020年に国際地質科学連合(IUGS)はこの地層を地質時代の基準地点として正式に認定しました。日本の地名が地質時代の名前に使われたのは、これが史上初めてのことです。
国立極地研究所の菅沼悠介氏や茨城大学の岡田誠氏らの研究チームが発表してきた複数の論文をもとに、地球の磁場がどれくらいの時間をかけて、どれくらい弱まりながら逆転したのかを見ていきましょう。
なぜ地球の磁場は逆転するのか
地球が巨大な磁石のようにふるまうのは、中心にある核(コア)、とくに液体状の金属でできた外核(がいかく=地球の中心部にある、どろどろに溶けた鉄やニッケルの層)が、ゆっくりと対流しているからだと考えられています。この対流がダイナモ(発電機)のように働き、地球規模の磁場をつくり出している、という考え方をダイナモ理論と呼びます。
ただし、この対流は常に一定というわけではありません。外核の中の流れが乱れると、磁場の向きや強さも揺らぎます。そして地球の歴史の中では、ごく稀に、この揺らぎが磁場の向きそのものを完全にひっくり返してしまうことがありました。これが地磁気逆転です。直近に起きた本格的な逆転は、約77万年前の「松山-ブリュン逆転」と呼ばれる出来事で、ちょうど千葉セクションの地層に記録されているのがこれです。
地層がこの逆転を記録できる理由はシンプルです。海底に泥や砂が積もるとき、含まれている微小な磁性鉱物が、そのときどきの地球の磁場の向きに合わせて並びます。泥が固まって岩になれば、その向きはそのまま保存される。いわば地層そのものが、大昔の方位磁針というわけです。
調査:地層を1枚ずつ読み、火山灰で年代を測る
千葉セクションはもともと海底に積もった地層で、その後の地殻変動で陸地になり、養老川が削った崖として地表に現れました。研究チームはこの崖から連続した地層サンプルを一枚ずつ採取し、含まれる磁性鉱物の向きを測定することで、当時の地磁気の方位と強さを復元していきました。
- 地層に含まれる磁性鉱物の向きを測ることで、当時の地磁気の方位を復元する
- 磁性鉱物の量や特性から、当時の地磁気の相対的な強さ(相対古地磁気強度)を推定する
- 地層中に挟まった火山灰層に含まれるジルコン(鉱物の一種)を、ウランと鉛の壊れる速さを使って年代測定する
- ベリリウム10(10Be)という、宇宙線が大気中でつくる放射性の原子の量を測ることで、年代と地磁気の強さの変化を別の角度からも確かめる
岡田誠氏らが2017年に発表した研究では、この千葉セクションの地層から、逆転の前後を含む非常に高解像度の古地磁気記録が得られたと報告されています。さらに菅沼悠介氏らは2015年、境界付近の火山灰層(Byk-Eという名前がついています)に含まれるジルコンのウラン-鉛年代を測定し、約77万2700年前(誤差7200年)という値を得ました。これが、逆転の年代を決める大きな手がかりになっています。
結果:逆転には少なくとも2万年かかっていた
菅沼悠介氏・岡田誠氏らが2020年に発表した論文では、これらのデータを統合し、逆転の全過程を初めて一本のストーリーとして描き出したと報告されています。そこで示された流れは、次のようなものでした。
まず、実際に方位がひっくり返るよりも1万年以上前から、地磁気の向きと強さがすでに不安定になり始めていました。そして約77万2900年前、ついに方位が完全に反転します。しかしそこで話は終わりません。反転後もしばらく磁場は不安定な状態が続き、約76万3000年前にようやく収束して、新しい向きで安定したと報告されています。不安定化の始まりから収束まで、全体では少なくとも2万年以上がかかっていたことになります。地質学的には一瞬のようでも、人間の歴史(文字が生まれてからまだ1万年ほど)よりもずっと長い時間です。
そしてもう一つ興味深い結果があります。磁場の強さは、不安定な時期にいったん大きく落ち込んだあと、収束したあとには逆転前よりもむしろ強くなったと報告されています。磁場という「バリア」は、逆転のたびに一度薄くなり、そのあとまた厚みを取り戻す——そんなサイクルを繰り返してきたことになります。
なぜ日本の地名が、地質時代の名前になったのか
地質時代の境界というのは「ここからここまでが○○時代」と誰かが決めれば済む話ではありません。世界中の研究者が、同じ境界を同じ精度で確認できる基準地点(GSSP=国際標準模式地)が必要になります。
千葉セクションが選ばれた理由は、単に「古い地層がある」からではありません。連続して、しかも高い解像度で、地磁気の方位・強さ・年代という3つの情報がすべて読み取れる地層が、世界でもほとんど例がなかったからです。たとえるなら、同じ出来事を記録した日記が世界中にあるとして、ほとんどはページが虫食いでところどころ読めない。千葉セクションは、ほぼ毎日欠かさず、しかも丁寧な字で書かれた日記だった、というイメージです。
2017年の申請から3段階の国際審査を経て、2020年1月17日、国際地質科学連合(IUGS)の理事会がこれを正式に承認しました。約77万4000年前から約12万9000年前までの地質時代は、こうして「チバニアン(Chibanian=千葉時代)」と名付けられました。日本の地名が地質時代名として採用された、史上初めての例です。
この話、こう使える
「77万年前の話なんて自分には関係ない」と思うかもしれませんが、実はいま進行中の変化とも地続きです。地球の磁場は19世紀半ば以降、1世紀あたりおおむね5〜7%の割合で弱まり続けていると報告されています。南米からアフリカ南部にかけての上空では「南大西洋異常帯」と呼ばれる磁場の弱い領域が広がっていることも知られており、人工衛星の運用などに注意を払う材料になっています。
ここで千葉セクションの研究が教えてくれるのは、「弱まっている」という事実だけでは、何が起きるかの結論は出せないということです。本格的な逆転が起きるとしても、不安定化から収束まで少なくとも2万年という、人間の感覚からすればとても長い時間をかけて進みます。目先の変化に慌てず、長いスケールで物事を見る視点は、科学ニュースを読むときにも役立つ考え方です。
そしてもうひとつ。今回のような「へぇ、そうだったのか」という話は、知っているだけでは終わりません。誰かに話してみることで初めて自分の記憶にも定着します。こうした雑学・トリビアのストックを増やしたい人は、英語の雑学・豆知識のコーナーも覗いてみてください。
注意点:この研究の限界
- 年代測定にはいずれも誤差がある。 ウラン-鉛年代測定も、火山灰や地層の年代推定も、数千年単位の誤差を含みます。本文中の年代はすべて「約」の値として読んでください。
- 詳しく調べられた場所は、基本的に千葉セクション(と一部の比較対象)に限られる。 地球全体でまったく同じ年代・同じ経過をたどったとは限らず、地域による違いが議論の対象になっています。
- 逆転中の生物への影響は、今回紹介した研究の主題ではない。 地磁気が弱まった時期に生物の絶滅や環境変化があったかどうかは、別の年代・別の事変(前述のラシャン事変など)で議論されているテーマであり、77万年前の逆転そのものに大きな環境危機を結びつける強い証拠は、今回紹介した論文群では示されていません。
よくある質問
今日の3行まとめ
この精度の高さが評価され、2020年に地質時代の名前として「チバニアン」が正式に採用されました。日本の地名が使われたのは史上初めてのことです。
参考文献
- Suganuma, Y., et al. (2015). Age of Matuyama–Brunhes boundary constrained by U–Pb zircon dating of a widespread tephra. Geology, 43(6), 491–494. 論文を見る
- Okada, M., Suganuma, Y., Haneda, Y., & Kazaoka, O. (2017). Paleomagnetic direction and paleointensity variations during the Matuyama–Brunhes polarity transition from a marine succession in the Chiba composite section of the Boso Peninsula, central Japan. Earth, Planets and Space, 69, 45. 論文を見る
- Simon, Q., Suganuma, Y., Okada, M., Haneda, Y., & ASTER Team (2019). High-resolution 10Be and paleomagnetic recording of the last polarity reversal in the Chiba composite section: Age and dynamics of the Matuyama–Brunhes transition. Earth and Planetary Science Letters, 519, 92–100. 論文を見る
- Haneda, Y., Okada, M., Suganuma, Y., & Kitamura, T. (2020). A full sequence of the Matuyama–Brunhes geomagnetic reversal in the Chiba composite section, Central Japan. Progress in Earth and Planetary Science, 7, 44. 論文を見る
- 国立極地研究所・茨城大学ほか共同研究グループ (2020). 「チバニアン」の正式決定について(国際地質科学連合によるGSSP認定). 関連記事を見る