単語帳を1冊も開かず、ただ物語を読んでいただけなのに、知らなかった単語の3分の2に知識の変化が生まれていたとしたら、どう思うでしょうか。

今回紹介するのは、言語習得研究で「多読による偶発的語彙習得(incidental vocabulary acquisition)」と呼ばれる現象です。意図して覚えようとしていないのに、読んでいるだけで語彙が増える——そんな都合のよい話が、実際にどこまで研究で確かめられているのかを見ていきます。

結論から先に触れておくと、効果は確かに報告されていますが、その大きさは測り方によって大きく変わります。「読むだけで余裕で単語が増える」と「読むだけでは大して増えない」のどちらの主張も、実は同じ研究群の中から見つかります。その理由も含めて追っていきましょう。

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なぜ"読むだけ"で語彙が増えるのか

母語(第一言語)の語彙獲得を研究してきたNagyとHermanは、子どもが2歳から7歳にかけて1日あたり十数語ものペースで語彙を増やしていくことに注目しました。学校や家庭でそれほど多くの単語を直接教え込まれているわけではありません。研究者たちが行き着いた説明は、子どもは大量の文章や会話に触れる中で、文脈(=前後の言葉のつながり)から単語の意味を少しずつ推測し、積み上げているというものでした。

この考え方が「母語でそうなら、外国語学習でも同じことが起きるのではないか」という問いにつながります。外国語の学習者が、意味を調べながら易しい本を大量に読む多読(extensive reading)を続けたとき、同じような偶発的な語彙習得は起きるのでしょうか。

この問いに正面から挑んだのが、2006年に『Reading in a Foreign Language』誌に発表されたPigada&Schmittの研究です。

実験:フランス語学習者1人を1ヶ月間、追いかけた

研究の対象になったのは、フランス語を学ぶ1人の成人学習者でした。参加者は1ヶ月間、ポール・マー(Paul Maar)の児童文学シリーズをフランス語で読み進めます。研究チームはあらかじめ、本文中に登場する133個の対象単語を選定しておきました。

多くの先行研究が「意味を知っているかどうか」だけを調べていたのに対し、この研究は踏み込んでいます。1ヶ月の読書が終わったあと、研究者は参加者と1対1のインタビューを行い、対象単語について次の3つの側面を個別にチェックしました。

さらに、それぞれの単語が本文中に何回登場したかも記録し、出会った回数と知識の伸びの関係も分析できるようにしてありました。

💡 この研究デザインが面白い理由 「意味を知っているか0か1か」ではなく、つづり・意味・文法を別々に測ったことで、「完全には覚えていないが、何かしらの知識は確かに増えている」という、これまで見落とされがちだった中間状態を拾い上げられるようになっています。

結果:対象単語の65%に、何らかの知識の変化が見られた

1ヶ月後のインタビューで、133個の対象単語のうち約65%について、つづり・意味・文法のいずれかで知識の向上が確認されました。単語帳を1枚も開かず、ただ物語を読み進めただけで、です。

内訳を見ると、知識の伸び方には偏りがありました。もっとも早く、少ない出会いの回数でも伸びたのはつづりでした。一方、意味や文法的な使い方の知識は、伸びてはいるものの、つづりほど早くは育ちませんでした。形を覚えるのと、意味や使い方まで理解するのとでは、必要な出会いの回数が違うということです。

この結果だけを見ると「多読は単語帳より効率的」と言いたくなりますが、他の研究と並べると印象が変わります。Webb&Chang(2015)は、台湾の英語学習者61名に、音声つきの易しい本(グレーデッドリーダー)を10冊読んでもらう実験を行いました。読了直後のテストでの語彙の伸びは約44%、3ヶ月後の追跡テストでも約37%が保持されていたと報告されています。

さらに視点を広げると、数字はもっと小さくなります。Webb・内原・柳澤による2023年のメタ分析(=複数の研究結果を統計的に統合する手法)は、24件の研究・参加者2,771名分のデータをまとめました。そこで示された、読んだり聞いたりする中で単語が学習される割合の平均は、直後のテストで9〜18%にとどまっています。

研究対象・規模語彙が伸びた割合
Pigada & Schmitt (2006)学習者1名・1ヶ月の多読約65%
Webb & Chang (2015)61名・音声つき多読10冊約44%
Webb et al. (2023) メタ分析24研究・2,771名9〜18%(平均)
図1:研究によって異なる「読んで語彙が伸びた割合」
約65% 約44% 9〜18% Pigada & Schmitt 学習者1名・1ヶ月 Webb & Chang 61名・多読10冊 メタ分析(2023) 24研究・2,771名 100% 75% 50% 25% 0%
規模が大きく条件を厳しく統制した研究ほど、数字は小さく出る傾向がある。「多読で語彙は増えるか」への答えは、どの研究を見るかで印象が変わってしまう。
出典:Pigada & Schmitt (2006)、Webb & Chang (2015)、Webb, Uchihara & Yanagisawa (2023) の報告値をもとに作図
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なぜこれほど数字にばらつきが出るのか

答えの鍵は「出会った回数」にあります。読んでいる本の中で、ある単語に1回しか出会わなければ、記憶に残る可能性は低いままです。しかし同じ単語に繰り返し出会うと、知識は少しずつ積み上がっていきます。

この積み上がり方を細かく調べたのがWebb(2007)です。日本人学生121名を対象に、同じ単語に1回・3回・7回・10回出会う条件を用意し、つづり・意味・文法機能など複数の側面でテストしました。報告によれば、10回ほど出会うとまとまった量の知識が育つ一方で、完全な知識(どんな文でも正しく使える状態)に育てるには、10回を超える出会いが必要になる場合もあるとされています。

つまり多読における語彙習得は、1回読んで「覚えた/覚えていない」の二択ではなく、出会うたびに知識のかけらが少しずつ積み重なっていく、段階的なプロセスなのです。Pigada&Schmittの65%という数字が高く出たのは、「完全に覚えた」だけでなく「つづりだけ伸びた」「意味がぼんやり分かるようになった」という部分的な変化までカウントしていたから、という側面があります。測り方を厳しくするほど、数字は小さくなるわけです。

図2:1つの単語との「出会い」が、知識をどう育てていくか
1回目 3回目 7回目 10回目以降 見た覚えがある つづりが分かる 意味を推測できる 意味・使い方が分かる
1回出会っただけでは記憶に残りにくいが、出会うたびに知識は少しずつ積み上がっていく。語彙習得は「覚えた/覚えていない」の二択ではなく、段階的なプロセスだと考えられている。
Webb (2007) などの知見をもとにしたイメージ図(実測値ではありません)

この「文脈から意味を推測する」感覚を、具体的な英文で体験してみましょう。

She wandered through the meadow, the grass still damp with morning dew.
彼女は朝露でまだ湿った草の上、牧草地をあてもなく歩いた。
meadow(牧草地)やdew(露)の意味を知らなくても、「草」「湿っている」「朝」という前後の情報から、meadowが草の生えた場所、dewが朝に見られる水分のようなものだと推測できるはずです。この"推測してなんとなく分かった"という体験こそが、研究でいう偶発的な語彙習得の入り口にあたります。

この話、こう使える

研究の知見を、実際の英語学習にどう落とし込めるか、具体的に3つ挙げます。

1. 「分からない単語が多すぎる本」を避ける
知らない単語が多すぎると、文脈からの推測が働かない
研究で使われた教材の多くは、学習者のレベルに合わせて語彙・文法を調整した「グレーデッドリーダー」でした。辞書を頻繁に引かないと読み進められない本では、文脈からの推測というプロセスそのものが成立しません。8〜9割の単語は知っている状態で読める本を選ぶのが現実的です。
2. 同じ単語に何度も出会う量を読む
1冊読んだだけでは、出会いの回数が足りない
Webb(2007)の知見を踏まえると、1回や2回の出会いで知識が完成することは期待しにくいとされています。同じ作家・同じシリーズ・似たテーマの本を何冊も読むと、よく使われる単語ほど繰り返し登場し、自然と出会いの回数が増えていきます。
3. 多読と単語学習を両方並行させる
片方だけに頼らない
メタ分析が示す9〜18%という数字は裏を返せば、読むだけでは多くの単語が身につかないままということでもあります。試験や会話ですぐ使いたい単語は意図的に学習し、それ以外の語彙は多読の中で時間をかけて育てる——という役割分担が現実的です。意図的な学習法については英単語の覚え方の記事もあわせてご覧ください。

注意点:この研究の限界

⚠️ 数字だけを切り取らない この記事で紹介した「65%」「44%」「9〜18%」は、測定方法もサンプル数も違う、別々の研究の数字です。多読の効果を「◯%増える」と一つの数字に単純化して語ることはできません。

よくある質問

字幕なしで映画やドラマを見るのも「多読」と同じ効果がありますか?
方向性は同じですが、効果の大きさは異なると報告されています。2023年の大規模メタ分析では、文章を読んで学ぶ条件の語彙獲得率が平均15〜17%だったのに対し、字幕なしで映像を見る条件は5〜7%にとどまりました。文字のほうが単語の形がはっきり見える分、記憶に残りやすいと考えられます。音声だけ・映像だけより、読む・聞く・見るを組み合わせたほうが有利というのが現状の理解です。
どのくらいの量を読めば効果を実感できますか?
研究によって幅がありますが、Pigada&Schmitt(2006)の症例研究では1ヶ月の多読で対象単語の65%に変化が見られ、Webb&Chang(2015)では61名が易しい本10冊を読んだ後に約44%の語彙が伸びています。目安としては「自分のレベルより少し易しい本を、数週間〜数ヶ月かけて何冊も読む」こと。1冊や2冊の短期間では、知識が定着する前に終わってしまいやすいとされています。
多読をすれば単語帳の暗記はもう必要ないですか?
そうとは言えません。多読で身につく知識は多くの場合「部分的」で、1回読んだだけでは意味がぼんやり推測できる程度にとどまることが多いと報告されています。十分な知識に育つまでには、同じ単語に10回前後出会う必要があるという実験結果もあります。試験で確実に使いたい単語や、読む機会が少ない低頻度の単語は、単語帳などの意図的な学習で補うほうが効率的です。多読と単語学習は、どちらか一方ではなく組み合わせるものと考えるのが実情に近いでしょう。

今日の3行まとめ

📌 これだけ持ち帰ってください 読むだけで語彙は増える。ただしその量は、測り方次第で65%にも9%にも見える。
1回の出会いでは足りない。同じ単語に繰り返し出会える「少し易しい本」を、何冊もまとめて読むのが近道です。

多読と並行して語彙の土台を固めたい人は、語彙力テスト(CEFR判定)で今の立ち位置を確認してから、英会話の独学勉強法で学習メニューを組み立てるのがおすすめです。

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参考文献