外国語の習得には、パスポートのような"有効期限"があるのでしょうか。数分で終わる無料の文法クイズがSNSで一時期バズり、そこに答えた人たちのデータが、誰もが一度は気になるこの問いに、思わぬ形で迫っていました。
2018年、MITなどの研究チームが『Cognition』誌に発表した論文は、拡散した英語クイズ"Which English?"の回答者669,498人分のデータを分析し、外国語の文法を直感的に身につける力は17歳前後まではほとんど衰えず、そこから年齢とともになだらかに低下していくと報告しました。1989年に発表された移民を対象にした先駆的な研究や、この結論そのものを検証し直した2022年の再分析まで、"言語には学べる年齢の締め切りがあるのか"という30年来の論争を、論文をもとにたどっていきます。
なぜ「学べる年齢に限りがある」と考えられてきたのか
この発想の土台にあるのが、神経学者Eric Lennebergが1967年に提唱した「臨界期仮説(critical period hypothesis)」です。生き物の中には、ある限られた時期を逃すと、その後どれだけ努力してもうまく身につかない能力があります。よく引き合いに出されるのが鳥のさえずりで、一部の鳥は雛の時期に周囲の歌を聞いて学習しないと、成長後にどれだけ練習しても正しいさえずり方を習得できないことが知られています。
Lennebergは、人間が母語を身につける力にも同じような時期があるのではないかと考えました。この発想を、母語ではなく大人になってから学ぶ外国語(第二言語)にまで広げられるのか。それが、その後半世紀にわたって言語学者たちを悩ませてきた問いです。「大人は本気を出せば何歳からでも母語話者並みになれるのか、それとも子どもにしかない特別な学習回路があるのか」——この記事で見ていくのは、その問いに真っ向から挑んだ研究の系譜です。
実験:規模も方法もまったく違う2つの研究
この分野を語るうえで欠かせないのが、1989年にJacqueline S. JohnsonとElissa L. Newportが『Cognitive Psychology』誌に発表した研究です。対象は、3歳から39歳までの間にアメリカへ渡った、中国語または韓国語を母語とする46名。渡米してから数年以上が経過した参加者に、音声で読み上げられた英語の文が文法的に正しいかどうかを判断してもらう文法性判断テストを実施しました。
それから約30年後、Joshua K. Hartshorne、Joshua B. Tenenbaum、Steven Pinkerの3人は、まったく違うアプローチをとりました。彼らが用意したのは、Facebookで拡散するように設計されたオンラインの無料クイズ"Which English?"。母語や英語を学び始めた年齢、居住してきた国などを答えたうえで文法問題に取り組む形式で、たった1つの週末で数十万人規模の回答が集まったと報告されています。最終的な分析対象は669,498人、そのうち約23万人が英語を第二言語として学んだ人たちでした。集まった巨大なデータに対して、現在の年齢・学習を始めた年齢・学習してきた年数を切り分けて推定する統計モデルを当てはめ、"学習能力そのもの"の年齢による変化を割り出そうとしたのです。
結果:17歳前後を境に、学習能力がなだらかに落ちていた
Johnson & Newportの結果は明快でした。渡米年齢が上がるほど文法テストの成績が下がるという関係は、思春期あたりまでは強く見られましたが、それ以降の年齢層では渡米年齢と成績の間に目立った相関が見られなくなりました。渡米が遅かった参加者ほど成績のばらつきも大きく、母語話者に近い水準に達した人は少なかったと報告されています。
Hartshorneらの巨大データでも、方向性は同じでした。文法を学ぶ力そのものは17歳前後まではほぼ一定に保たれ、その後は年齢とともに直線的に低下していくという推定結果が示されたのです。さらに、没入環境(その言語が話されている国で生活しながら学ぶ状況)で学んだ場合、10〜12歳頃までに学習を始めていればネイティブ相当の成績に達しやすいとも報告されています。
ここで大事なのは、グラフの形が「17歳の誕生日を境に崖から転げ落ちる」ような急降下ではないという点です。両方の研究とも、低下は緩やかで、しかも渡米・学習開始が遅かったグループの中には、成績にかなりの個人差がありました。「大人になってから学び始めた人は、みんな同じように苦戦する」という単純な話ではなかったのです。
なぜこうなるのか:大人と子どもは、違う道具を使っている
では、渡米が遅かった人たちの中で成績が良かった一部の人と、そうでなかった人を分けていたものは何だったのでしょうか。ここに答えようとしたのが、Robert M. DeKeyserが2000年に発表した研究です。
DeKeyserは、成人してからアメリカに移住したハンガリー語母語話者57名を対象に、英語の文法性判断テストと、ハンガリー語で行う言語適性テスト(analytical aptitude test=規則を分析的に見抜く力を測るテスト)の両方を受けてもらいました。子どもの頃に渡米したグループでは、適性テストの成績と英文法テストの成績はほとんど関係がありませんでした(相関係数r=0.07)。ところが大人になってから渡米したグループでは、適性が高い人ほど英文法の成績も良いという、無視できない相関(r=0.33)が見られたのです。しかも、大人でありながら子どもの成績範囲に入るほどの好成績を出した数少ない参加者は、そろって適性テストの点数が高かったと報告されています。
これは、Robert Bley-Vromanが提唱した「根本的差異仮説(Fundamental Difference Hypothesis)」という考え方と符合します。子どもは言語専用の暗黙的な学習回路をフル稼働させて、文法を「気づいたら使えるようになっていた」という形で身につける。ところがその回路が使いにくくなった大人は、パズルを解くように規則を意識的に分析し、当てはめていくという、別の道具で穴埋めをしている——という見方です。自転車の補助輪にたとえるなら、子どもは補助輪なしでもいつの間にかバランスを覚えてしまうのに対し、大人は「ペダルを踏む力とハンドルの角度の関係」を頭で理解しながら乗り方を組み立てていく、というイメージに近いかもしれません。
この話、こう使える
「大人だから遅い」で終わらせず、この研究から引き出せる実践的なヒントは何でしょうか。
- 感覚だけに頼らず、規則として整理する。 適性が成績を左右するのが大人の特徴だとすれば、文法を「なんとなく」ではなく言語化して理解することは、大人にとって理にかなった学習法です。やり直し英文法のように、規則を一つずつ確認していく学び方は、この意味で"大人の武器"を活かすアプローチだといえます。
- 発音は特に意識的な訓練が効きやすい領域。 音の聞き分け・発音は年齢の影響を受けやすいとされる領域ですが、フィードバックを伴う意識的な訓練で改善するという報告も蓄積されています。発音矯正・7つの音で、自分の弱点を具体的に把握するところから始めるのも一つの手です。
- 「ネイティブ並み」をゴールにしない。 研究が測っているのは、あくまで母語話者と区別がつかないレベルに到達できるかという、かなりハードルの高い基準です。仕事で使う・旅行で困らない・友人と雑談できるといった実用的なゴールは、年齢に関係なく十分に届く範囲にあります。独学ロードマップのような、現実的な目標から逆算した学習計画のほうが挫折しにくいでしょう。
注意点:この研究の限界
ここまでの内容を「17歳を過ぎたら英語はもう無理」と読むのは、研究が示した範囲を超えた解釈です。正直に、限界も書いておきます。
- 相関関係であって、実験的に年齢を操作したわけではない。 どちらの研究も、渡米・学習開始の年齢と成績の関係を観察したものです。年齢そのものが原因なのか、年齢とともに変わる生活環境・学習量・動機づけなどが影響しているのかを、完全に切り分けることはできません。
- Hartshorneらのデータは、自ら進んでクイズに答えた人たちに偏っている可能性がある。 インターネットで拡散したクイズに答えるのは、英語や言語に関心の高い層に偏りやすく、一般の学習者すべてに当てはまるとは限りません。
- 測っているのは主に文法の直感で、会話力全体ではない。 語彙力・聞き取り・会話の流暢さなど、外国語運用能力の他の側面については、同じ年齢パターンが当てはまるとは限らないと指摘されています。
- 被験者数の少ない初期研究の一般化には慎重さが必要。 Johnson & Newportの46名は特定の母語(中国語・韓国語)を話す集団であり、他の言語背景の学習者にそのまま当てはまるとは限りません。
よくある質問
今日の3行まとめ
ただし単一の"締め切り"があるという主張には異論もあり、低下は崖ではなく坂道です。
大人には、規則を分析的に理解するという子どもにはない武器があります。
「何歳からでも学び方はある」を前提に、自分の学習計画を立て直したい人は英会話の独学ロードマップも参考にしてみてください。
参考文献
- Johnson, J. S., & Newport, E. L. (1989). Critical period effects in second language learning: The influence of maturational state on the acquisition of English as a second language. Cognitive Psychology, 21(1), 60–99. 論文を見る
- Hartshorne, J. K., Tenenbaum, J. B., & Pinker, S. (2018). A critical period for second language acquisition: Evidence from 2/3 million English speakers. Cognition, 177, 263–277. 論文を見る
- DeKeyser, R. M. (2000). The robustness of critical period effects in second language acquisition. Studies in Second Language Acquisition, 22(4), 499–533. 論文を見る
- Slik, F. van der, Schepens, J. J., Bongaerts, T., & van Hout, R. (2022). Critical Period Claim Revisited: Reanalysis of Hartshorne, Tenenbaum, and Pinker (2018) Suggests Steady Decline and Learner‐Type Differences. Language Learning. 論文を見る
- Vanhove, J. (2013). The critical period hypothesis in second language acquisition: A statistical critique and a reanalysis. PLOS ONE. 論文を見る
- Bley-Vroman, R. (1988). The fundamental character of foreign language learning. In W. Rutherford & M. Sharwood Smith (Eds.), Grammar and Second Language Teaching.