太陽の光が一度も届かない場所で、生物は生きていけるのか。深さ2.8キロの金鉱山、海底からさらに数百メートル掘り下げた泥の中——そこは真っ暗で、栄養もほとんどなく、地上の生物が当たり前に使っている光合成という仕組みが一切使えない場所です。それでも、そこには生物がいました。
複数の国際研究チームが積み上げてきたデータをつなぎ合わせると、驚くような規模が見えてきます。地下に広がる生物の総重量(炭素量に換算した値)は、地球上の全人類の炭素量のおよそ245〜385倍にあたると推定されています。地上の植物を除けば、細菌(さいきん)と古細菌(こさいきん=見た目は細菌に似ているが遺伝的にはまったく別のグループの微生物)だけで、動物界全体の生物量を大きく上回るという報告もあります。しかもその大半は、光合成とは無縁の場所で暮らしています。太陽なしで成立する「もうひとつの生態系」の正体を、複数の論文をもとに追っていきます。
なぜ「地下には生物がいない」と思われてきたのか
生物学の教科書的なイメージでは、地球上の生態系はほぼすべて太陽光を出発点にしています。植物や藻類が光合成でエネルギーを作り、それを動物が食べ、微生物が分解する。この「光合成ありき」の考え方があまりに強かったため、光の届かない地下深くに複雑な生態系があるとは、20世紀の後半まで真剣に想定されていませんでした。
転機になったのは、石油や地下水を探すための深いボーリング調査でした。掘り出された岩石や水のサンプルを調べると、そこに生きた微生物が含まれていることが繰り返し確認されるようになったのです。ただし「本当に地下で暮らしている生物なのか、掘削作業中に地上から混ざり込んだだけなのか」を見分けるのは簡単ではなく、この分野の研究は汚染をどう排除するかという技術的な課題と長く向き合ってきました。
実験:金鉱山の地下水から、地球全体の生物量推定まで
この分野を代表する研究のひとつが、Dylan Chivianらの国際研究チームが2008年に『Science』誌で発表した論文です。舞台は南アフリカ・ヨハネスブルグ近郊にある、深さ2.8キロのMponeng(ポネン)金鉱山。研究チームは、岩の割れ目からしみ出す地下水を採取し、そこに含まれるDNAをまとめて解読しました。
もう一方の柱は、地球全体を見渡すタイプの研究です。Jens Kallmeyerらは2012年に『PNAS(米国科学アカデミー紀要)』誌で、国際的な海洋掘削プログラムが世界各地で採取してきた海底堆積物のコア(円柱状の試料)のデータを統合し、海底の泥に含まれる微生物の総量を推定しました。同様に、Cara Magnaboscoらは2018年に『Nature Geoscience』誌で、鉱山やボーリング調査から得られた陸上の地下のデータを世界中から集め、大陸地下に生きる微生物の総量を見積もっています。さらにYinon Bar-Onらは2018年に『PNAS』誌で、これらを含む地球上のあらゆる生物群を対象に、炭素量に換算した生物量の世界地図を作成しました。
結果:細菌と古細菌の生物量は、動物界全体を上回っていた
まずMponeng金鉱山です。採取した地下水のDNAを解読した結果、その割れ目に生きている微生物の99.9%以上が、たった1種類の細菌で占められていました。研究チームはこの新種にCandidatus Desulforudis audaxviator(デスルフォルディス・アウダクスビアトル)という学名を付けています。太陽光も、他の生物も、酸素もない環境で、この1種類だけが独立した生態系を成立させていたことになります。
次に地球全体の規模です。Kallmeyerらは、海底の泥に住む微生物の総量を炭素量換算で約41億トン(地球全体の生物量のおよそ0.6%)と推定しました。Magnaboscoらは、これに大陸地下のデータを組み合わせ、地下の原核生物(細菌・古細菌)全体の炭素量を約230億〜310億トンと見積もっています。そしてBar-Onらの地球全体の生物量地図では、細菌と古細菌を合わせた炭素量は約770億トンで、そのほとんどが地下に存在すると報告されています。これは動物界全体(人間を含む、およそ20億トン)の30倍以上にあたります。
| 生物のグループ | 炭素量(推定・概数) | 主なすみか |
|---|---|---|
| 植物 | 約4500億トン | 地上 |
| 細菌+古細菌 | 約770億トン | 大半が地下 |
| 動物(人間を含む) | 約20億トン | 地上・海 |
2018年には、複数の研究機関からなる国際コンソーシアム「Deep Carbon Observatory」が、これらの調査を統合した推定を公表しています。それによると、地下生命圏に含まれる炭素の総量は約150億〜230億トンで、人類全体の炭素量の245〜385倍にあたるとされました。地下生命圏が占める体積は約20億〜23億立方キロメートルと見積もられ、これは地球上のすべての海洋を合わせた体積のおよそ2倍にあたります。
なぜ太陽なしで生きられるのか
地上の生態系は、太陽光→光合成→植物→動物、という一本の道でエネルギーがつながっています。地下の生態系には、この道がそもそも存在しません。そのかわりに使われているのが化学合成(かがくごうせい)という仕組みです。太陽光の代わりに、岩石そのものが持つ化学反応をエネルギー源にします。
Mponeng金鉱山のDesulforudis audaxviatorの場合、ゲノム解読から浮かび上がったのは次のようなエネルギーの取り方でした。岩石に含まれるウランなどの放射性物質が崩壊するときに出る放射線が、周囲の水を分解して水素を作り出します(この過程を放射線分解=ラジオリシスと呼びます)。この水素と、岩石中の硫酸を使って自分の代謝を回す——つまり、太陽の代わりに岩石自身の放射性崩壊がエネルギー源になっているのです。地上でたとえるなら、太陽電池ではなく地面に埋まった小さな原子力バッテリーだけで、明かりも外部からの燃料もなしに何十億年も生き続けているようなイメージです。
海底の堆積物に暮らす微生物の多くも、似た発想でエネルギーを得ています。地上から落ちてくる有機物のかけらを、極端に薄く長い時間をかけて分解する、あるいは岩石と海水の化学反応が生み出す物質を利用する——どちらも「太陽が今日照っているかどうか」とは無関係に成立する暮らし方です。地下の生物の増殖速度は地上の細菌に比べてはるかに遅く、数百年から千年に1回程度しか分裂しないとされる報告もあります。忙しく動き回るのではなく、ひたすらゆっくりと、しかし途切れずに続ける。それが地下生命圏の生き方だと言えそうです。
この話、こう使える
直接何かの作業に役立つ話ではありませんが、この研究が示す視点は覚えておく価値があります。
- 「生きている」の基準は、速く動くことではない。 数百年に1回しか分裂しない生物も、地球の生物量を左右するほどの規模で存在しています。ペースの遅さと、生きている実感の薄さは、必ずしも結果の小ささを意味しません。
- 目に見える成果がない期間にも、意味はある。 地下の生態系は、地上から見れば何も起きていないように見える環境で、途切れることなく命をつないできました。当サイトで紹介した分散学習のように、地味に見える積み重ねが長期的には大きな差を生む例は、学習の世界にも共通しています。
- 次に地面を見るとき、視点が一つ増える。 足の下数キロには、太陽なしで何十億年も続いてきた生態系が広がっている——雑談のネタとしても、ものの見方を変えるきっかけとしても使える事実です。
「派手な結果が出ないと続ける意味がない」と感じたときは、英会話の独学ロードマップのような、地味な積み重ねを前提にした学習設計も一度のぞいてみてください。
注意点:この研究の限界
- サンプルを取れる場所が、地球のごく一部に限られる。 深い鉱山やボーリング調査が可能な地点は世界的に少なく、そこから得られたデータを地球全体に広げて推定している部分が大きいです。
- 汚染との切り分けが技術的に難しい。 掘削作業自体が地表の微生物を持ち込んでしまうリスクは常にあり、研究チームは対策を重ねていますが、完全に排除できているとは言い切れません。
- 「1種類だけの生態系」はMponeng金鉱山という特定の一点の結果。 地下のすべての場所が同じように単純な生態系だとは限らず、場所によって多様な微生物群が共存している例も報告されています。
- 増殖速度の推定には不確かさが大きい。 「数百年〜千年に1回」という数字は複数の研究で示唆されている傾向であり、すべての地下生物に当てはまる確定した値ではありません。
よくある質問
今日の3行まとめ
その総重量は推定で人類の炭素量の245〜385倍。エネルギーの源は、岩石の放射性崩壊や化学反応が生み出す水素です。速く動くことより、途切れずに続けることが、この生態系の生存戦略だと言えそうです。
地球の生命探査と対になる話として、系外惑星から"生命の匂い"を探した研究をまとめたK2-18bの記事もあわせてどうぞ。
地下生命圏が数百年単位のペースで生き延びてきたように、英語学習も一気に伸びる日より、地味な積み重ねの日が大半です。今の自分の学習ペースを客観的に知りたい人は、まずは診断から。
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- Chivian, D., Brodie, E. L., Alm, E. J., et al. (2008). Environmental Genomics Reveals a Single-Species Ecosystem Deep Within Earth. Science, 322(5899), 275–278. 論文を見る
- Kallmeyer, J., Pockalny, R., Adhikari, R. R., Smith, D. C., & D'Hondt, S. (2012). Global Distribution of Microbial Abundance and Biomass in Subseafloor Sediment. PNAS, 109(40), 16213–16216. 論文を見る
- Magnabosco, C., Lin, L. H., Dong, H., et al. (2018). The Biomass and Biodiversity of the Continental Subsurface. Nature Geoscience, 11, 707–717. 論文を見る
- Bar-On, Y. M., Phillips, R., & Milo, R. (2018). The Biomass Distribution on Earth. PNAS, 115(25), 6506–6511. 論文を見る
- Deep Carbon Observatory (2018). Life in Deep Earth Totals 15 to 23 Billion Tonnes of Carbon—Hundreds of Times More than Humans. プレスリリースを見る