水槽の中で丸くなって眠っていたタコが、何も起きていないのに突然、皮膚の色と模様を数秒おきに切り替え始める——そんな映像を見たことがあるでしょうか。刺激も敵もいないのに、まるで起きて獲物を探しているときのように体が"しゃべり"出すのです。
これは演出でも異常事態でもありません。タコの眠りを定点カメラと脳波計で記録した研究チームが突き止めたのは、タコが「じっと動かない静かな眠り」と「体の色が激しく変わる短い眠り」を交互に繰り返しているという事実でした。後者の間、脳の活動パターンは起きているときとほとんど区別がつかないと報告されています。
これは人間が夢を見るとされるレム睡眠の特徴とよく似ています。ただし、タコと人間の祖先が枝分かれしたのは5億年以上前。この不思議な"活動的な眠り"の正体を、論文をもとに見ていきます。
そもそも、タコは"眠る"のか
タコには背骨も、人間のような集中した脳もありません。神経細胞の3分の2ほどは脳ではなく8本の腕に分散しているとされるほど、体の作りが私たちと大きく異なります。そんな生き物に「眠り」と呼べる状態があるのか——これは長らく議論の的でした。
手がかりは行動です。動かなくなる、刺激に反応しにくくなる、その状態を邪魔すると後で"埋め合わせ"が起きる。この3つがそろって初めて生理学的な「睡眠」とみなされ、タコの静止行動を調べた研究ではこの基準がクリアされ、タコにも眠りがあること自体はすでに確認されていました。問題はその先です。
実験:1,743時間分の映像をAIで解析する
2021年、ブラジル・ヒオグランデドノルテ連邦大学のSylvia L. S. Medeirosらのチームは、4匹の成体のタコ(Octopus insularisという種)を連続撮影し、皮膚の色・質感、目や体の動きを自動解析。刺激を与えて反応するまでの時間(覚醒閾値)も測定しました。
この研究で見えてきたのは、タコの眠りが均一ではないという構造でした。皮膚が真っ白に近づき、瞳孔が細いスリット状に閉じ、ほとんど動かない「静かな眠り」。その合間に、体の色や質感が目まぐるしく変わり、目や吸盤が小刻みに動く、ごく短い「活動的な眠り」が挟まっていたのです。
この発見をさらに掘り下げたのが、沖縄科学技術大学院大学(OIST)とワシントン大学の研究チームが2023年に『Nature』誌で発表した研究です。Aditi PophaleらはOctopus laqueusという種のタコを対象に、皮膚の模様の変化をAI画像解析(合計1,743時間の映像)で追いつつ、脳に電極を刺して神経活動そのものも記録。あえて眠りを妨害する実験も行いました。
結果:1時間に1回、"覚醒そっくりの1分間"が来る
Medeirosらの記録では、静かな眠りは1回あたり中央値で約415秒(約7分)続いたのに対し、活動的な眠りは中央値で約41秒と、はるかに短いことが分かりました。これがおよそ30〜40分ごとに繰り返されます。
Pophaleらの研究ではさらに詳しく、活動的な眠りはおよそ1時間に1回、約1分間訪れ、タコが眠っている時間全体のうち活動的な眠りが占める割合は1%未満だったと報告されています。ごくわずかな時間ですが、その中身が濃いのです。
| 静かな眠り | 活動的な眠り | |
|---|---|---|
| 皮膚・瞳孔 | 青白く、瞳孔は細いスリット状 | 色と質感が次々に変化 |
| 体の動き | ほぼ静止 | 目・吸盤・体の筋肉が小刻みに動く |
| 1回の長さ(目安) | 中央値 約415秒 | 中央値 約41秒/1時間に1回・約1分 |
| 脳の電気活動 | 睡眠らしいパターン | 起きているときとよく似たパターン |
覚醒閾値(どれくらい強い刺激で目覚めるか)を調べた実験でも、静かな眠り・活動的な眠りのどちらでも起きているときより強い刺激が必要でした。人間のレム睡眠が「脳は活発なのに体は起こしにくい」状態であることと重なります。さらに、眠りを妨害する実験の後は活動的な眠りにより早く、より頻繁に入るようになったと報告されており、これは失った分を埋め合わせる反応として、活動的な眠りがタコにとって欠かせない機能であることを示す有力な証拠とされています。
なぜこうなるのか:5億年隔てて"同じ発明"が起きた?
人間を含む哺乳類とタコの共通祖先は、系統樹をどこまで遡っても5億年以上前にしかいません。当時の生き物が眠りを二段階に分ける複雑な仕組みをすでに持っていたとは考えにくいというのが研究者たちの見方です。だとすると、この構造は脊椎動物とタコの系統でまったく別々に、独立して"発明"された可能性が高いことになります。生物学で収斂進化(しゅうれんしんか=系統が違う生き物が似た形質にたどり着くこと)と呼ばれる現象の一例で、鳥の翼とコウモリの翼が別々に飛行にたどり着いたのと同じ発想です。
もしそうなら、眠りを二段階に分けることには脳の作りによらない普遍的な理由がある可能性が出てきます。有力な仮説のひとつは記憶や神経回路の"整理・練習"です。起きている間に使った回路を眠っている間になぞることで情報を定着させ、次の行動にそなえているのではないか、という考え方です。タコの場合、色や模様の変化は日中にカモフラージュや狩りで使う神経回路そのものなので、眠りの中でその回路を"リハーサル"しているのではないか、という指摘もあります。
ここで、ロックフェラー大学のEric A. Ramosらが2023年に発表した、まだ査読前のプレプリント論文にも触れておきます。1匹のタコを1か月観察したところ、眠りから覚めた直後に体の色を激しく変え、墨を吐いて敵から逃げるように泳ぎ去る行動が4回記録されました。周囲に脅威はなく、悪夢のような負の記憶がよみがえった可能性が挙げられています。1匹だけの観察で査読も済んでいませんが、"タコの悪夢"として話題になった映像です。
この話、こう使える
雑談のネタにするなら、数字をひとつ覚えておくと強いです。「タコは1時間に1回、1分間だけ、起きているときそっくりの脳の状態になる」。このワンフレーズで十分に「へぇ」を引き出せます。
もうひとつの持ち帰りどころは、「眠りは一枚岩ではない」という視点です。人間の睡眠も、深いノンレム睡眠とレム睡眠が一晩に何度も入れ替わることが知られています。長さだけでなく「どんな段階が、どれくらいのリズムで訪れているか」にも意味があるかもしれない、という発想です。犬や猫が眠りながら足を小刻みに動かす瞬間を見かけたら、タコの"活動的な眠り"を思い出すと観察が少し面白くなります。ただし「似ている」と「証明された」は別物だという姿勢も、次の章で確認しておきましょう。
注意点:この研究の限界
- 観察されたタコの数が少ない。 Medeirosらの研究は4匹、Pophaleらの研究も実験ごとにおおむね3〜9匹と小規模で、個体差や種の違いが結果に影響している可能性があります。
- 種が異なる。 2つの研究はOctopus insularisとOctopus laqueusという別の種を対象にしており、他のタコの種や頭足類(イカなど)にそのまま当てはまるとは限りません。
- 実験環境は水槽の中。 飼育下での観察であり、天敵や獲物がいる自然の海でも同じ眠り方をするかは分かっていません。
- "悪夢"の報告は1匹の観察で、査読前の論文である。 話題性は高いものの、追試や査読を経た結論ではありません。
相関と因果の違いにも注意が必要です。「活動的な眠りの間、脳活動が覚醒時に似ている」という事実と、「だから夢を見ている」という解釈のあいだには、まだ埋まっていない距離があります。研究が示しているのはあくまで前者までです。
よくある質問
今日の3行まとめ
ただしタコと人間は5億年以上前に枝分かれした遠い遠い親戚。似た仕組みが別々に独立して進化した可能性が指摘されており、「夢を見ている」と断定するにはまだ距離があります。
眠りと記憶の関係をもっと知りたい人は、睡眠が記憶を定着させる仕組みの記事もあわせてどうぞ。人間の脳でも、眠っている間に情報が整理されていることが分かっています。
タコの睡眠のように、調べるほど意外な生き物の話は他にもたくさんあります。息抜きがてら、思わず人に話したくなる雑学もチェックしてみてください。
英語の雑学・豆知識を見てみる →参考文献
- Medeiros, S. L. S., et al. (2021). Cyclic alternation of quiet and active sleep states in the octopus. iScience, 24(4), 102223. 論文を見る
- Pophale, A., Shimizu, K., Mano, T., et al. (2023). Wake-like skin patterning and neural activity during octopus sleep. Nature, 619, 129–134. 論文を見る
- Ramos, E. A., Steinblatt, M., Demsey, R., Reiss, D., & Magnasco, M. O. (2023). Abnormal behavioral episodes associated with sleep and quiescence in Octopus insularis: Possible nightmares in a cephalopod?(プレプリント・査読前). bioRxiv. 論文を見る