虹を見たとき、あなたはそこに何色を見分けているでしょうか。日本語なら7色と答える人が多いはずですが、世界には色を表す基本的な言葉が2つしかない言語もあれば、11以上ある言語もあります。同じ光のグラデーションを見ているのに、言語によって切り分け方がこれほど違う。ここに、心理学者たちを100年近く悩ませてきた問いが潜んでいます。

言語は、私たちが世界を「見る」やり方そのものを変えるのか。ロシア語には明るい青(goluboy)と濃い青(siniy)を区別する基本語彙があります。2007年に『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に発表された実験では、この境界をまたぐ色のペアは、境界をまたがない色のペアよりはっきり速く見分けられていました。世界98言語の色彙を比較したBerlin&Kayの古典的研究、そして母語に「青」と「緑」の区別がない民族を対象にした実験まで、4本の論文から「言語相対論(サピア=ウォーフ仮説)」の現在地をたどります。

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なぜ言語によって"色の数"がこんなに違うのか

言語人類学者のBrent BerlinとPaul Kayは1969年、世界中の言語が持つ「基本色彙(basic color terms=単一の単語で表され、日常的に使われる色の呼び方)」を比較する調査を行いました。20の言語の話者を直接調査し、それまでの文献にデータが残っていた78の言語をあわせて98言語の色彙を比較したところ、驚くほど規則正しいパターンが見えてきました。

基本色彙の数がいちばん少ない言語は、明暗(または暖色・寒色)を表す2語しか持ちません。そこから語彙が増えるとき、増える順番はほぼ決まっていました。①白・黒 → ②赤 → ③緑または黄 → ④緑と黄の両方 → ⑤青 → ⑥茶 → ⑦紫・ピンク・オレンジ・灰色という具合です。つまり「青」を表す言葉を持つ言語は、ほぼ必ず「赤」も「緑」も持っている。逆に「緑」も持たないのに「青」だけ持つ言語は、ほとんど見つかりませんでした。この規則性は、色の名づけ方がでたらめではなく、何らかの普遍的な土台の上に成り立っていることを示しています。

ではこの「言葉の数の違い」は、単なる呼び方の違いにすぎないのでしょうか。それとも、言葉を持たない色は、持っている人より見分けにくいのでしょうか。ここから先を確かめるには、色の名づけ方を比較するだけでなく、実際に色を見分けるテストを行う必要がありました。

実験:ロシア語の"青2つ"と、"青と緑"を区別しない民族

スタンフォード大学のJonathan Winawerらの研究チームは2007年、ロシア語話者と英語話者を対象にした実験をMITで行いました。参加したのはロシア語母語話者26名(平均28.9歳)と英語母語話者24名(平均26.3歳)です。

画面には3つの青い正方形が並びます。上に基準となる色、下に2つの候補色。参加者はできるだけ速く、基準色と同じ色を下の2つから選ぶという単純な課題(トライアド弁別課題)に取り組みました。候補色の組み合わせには2種類あります。ロシア語のgoluboy(明るい青)とsiniy(濃い青)の境界をまたぐペアと、同じ側(どちらもgoluboy、あるいはどちらもsiniy)に収まるペアです。色どうしの物理的な距離(明るさや色合いの差)はそろえてあります。

さらに研究チームは、参加者に別の作業を同時にさせる条件も用意しました。頭の中で8桁の数字を覚え続ける「言語干渉課題」と、複雑な図形の位置を覚え続ける「空間干渉課題」です。言葉を使う余裕を奪ったときに結果が変わるかどうかを見るための仕掛けでした。

もう一つの実験の舞台は、ロシアから遠く離れたナミビアとパプアニューギニアです。Debi Robersonらの研究チームは、青と緑を1つの言葉でまとめて呼ぶベリンモ語(パプアニューギニア)やヒンバ語(ナミビア)の話者を対象に、同じような弁別課題を行いました。ヒンバ語の調査では色の名づけ調査に成人31名色の弁別課題に単一言語話者の成人12名が参加しています。英語では「青」と「緑」を分ける境界がありますが、ヒンバ語やベリンモ語にはその境界がありません。そのかわり、彼らの言語には英語にはない別の境界(色の呼び分け)が存在します。

結果:0.1秒以上速く見分けた、そして"消えた"効果

Winawerらの実験結果は明確でした。物理的な色の距離が近いペア(=難しい判定)について、境界をまたぐペアを境界をまたがないペアより速く見分けられた度合い(反応時間の差)を比べたところ、次のような差が出ました。

参加者境界をまたぐペアの"速さの得解釈
英語話者(24名)約14ミリ秒ほぼ差なし
ロシア語話者(26名)約173ミリ秒はっきり速い
図1:境界をまたぐ近い色のペアを見分ける速さの差
+14ms +173ms 英語話者 24名 ロシア語話者 26名 200ms 100ms 0ms
境界をまたいだ色のペアを、境界内のペアよりどれだけ速く見分けられたかの差(ミリ秒)。ロシア語話者は英語話者よりはっきり大きな"速さの得"を示した。
出典:Winawer et al. (2007) の近距離試行における反応時間差(msec)をもとに作図

さらに興味深いのは干渉課題の結果です。頭の中で数字を覚え続ける言語干渉課題を同時に行わせると、ロシア語話者の"速さの得"はほぼ消えました。一方、図形の位置を覚える空間干渉課題を同時に行わせても、この効果は残ったままでした。つまりこの現象は、視覚そのものが変化しているというより、言葉を"使える状態"にあるかどうかが鍵だということになります。

ヒンバ語・ベリンモ語の実験でも、同じ構造の結果が出ています。青と緑を区別する言葉を持たない彼らは、英語話者なら得意なはずの青緑境界での弁別で、特別な強みを示しませんでした。その代わり、彼らの言語が独自に区切っている別の境界では、しっかりと弁別の強みが確認されています。境界を持つ言語の話者は、その境界のところで敏感になる——これが4本の論文に共通するパターンでした。

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なぜこうなるのか:境界は"見えない仕切り"として働く

物理的にはなめらかに連続している色の帯を、私たちは頭の中で"箱"に分けて処理していると考えられています。英語話者にとって、明るい青も濃い青も同じ「blue」という1つの箱に入ります。箱の中にある2色は、多少違っても「まあ同じ」で済んでしまう。ところがロシア語話者にとって、その2色はそもそも別の箱(goluboyとsiniy)に入っています。箱が違えば、その違いに自然と注意が向きやすくなる——これが、境界をまたぐペアだけ速く見分けられた理由として提案されている考え方です。

そして、言語干渉課題で効果が消えたことは、この"箱分け"が頭の中で言葉をつぶやくような処理(内語)に支えられていることを示唆しています。数字を覚えるのに忙しくて言葉を"使えない"状態になると、色を素早く箱分けする手続きも一緒に止まってしまう、というイメージです。

図2:同じ「青」の範囲でも、言語によって引かれる境界が違う
英語:ひとつの単語で表す "blue" 明るい 暗い ロシア語:ふたつの単語に分かれる goluboy 明るい青 siniy 濃い青
物理的にはなめらかに変化する同じ色の範囲を、英語は1つの単語で、ロシア語は2つの単語で区切っている。この見えない境界線の有無が、色を見分ける速さに影響していると考えられている。
Winawer et al. (2007) などで報告されている色彙の違いをもとにしたイメージ図(実測値ではありません)

では、そもそもなぜ言語によって「どこに境界を引くか」が違うのでしょうか。この問いに別の角度から答えを出したのが、MITのEdward Gibsonらが2017年に発表した研究です。世界110言語の色彙データ(World Color Survey)を分析したところ、暖色系(赤・黄・オレンジ)は、寒色系(青・緑)に比べてどの言語でも一貫して細かく、効率よく名づけられているという共通パターンが見つかりました。アマゾンの狩猟採集民ツィマネ族から、都市部の学生まで、文化的な背景がまったく異なる集団でも同じ傾向が確認されています。研究チームは大量の自然画像を分析し、人が注目する「物体」は暖色系であることが多く、注目されにくい「背景」は寒色系であることが多いという統計的な偏りを見つけました。会話で頻繁に話題になるのは物体のほうなので、暖色系の語彙が自然と発達しやすい、というのがこの研究の説明です。色彙の"設計図"そのものが、私たちが日常どんな色について話す必要があるかを映し出している、という見方です。

この話、こう使える

この一連の研究がヒントをくれるのは、「言葉を知っていること」と「素早く見分けられること」は地続きだという視点です。英語学習にもそのまま応用できます。

That's more teal than blue, isn't it?
それは青というより、ティール(青緑)じゃない?
英語には azure(空色)・turquoise(トルコブルー)・teal(青緑)・maroon(えんじ色)・chartreuse(黄緑) など、日本語の基本色名より細かい色の語彙がたくさんあります。これらを暗記だけで終わらせず、実際の写真やイラストを見ながら「これはteal、これはnavy」と言い分ける練習をすると、単なる知識が"見分ける力"に近づいていきます。

色に限らず、新しい言葉を覚えるという行為は、世界を切り分ける新しい"境界線"を1本もらうことだと考えると、語彙学習そのものの意味合いが少し変わってきます。ぼんやり眺めていたものの違いに、言葉を覚えたとたん気づけるようになる——これは英単語学習でもよく起きる感覚です。英単語の覚え方のページでは、この"使える語彙"を増やすための具体的な方法をまとめています。

注意点:この研究の限界

⚠️ 「色そのものが違って見える」という話ではない ここまで紹介してきた効果は、あくまで反応時間(見分ける速さ)や弁別課題の成績で測られたものです。ロシア語話者と英語話者が、まったく別の色として世界を見ている、という強い主張を裏づける結果ではありません。しかも言語干渉課題で効果が消えたことからも分かるとおり、これは言語を使っているときに生じる処理上の効果であり、生まれつきの色覚そのものが変わるという話ではないとされています。

よくある質問

「言語が違うと色が違って見える」というのは本当ですか?
そこまで強い主張ではありません。人間が感知できる光の波長の範囲や目の仕組み自体は、言語によって変わらないとされています。研究が示しているのは、色を「どれだけ速く見分けられるか」「どの境界を敏感に感じ取るか」に、母語の色彙(色の呼び方)が影響するという話です。まったく別の色として見えるという強い意味ではなく、境界をまたぐ判断が少し速くなる・敏感になるという、処理速度や注意のレベルの話だと考えるのが正確です。
日本語話者にも同じような効果はあると考えられますか?
今回紹介した論文の中に、日本語話者を直接対象にした実験は含まれていません。日本語にも「青」と「水色」のように明るい青と濃い青を区別する言葉があるため、理屈のうえでは似た効果が期待できそうですが、これはあくまで推測です。きちんと検証されたデータを確認できていない以上、断定はできません。
外国語を勉強すると、色の見分け方も変わってしまうのですか?
Winawerらの実験では、頭の中で言葉を使うのを妨げる作業をさせると、色を素早く見分ける効果が消えました。つまりこの効果は、言語カテゴリをオンラインで使っているときに生じるものであり、母語の色の感じ方が上書きされて別物になるというより、状況に応じて頼る「ものさし」が言語ごとに使い分けられているイメージに近いと考えられます。外国語の色彙を覚えたからといって、母語での色の感じ方が失われるわけではなさそうです。

今日の3行まとめ

📌 これだけ持ち帰ってください ロシア語には明るい青と濃い青を区別する言葉があり、その境界をまたぐ色は約0.1秒以上速く見分けられていました。
この効果は言葉を使う余裕を奪うと消えるため、色そのものではなく"素早い判断"を支えていると考えられています。
98言語の色彙調査、110言語の色彙効率の分析からも、言葉の数と使い方には共通のパターンがあることが分かってきています。

言葉が世界の切り分け方に影響するという発想は、色に限らず語彙学習全般に通じます。まずは自分がどれだけ細かく英語で世界を切り分けられているか、語彙力テスト(CEFR判定)で確かめてみるのもおすすめです。

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参考文献