もし「あなたのDNAは、1つの祖先ではなく3つの異なる集団が重なってできている」と言われたら、どう感じるでしょうか。

日本列島に住む人々の起源を巡っては、長く「縄文人と、あとから渡来した人々が混血した」という大まかな理解が一般的でした。ところが2021年、古代人の骨から直接読み取ったDNA(古代ゲノム)を使った研究が、この理解をさらに書き換えました。縄文・弥生・古墳という3つの時代に対応する、遺伝的にはっきり区別できる3つの祖先集団が段階的に混ざり合って、現代の日本列島人が形成された――これが「三重構造モデル(tripartite origin model)」です。

論文が実際に何を解析し、何を発見したのか。そして、自分のDNAに残る"縄文人の割合"はどれくらいなのか。古代ゲノム研究の中身を追っていきます。

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なぜ「日本人の起源」は長く論争の種だったのか

日本列島に住む人々がどこから来たのかという問いには、骨の形を測る人類学の時代から仮説が積み重ねられてきました。もっとも広く知られていたのが、人類学者の埴原和郎(はにはら・かずろう)が1991年に提唱した「二重構造モデル(dual structure model)」です。東南アジア方面から渡ってきた「古いアジア人」である縄文人が基層集団となり、そこに弥生時代以降、北東アジアから渡来した集団が重なっていった、という骨の形態(頭骨の計測値など)に基づく仮説でした。

この仮説は長く有力でしたが、あくまで骨の形から推測した間接的な証拠に基づいていました。形は栄養状態や環境でも変化するため、「本当に別の集団なのか」「混血は何段階で起きたのか」を骨の形だけで確定するのは難しい、という限界がありました。

この状況を変えたのが、2010年代以降に本格化した古代DNA解析です。数千年前の人骨から直接ゲノム(全遺伝情報)を読み取れるようになったことで、「形」ではなく「遺伝情報そのもの」で祖先集団を比較できるようになりました。

研究:縄文人・弥生人・古墳人のゲノムを直接読む

この分野の土台を作ったのが、神澤秀明(かんざわ・きりやま ひであき)らが2019年に『Anthropological Science』誌で発表した研究です。北海道・礼文島の船泊(ふなどまり)遺跡から出土した、約3,500〜3,800年前の後期縄文時代の人骨2体(女性F23・男性F5)のゲノムを解析しました。中でも女性F23は保存状態が良く高深度で解析できたため、以後の研究で「縄文人の基準ゲノム」として広く参照されています。

続いて、覚張隆史(がくはり・たかし)らが2020年に『Communications Biology』誌で発表した研究では、本州中央部で見つかった約2,500年前の縄文人個体(IK002)のゲノムを解析。この個体が東・東南アジア系統の中でも早い時期に分かれた系統に位置し、東南アジアの狩猟採集民との近縁性も示されたと報告されています。

そして2021年、アイルランド・トリニティ・カレッジ・ダブリンのNiall P. Cookeらが覚張隆史・中込滋樹らと共同で『Science Advances』誌に発表した論文が、本記事の核心です。研究チームは縄文・弥生・古墳の各時代に属する古代人12個体を新たに解析し、既存の5個体分のデータと合わせて、合計17個体の古代ゲノムを時代ごとに比較しました。

💡 この研究デザインが重要な理由 骨の形ではなくゲノムそのものを時代別に直接比較しているので、「縄文人と弥生人は本当に遺伝的に違う集団だったのか」「混血は1回だけだったのか、それとも複数回だったのか」という、二重構造モデルでは答えきれなかった問いに、より直接的な証拠で迫ることができます。

結果:現代日本人は「3つの祖先」の混血だった

Cooke et al.(2021)が示した結論はこうです。

時代遺伝的な位置づけ現代日本人への影響
縄文時代
(およそ1.6万〜3千年前)
大陸の集団とは遺伝的に明確に異なる、独自に分岐した系統基層となる祖先成分
弥生時代
(およそ3千〜1700年前)
北東アジア系の集団が渡来し、縄文系の人々と混血(同化的で、置き換えではない)渡来第1波の祖先成分
古墳時代
(およそ1700〜1400年前)
さらに別系統の東アジア系集団が渡来し、重ねて混血渡来第2波の祖先成分

つまり、現代の日本列島人は縄文系・弥生系(北東アジア系)・古墳系(東アジア系)という3つの祖先系統が、段階的に混ざり合って形成されたというのが「三重構造モデル」の骨格です。埴原の二重構造モデルが「縄文+渡来」の2段階だったのに対し、古墳時代にもう一段階、別の渡来の波があったことをゲノムデータが裏付けた形になります。

では、現代日本人のゲノムに縄文人由来の成分はどれくらい残っているのでしょうか。Jinam et al.(2015, Journal of Human Genetics)の推定では、本土(本州を中心とする地域)の日本人でおよそ18%、沖縄の集団でおよそ28%が縄文人由来の成分だと報告されています。国立科学博物館の篠田謙一氏も一般向けの解説で「1〜2割程度」という数値を紹介しています。

図1:集団別に見た、縄文人由来ゲノム成分の推定比率
約18% 約28% 本土の日本人 沖縄の集団 100% 50% 0%
どちらの集団も縄文人だけ・渡来系だけではなく、両方の成分が混ざっている。混ざり方の濃さが地域によって異なる。
出典:Jinam et al. (2015, Journal of Human Genetics) の推定値をもとに作図
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なぜ"段階的な混血"が起きたのか

Cooke et al.(2021)の論文で重要なのは、渡来を「置き換え(それまでの集団が絶滅・排除される)」ではなく「同化(それまでの集団と混血して取り込まれる)」として描いている点です。弥生時代に北東アジアから渡来した人々は、縄文系の人々を一掃したわけではなく、世代を重ねながら混血していったと考えられています。古墳時代の渡来も同様に、すでに混ざっていた弥生系の集団に、さらに別の系統が重なる形で進んだとみられています。

これは地層のでき方に似ています。古い層(縄文)の上に新しい層(弥生)が積もり、さらにもう一層(古墳)が重なる。ただし地層と違い、人間集団の層は上の層が下の層を完全に覆い隠すわけではなく、混ざり合いながら積もっていくという点が特徴です。

図2:三重構造モデルが描く「段階的な混血」のイメージ
① 縄文時代:基層となる独自系統 ② 弥生時代:北東アジア系が渡来し混血 ③ 古墳時代:東アジア系がさらに渡来し混血 ④ 現代:3つの祖先成分が混ざった状態 縄文 + 弥生(北東アジア系) + 古墳(東アジア系)
新しい渡来は、古い集団を置き換えるのではなく混血で取り込んでいった、と論文は解釈している。
Cooke et al. (2021, Science Advances) の議論をもとにしたイメージ図(実測値ではありません)

この話、こう使える

この研究が持つ面白さは、単に「日本人のルーツが分かった」という知識にとどまりません。「〇〇人」というまとまりは、実は内部に何層もの混血の歴史を抱えているという視点そのものが、他の国や民族を見る目にも応用できます。

注意点:この研究の限界

三重構造モデルは現時点でもっとも有力な説明の一つですが、万能の答えではありません。研究の範囲を超えて結論を広げないために、押さえておきたい限界があります。

⚠️ やりがちな誤解:「DNAの割合」が文化や国籍を決めるわけではない 縄文人由来のDNAが何%かという話は、あくまで遺伝的な系統の推定です。文化・言語・国籍・「日本人らしさ」といった社会的なアイデンティティと、DNAの構成比は別の次元の話です。研究者たちも、この区別を明確にした上で議論しています。

よくある質問

現代の日本人は、結局どの集団の子孫なの?
単一の祖先ではなく、時代の異なる3つの集団――縄文時代の基層集団、弥生時代に渡来した北東アジア系集団、古墳時代にさらに渡来した東アジア系集団――が混血して形成されたと考えられています。Cooke et al.(2021, Science Advances)はこれを「三重構造モデル」と呼びました。混血の進み方には地域差があり、北海道のアイヌ集団や沖縄の集団は縄文人由来の成分をより多く残しているとされています。
縄文人のDNAは今の日本人にどれくらい残っている?
Jinam et al.(2015, Journal of Human Genetics)の推定では、本土(主に本州)の日本人で縄文人由来の成分がおよそ18%、沖縄の集団ではおよそ28%とされています。国立科学博物館の篠田謙一氏は一般向けの解説で「1〜2割程度」と紹介しています。推定手法によって数値には幅があり、今後さらに精緻化される可能性があります。
なぜ地域によって縄文人由来のDNAの割合に差があるの?
2023年に発表された東京大学の渡部裕介氏・大橋順氏らの研究(iScience誌)では、本土の日本人約1万人のデータを都道府県別に分析し、東北や鹿児島などの一部地域で縄文人由来の成分が高く、近畿や四国で低い傾向が報告されました。縄文時代晩期から弥生時代にかけて人口が大きく増えた地域ほど、渡来系の遺伝的影響が強く残ったと考えられています。

今日の3行まとめ

📌 これだけ持ち帰ってください 現代の日本列島人は、縄文・弥生・古墳という3つの祖先系統が段階的に混血してできたと、2021年の古代ゲノム研究が示しています。
縄文人由来のDNAは本土でおよそ18%、沖縄でおよそ28%という推定が報告されており、その比率は地域によって一様ではありません。

祖先をたどる話から言語の祖先探しに興味が広がった人は、英語の"祖語のふるさと"を巡る200年論争もあわせてどうぞ。DNAと言語、それぞれの"起源探し"を比べて読むと発見があります。

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参考文献