「鳥頭(とりあたま)」という言葉があります。物覚えが悪い人をからかうときに使われる表現ですが、この言葉、少なくともカラスに対しては科学的にかなり的外れだということが、この20年ほどの研究で次々と明らかになっています。
針金を自分で曲げてフックを作った個体。水を注いで餌を浮かせるという因果関係を理解した個体。そして、一度だけ会った「危険な人物」の顔を何年も忘れず、その情報を仲間にまで伝えていた個体たち。今回はこの3つの研究をもとに、カラスの知能がどこまで解明されているのかを見ていきます。
いずれも捏造や誇張ではなく、Science誌やPNAS(米国科学アカデミー紀要)、PLOS ONEといった査読付き学術誌に掲載された実験です。順を追って紹介します。
なぜ「鳥頭」は正しくないと言えるのか
そもそも鳥類が「頭が悪い」というイメージを持たれてきたのには理由があります。鳥の脳には、人間の大脳皮質(だいのうひしつ=思考や判断を担うとされる、脳表面のしわの多い部分)に相当する層構造が見当たりません。かつての研究者たちは、この構造の違いから「層がないなら高度な思考もできないはずだ」と考えていました。
ところがカラスの仲間(カラス科=corvid、カケスやカササギも含む)を対象にした比較認知科学(ひかくにんちかがく=人間以外の動物の知的能力を科学的に調べる分野)の研究が、この見立てを覆してきました。なかでもニューカレドニアガラスとアメリカガラスという2種は、道具作り・因果推論・社会的な記憶という、まったく異なる3つの能力で立て続けに研究者を驚かせています。
実験:カラスの賢さをどう測ったか
①針金を道具に変えたベティ
2002年、オックスフォード大学のAlex Weir、Jackie Chappell、Alex Kacelnikのチームが『Science』誌に発表した実験です。飼育下のニューカレドニアガラス「ベティ」に、まっすぐな針金と、底に餌の入ったバケツが沈んだ細い筒を与えました。ベティはくちばしで針金をたわめ、フック状に曲げてバケツの持ち手に引っかけ、引き上げて餌を手に入れました。曲げ方は毎回ほぼ同じ形になり、問題に直面していないときには針金を曲げようとしなかったことから、研究チームはこれを「目的を持った道具の自作」と判断しました。
②水を注いで餌を浮かせる
2014年、オークランド大学のSarah Jelbertらのチームが『PLOS ONE』誌に発表した実験です。イソップ寓話「カラスと水差し」にちなみ、水の入った筒に石を落として水位を上げ、浮いている餌を届く位置まで持ち上げられるかを試しました。「水入りの筒」と「砂入りの筒」のどちらに石を落とすか、「沈む石」と「浮く発泡素材」のどちらを選ぶかなど、複数の条件でカラスの判断を記録しています。
③人の顔を覚えて仲間に伝える
ワシントン大学のJohn Marzluffの研究室で、2006年から続けられている野外実験です。研究者が特定のお面(仮面)をかぶってカラスを捕獲・標識したあと、そのお面をかぶった人物にカラスがどう反応するかを、その後何年にもわたって観察しました。2012年にはCornell、Marzluff、Pecoraroらが、この威嚇反応がどれくらいの期間続くか、また経験していない個体にまで広がるかを報告しています。
結果:数字で見るカラスの知能
①のベティは、実験期間中に何度も針金を曲げてフックを作り、そのたびにバケツを引き上げることに成功しました。研究チームは、動物が目的に合わせて道具の形を自発的に作り変えた例として、当時もっとも明確な報告のひとつだとしています。
②のJelbertらの実験では、カラスは水入りの筒を選んだ割合が76.3%、沈む石を選んだ割合が88%と報告されています。いずれも「偶然」では説明しにくい高い割合です。研究チームは、この理解度は5〜7歳ごろの人間の子どもに匹敵すると位置づけています。
| 実験 | 何を調べたか | 結果の概要 |
|---|---|---|
| ①針金を曲げる(Weir et al. 2002) | 目的に応じた道具の自作 | 1羽が繰り返しフックを自作し使用 |
| ②水を注ぐ(Jelbert et al. 2014) | 水位変化の因果理解 | 水入り筒選択76.3%・沈む石選択88% |
| ③顔を覚える(Cornell et al. 2012) | 人物の記憶と社会的伝達 | 2.7年以上威嚇継続・未経験個体にも拡大 |
③の顔の記憶については、研究チームは危険な人物の仮面に対する威嚇反応が少なくとも2.7年続いたと報告し、その後の観察では約7年が経過してもなお、一部の個体が反応を続けていたとされています。さらに興味深いのは、当時まだ生まれていなかったり、その場に居合わせなかったりした若いカラスまで、年長個体につられて騒ぎ立てるようになった点です。研究チームはこれを、危険な人物についての情報が経験した個体から仲間へと伝わる「社会学習」の証拠だと位置づけています。
なぜこうなるのか
カラスの脳は人間の親指の先ほどの大きさしかありません。それなのになぜ、これほど複雑な行動が可能なのか。手がかりになるのが、2016年にOlkowiczらが『PNAS』誌に発表した神経細胞(ニューロン)の数を調べた研究です。
この研究によると、鳥の神経細胞は哺乳類の神経細胞より小さく、より密に詰め込まれています。その結果、カラスやオウムの仲間は、同じ重さの霊長類の脳と同等、あるいはそれ以上の数の神経細胞を大脳の部分(パリウム=鳥類における大脳皮質に相当する領域)に持つことが示されました。
たとえるなら、人間の脳が「大きな倉庫にゆったり棚を並べた店舗」だとすれば、鳥の脳は「小さな店舗に棚をぎっしり詰め込んだコンビニ」のようなものです。床面積(脳のサイズ)は違っても、置ける商品(処理できる情報)の数はそう変わらない、というイメージです。しかも鳥類は人間や霊長類とは約3億年前に進化の枝が分かれたグループであり、まったく違う脳の作り方をしながら、似たような知的能力にたどり着いた可能性がある——これは収斂進化(しゅうれんしんか=起源の異なる生物が似た特徴を独立に進化させること)の一例として注目されています。
この話、こう使える
この3つの研究から持ち帰れるのは、「カラスがすごい」という驚きだけではありません。特に③の社会学習の話は、人間の学びにもそのまま応用できる視点を含んでいます。
カラスの若い個体は、危険な人物を自分で直接経験していなくても、年長個体の反応を見て「あの顔は危ない」と学びます。人間の学習でも同じことが起きます。すべてを自分でゼロから試す必要はなく、すでにできている人の振る舞いを観察してまねる(モデリング学習)だけで、多くのことを効率よく身につけられます。英語学習でいえば、ネイティブスピーカーの音声や表現をひたすら聞いて自分の中に取り込んでいく作業は、まさにこの「観察による学習」にあたります。当サイトの独学ロードマップでも、まねることを起点にした学習法を紹介しています。
また、②のカラスは「これまでの筒」とは違う条件が出てきたときに、失敗しながらも試行錯誤を続けていました。身近な生き物の行動をよく観察してみると、こうした「試して確かめる」プロセスの縮図が見えてくるかもしれません。英語の雑学・豆知識では、こうした「へぇ」と思える話を英語ネタ中心に紹介しているので、あわせてどうぞ。
注意点:この研究の限界
- ①の実験は基本的に1個体の観察が中心。 ベティの針金曲げは非常によく記録された事例ですが、1羽の飼育下の個体で確認された行動です。後続の研究で同種の他個体や近縁種でも道具の加工・使用が報告されていますが、「すべてのカラスが同じように針金を曲げられる」ことを示した実験ではありません。
- ②は「一部の課題で失敗した」ことも重要な結果。 カラスは基本的な水位課題では高い正答率を示した一方、より複雑な条件(管の太さ・U字構造)では成績が振るいませんでした。理解は「部分的」であると、論文自体がはっきり書いています。
- ③は特定の地域・特定の種での観察。 顔認識の研究は主にアメリカ・シアトル周辺のアメリカガラスを対象にしたものです。日本のハシブトガラスなど、他の地域・他の種のカラス科の鳥で同じ期間・同じ規模の再現実験が行われたわけではありません。
- 「賢い=人間と同じ考え方をしている」ではない。 鳥類と霊長類は脳の構造がまったく異なります。似た行動が観察されても、その背後にある仕組みまで人間と同じだと断定することはできません。
よくある質問
今日の3行まとめ
その裏には、大きさではなく「密度」で勝負する小さな脳があります。「鳥頭」は、少なくともカラスに対しては褒め言葉に近いのかもしれません。
「観察してまねる」学習の力に興味を持った人は、英会話の独学ロードマップもあわせてご覧ください。
参考文献
- Weir, A. A. S., Chappell, J., & Kacelnik, A. (2002). Shaping of Hooks in New Caledonian Crows. Science, 297(5583), 981. 論文を見る
- Jelbert, S. A., Taylor, A. H., Cheke, L. G., Clayton, N. S., & Gray, R. D. (2014). Using the Aesop's Fable Paradigm to Investigate Causal Understanding of Water Displacement by New Caledonian Crows. PLOS ONE, 9(3), e92895. 論文を見る
- Cornell, H. N., Marzluff, J. M., & Pecoraro, S. (2012). Social learning spreads knowledge about dangerous humans among American crows. Proceedings of the Royal Society B, 279(1728), 499–508. 論文を見る
- Olkowicz, S., Kocourek, M., Lučan, R. K., Porteš, M., Fitch, W. T., Herculano-Houzel, S., & Němec, P. (2016). Birds have primate-like numbers of neurons in the forebrain. PNAS, 113(26), 7255–7260. 論文を見る