2枚の女性の顔写真を見せられ、「どちらが魅力的か」を選ぶ。実験者に手渡してもらったカードは、手品のようにこっそりすり替えられ、実は自分が選ばなかったほうの顔だった——それでも参加者の多くはすり替えに気づかず、目の前の(選んでもいない)写真について「なぜこの顔が好きか」を堂々と語り出しました。
これは「選択盲(choice blindness)」と呼ばれる現象です。スウェーデン・ルンド大学のPetter JohanssonとLars Hallらの研究チームが2005年に『Science』誌で報告し、その後、味覚・嗅覚・道徳的な意見・政治的な立場にまで対象を広げて検証が重ねられてきました。
「自分がなぜそれを選んだか」を、私たちは実はどこまで正確に把握できているのか。4本の論文をもとに、この少し不安になる心理学の話を紹介します。
なぜ人は自分の選択の"中身"に気づけないのか
心理学にはもともと「変化盲(change blindness)」という現象が知られていました。目の前の写真の一部が徐々に、あるいは瞬間的に切り替わっているのに、注意が向いていない部分の変化には気づけないという現象です。信号待ちで話しかけてきた人が、途中でこっそり別人にすり替わっても気づかない——という有名な実験も、この仲間です。
Johanssonらが考えたのは、「これは外の世界の変化に気づけないという話だが、では自分の"心の中"、つまり自分が下した選択の中身がすり替えられたときはどうなるのか」という問いでした。写真を見て「こっちが好き」と判断するのは、紛れもなく自分自身の内側で起きた出来事です。それすらもすり替えに気づけないとしたら、私たちが自分の好みや意見について語ることの信頼性そのものが揺らぎます。
実験:トランプの手品で「選んだ理由」をすり替える
2005年の実験では、120名の参加者に、2枚1組の女性の顔写真を次々と見せ、どちらがより魅力的かをカードで選んでもらいました。参加者は選んだカードを裏返しのまま実験者に返し、実験者はそのカードを一度手元に集めてから、選ばれたほうの写真を参加者に手渡し、「なぜその顔を選んだのか」を説明してもらいます。
ここにトランプの手品で使われるすり替え(スライト・オブ・ハンド)の技術が仕込まれていました。15回の試行のうち一部で、実験者は集めたカードを操作し、参加者が選ばなかったほうの写真を"選んだ写真"として手渡していたのです。参加者からすれば、数秒前に自分が選んだはずの顔とは似ても似つかない別人の顔が、目の前に置かれることになります。
結果:見抜けた人は1割程度、残りは理由を語り出した
結果は研究チームの予想を超えるものでした。すり替えられた試行のうち、参加者が変化に気づけたのは全体でおよそ13%にとどまったと報告されています。残りの多くの参加者は、目の前にある(自分が選んでいない)写真について、表情や雰囲気などを挙げながら、なぜその顔を魅力的だと感じたのかを説明し続けました。
この現象は、顔の好みという実験室的な場面に限りませんでした。2010年、同じ研究チームはスーパーマーケットの店頭に試食コーナーを設け、買い物客にジャムの味や紅茶の香りを比べてもらう実地実験を行いました。好きなほうを選んでもらったあと、容器の中身をこっそり入れ替えて再び味見・確認をしてもらうと、すり替えが見抜かれたのは全体の3分の1以下だったと報告されています。シナモンアップルと苦みの強いグレープフルーツのように、味の系統がかなり違う組み合わせでも、見抜けたのは半数以下でした。
2012年には、対象がさらに抽象的な「道徳的な意見」にまで広がります。倫理的な原則や社会的に議論のある問題について賛否を答えてもらう紙のアンケートを使い、しかけのある用紙で回答をこっそり反転させる実験です。参加者の69%が、2回のうち少なくとも1回は自分の回答が逆になっていることに気づかなかったと報告されており、多くの参加者はそのまま、本来の自分の立場とは正反対の意見を支持する理由を語りました。
そして2013年、スウェーデンの総選挙を舞台にした実験では、政治的な意見調査そのものが使われました。左派連合と右派連合が接戦だった選挙戦のさなか、争点となっていた政策への賛否をたずね、回答用紙を左右逆の立場に書き換えて本人に見せたのです。
| 研究(発表年) | すり替えた対象 | 見抜けた割合 |
|---|---|---|
| 顔の好み | 選んだ顔写真 | 約13% |
| ジャムと紅茶 | 試食・試香の中身 | 3分の1以下 |
| 政治的な意見 | アンケートの回答 | 最大22% |
政治的な意見の実験でとりわけ目を引くのは、その後の反応です。92%の参加者が、書き換えられた自分の回答をそのまま受け入れて議論したうえに、48%(誤差±9.2%)が「左右の連合が入れ替わる政治的な妥協も考えられる」と答えました。同じ時期の実際の世論調査でこうした立場の揺らぎを見せていた有権者は、多くても1割程度だったと報告されています。実験の中でのやり取りが、本物の世論調査よりもはるかに大きな"揺れ"を作り出していたことになります。
なぜこんなことが起きるのか
研究チームが注目しているのは、「選択」と「その選択について語ること」が、脳の中では別々のプロセスかもしれないという点です。
ひとつの見方はこうです。私たちが何かを選ぶとき、脳は選んだ結果そのものを逐一チェックし続けているわけではありません。選択が下されたあと、目の前にあるものと「自分が選んだはずのもの」を照合する仕組みは、実はそれほど厳密ではない。多少の食い違いがあっても、大きな違和感がなければすり抜けてしまいます。
そしてもう一つ、より根が深いのが「理由づけ」の仕組みです。1977年に発表されたNisbett&Wilsonの古典的な論文は、人は自分の判断の裏にある本当のプロセスを直接のぞき見ているわけではなく、「もっともらしい理由」を後から組み立てて語っている場合があることを指摘しました。選択盲の実験は、この"組み立て"が実際に起きている瞬間を、すり替えという形で可視化したものだと言えます。渡された写真が誰であっても、私たちの脳は驚くほど滑らかに、それらしい理由を生成してしまうのです。
この話、こう使える
選択盲は「人はだまされやすい」という話ではなく、「自分自身の内側で何が起きているかを、私たちは思うほど正確に把握していない」という話です。日常に落とし込むなら、次のような使い方ができます。
注意点:この研究の限界
- 実験室・地域による偏り。 中心となった研究の多くはスウェーデンで行われており、参加者は大学生や地域の買い物客が中心でした。文化や年齢層が異なれば結果が変わる可能性があります。
- 短時間の選択が対象。 顔の好みや試食のような、その場で数秒のうちに下す軽い判断についての実験です。住居や仕事、結婚といった熟考を重ねた人生の大きな決断にも同じ強さで当てはまるかは、この実験だけでは分かりません。
- 「気づかなかった=まったく違和感がなかった」とは限らない。 一部の参加者は説明の途中で言いよどんだり、選び直したいと申し出たりしており、検出とまでは言えない"微妙な反応"も報告されています。
- 倫理的な配慮のもとで行われた実験である。 いずれの研究も参加者にはあらかじめ実験全体への同意を得たうえで、終了後にすり替えの種明かし(デブリーフィング)を行っています。
よくある質問
今日の3行まとめ
味・意見・政治的な立場でも同じ現象が確認されており、「なぜそう思うか」の答えは、後から作られている場合があります。とっさの理由づけほど、一呼吸おいて疑ってみる価値があります。
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- Johansson, P., Hall, L., Sikström, S., & Olsson, A. (2005). Failure to Detect Mismatches Between Intention and Outcome in a Simple Decision Task. Science, 310(5745), 116–119. 論文を見る
- Hall, L., Johansson, P., Tärning, B., Sikström, S., & Deutgen, T. (2010). Magic at the marketplace: Choice blindness for the taste of jam and the smell of tea. Cognition, 117(1), 54–61. 論文を見る
- Hall, L., Johansson, P., & Strandberg, T. (2012). Lifting the Veil of Morality: Choice Blindness and Attitude Reversals on a Self-Transforming Survey. PLOS ONE, 7(9), e45457. 論文を見る
- Hall, L., Strandberg, T., Pärnamets, P., Lind, A., Tärning, B., & Johansson, P. (2013). How the Polls Can Be Both Spot On and Dead Wrong: Using Choice Blindness to Shift Political Attitudes and Voter Intentions. PLOS ONE, 8(4), e60554. 論文を見る
- Nisbett, R. E., & Wilson, T. D. (1977). Telling more than we can know: Verbal reports on mental processes. Psychological Review, 84(3), 231–259.