朝、机に向かうときにイヤホンをつける人は多いはずです。お気に入りのプレイリストを流せば、なんとなく集中できる気がする。でも、その「なんとなく」は本当に正しいのでしょうか。
台湾で89人の働く人を対象に行われたランダム化比較試験では、「強く好きな曲」も「強く嫌いな曲」も、どちらも作業中の注意力を乱しやすいという結果が報告されています。さらに別の実験では、記憶課題の成績を比べたところ、好きな曲のほうが嫌いな曲より成績を落とすという、直感に反する逆転現象まで確認されました。
「好きな音楽を聴けば集中できる」という思い込みは、どこまで研究に裏付けられているのか。5本の論文をたどりながら、朝の作業に効くBGMの選び方を見ていきましょう。
なぜ「好きな曲=集中に良い」と考えられてきたのか
作業中に音楽を聴くこと自体は、決して怪しい習慣ではありません。心理学の研究では長らく、好きな音楽を聴くと気分(ムード)と覚醒度(アラウザル=脳の目覚め具合)が上がり、それが注意や記憶といった認知機能を底上げするという「アラウザル・ムード仮説」が支持されてきました。楽しい気分のほうが仕事がはかどる、という直感とも一致します。
実際、カナダの4つのソフトウェア開発会社で働く56名のシステムエンジニアを対象に、実際の職場で5週間追跡した研究があります。マイアミ大学のTeresa Lesiukが2005年に発表したこの調査では、音楽を聴かない条件のときに、気分の前向きさも仕事の質も最も低く、1つの作業にかかる時間もいちばん長くなっていたと報告されています。「音楽なんて邪魔なだけ」という単純な話でもなさそうです。
ところが、ここから先の研究が一筋縄ではいきません。「では、いちばん好きな曲を流せば、それがベストなのか」という問いに対しては、複数の実験がむしろ逆の答えを返してきているのです。
実験:好きな曲と嫌いな曲、どちらが集中を乱すか
この問いに正面から取り組んだのが、台湾・元智大学のRong-Hwa Huangらの研究チームです。2011年に『Work』誌で発表されたこの研究では、19〜28歳(平均24歳)の働く人89名を対象に、ランダム化比較試験(RCT)という厳密な手法で、BGMの種類と「その曲への好みの強さ」が注意力テストの成績にどう影響するかを調べました。
もう一つ興味深いのが、英カーディフ・メトロポリタン大学のNick Perhamらのグループが行った一連の実験です。2011年の研究では、参加者に8個の項目を順番どおりに覚える「系列再生課題(=聞いた順番のまま思い出すテスト)」を、無音・好きな音楽・嫌いな音楽という3つの条件で行わせました。そして2012年には、同じ枠組みでさらに踏み込んだ検証を行っています。
結果:「大好きな曲」がいちばん厄介だった
Huangらの結果はこうです。BGMが注意力テストの成績に影響する可能性は、その曲を「好き」あるいは「嫌い」だと感じる度合いが強いほど高まっていた。つまり、心から気に入っている曲も、心の底から嫌いな曲も、どちらも作業中には避けたほうがよい、という結論です。論文は、職場でBGMを選ぶ際には「強く好かれている曲・強く嫌われている曲」をあえて避けるべきだと述べています。
さらに驚くのは、Perhamらが2012年に発表した実験の中身です。無音・好きな音楽・嫌いな音楽の3条件で系列再生課題を行わせたところ、まず音楽がある条件はどちらも、無音の条件より成績が有意に低下しました。ここまでは予想どおりです。しかし条件同士を比べると、「好きな音楽」のほうが「嫌いな音楽」よりも、さらに成績が悪かったのです。論文のタイトルはそのものずばり、「嫌いな音楽のほうが、好きな音楽よりパフォーマンスに良いことがある」というものでした。
| 条件 | 系列再生課題の成績 |
|---|---|
| 無音 | もっとも良好 |
| 嫌いな音楽 | 無音より有意に低下 |
| 好きな音楽 | 嫌いな音楽よりさらに低下(最も低い) |
この結果を裏づけるように、中国の428名の大学生を対象に2025年に発表されたランダム化比較試験でも、似た構図が確認されています。作業記憶(ワーキングメモリー)課題の前後に、モーツァルトのソナタK448(構造がはっきりして刺激の少ない曲)か、覚醒度の高い曲を聴かせて比較したところ、モーツァルトの曲は「没入感(フロー)」を介してパフォーマンスにプラスの効果(標準化係数+0.118)をもたらした一方、覚醒度の高い曲はマイナスの効果(同−0.112)をもたらしていました。「盛り上がる曲=集中に効く」とは限らないことを、数値がはっきり示しています。
なぜこうなるのか
いくつかの理由が組み合わさっていると考えられています。
ひとつは、「無関連音効果(irrelevant sound effect)」と呼ばれる現象です。人が何かを記憶しようとするとき、頭の中で情報を繰り返し復唱する「音韻ループ」という仕組みを使っています。ここに音の変化が激しい音(=曲調やメロディーの起伏が大きい音楽)が入ってくると、このループが邪魔されてしまう。研究チームは、好きな曲ほどメロディーやリズムの起伏(音の変化=アコースティック・バリエーション)が大きい傾向があり、それが余計に注意を引きつけてしまうのではないかと考察しています。
もうひとつは、好きな曲ほど「聴き入ってしまう」という単純な理由です。お気に入りの曲がかかると、つい歌詞や展開に意識が向いてしまう。これは音楽的な感情の動きを研究してきた分野で「好み(選好)は覚醒・注意そのものと分かちがたく結びついている」と説明されることがあり、好きすぎる曲は、作業ではなく音楽そのものに注意のリソースを奪われやすいというわけです。
もう一つ覚えておきたいのが「慣れ」の効果です。先ほどのモーツァルトK448を使った2025年の研究では、同じ曲を30日間毎日聴き続けたグループで、フローを高める効果がおよそ半分にまで縮んでいた(標準化係数が0.321から0.150へ低下)と報告されています。効果がゼロになったわけではありませんが、耳が慣れることで新鮮さが薄れ、効き目も弱まっていくようです。
この話、こう使える
研究を知っただけで終わらせず、朝の作業にどう落とし込めるかまで考えてみます。
注意点:この研究の限界
ここまで読むと「好きな曲は作業中いっさい聴くな」と言いたくなりますが、それは行き過ぎです。研究の外側まで結論を伸ばさないために、正直に書いておきます。
- 音楽の量そのものも関係している可能性があります。 2024年に『Journal of Applied Psychology』誌で発表された研究では、音楽を聴く時間の長さと作業成績のあいだに逆U字型の関係(=適度な量が最も良く、聴きすぎても聴かなさすぎても成績が落ちる)があると報告されています。「良い曲を選べばいくら聴いてもいい」わけではなさそうです。
- 個人差が大きい分野です。 外向的な性格の人ほど音楽を好んで聴く傾向があるなど、性格特性によって音楽への向き不向きが異なるという報告があります。この記事の内容は多くの人に当てはまりやすい傾向であって、万人共通のルールではありません。
- Perhamらの実験は、いずれも大学生を対象にした実験室での記憶課題です。 実際の職場での業務(プレゼン資料作成、コーディングなど)にどこまで一般化できるかは、追加の検証が必要です。
- 相関と因果を混同しない。 「好きな曲を聴く人ほど生産性が高い」という職場調査の結果は、音楽以外の要因(職場環境や個人の性格)が影響している可能性も残されています。
よくある質問
今日の3行まとめ
大好きな神曲は休憩用に取っておき、暗記や読解には歌詞なし・起伏の少ない曲、あるいは無音を試してみましょう。
同じ曲に飽きたら効果も薄れるので、プレイリストはときどき入れ替えるのがおすすめです。
集中力をもっと掘り下げたい人は、通知と集中力の科学やカフェインと眠気の科学もあわせてどうぞ。
暗記や読解に集中したい時間は、思い切って無音にしてみるのも一つの手です。英単語の記憶に効く方法は、英単語の覚え方で研究ベースに解説しています。
瞬間英作文トレーニングをやってみる →参考文献
- Lesiuk, T. (2005). The effect of music listening on work performance. Psychology of Music, 33(2), 173–191. 論文を見る
- Perham, N., & Vizard, J. (2011). Can preference for background music mediate the irrelevant sound effect? Applied Cognitive Psychology, 25(4), 625–631. 論文を見る
- Perham, N., et al. (2012). Disliked music can be better for performance than liked music. Applied Cognitive Psychology, 26(4), 550–555. 論文を見る
- Huang, R.-H., et al. (2011). Effects of background music on concentration of workers. Work, 38(4), 383–387. 論文を見る
- Sun, Y. (2025). The Impact of Background Music on Flow, Work Engagement and Task Performance: A Randomized Controlled Study. Behavioral Sciences, 15(4), 416. 論文を見る
- Scott, B. A., et al. (2024). Too much of a good thing? A multilevel examination of listening to music at work. Journal of Applied Psychology. 論文を見る