面接や大事なプレゼンの前、トイレの個室で両手を腰に当てて胸を張る——そんな仕草を聞いたことはないでしょうか。「2分間、力強い姿勢を取るだけでホルモンが変わり、自信が持てる」。2010年に発表されたこの研究は、心理学史上でも指折りの知名度を得ました。

しかしその後、200人を対象にした大規模な追試を皮切りに、この分野は科学的な検証の格好の材料になっていきます。ホルモンは本当に変わったのか。効果はどこまで本物で、どこからが再現されなかったのか。6本の論文をたどりながら、"パワーポーズ"をめぐる十数年の攻防を追います。

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なぜ"パワーポーズ"はここまで広まったのか

人間や動物は、力を持っているときは体を大きく開く拡張的な姿勢(expansive posture)を、力を持たないときは体を縮める収縮的な姿勢(contractive posture)を取る傾向があるとされています。ガッツポーズで両手を広げる勝者と、うなだれて肩を落とす敗者を思い浮かべれば分かりやすいでしょう。

ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・カディらの研究チームは、この関係を逆向きに使えないか、つまり「姿勢を変えれば、心と体のほうが後から追いついてくるのではないか」という問いを立てました。この着想は、のちに数千万回再生されたTEDトークを通じて世界中に広まり、就職面接や商談の前に力強いポーズを取るという習慣が、ビジネス書や自己啓発の文脈で一気に定着していきます。

その出発点になったのが、2010年に学術誌『Psychological Science』に掲載された、たった42人を対象にした実験でした。

実験:42人が挑んだ最初の検証

Carney、Cuddy、Yapの3人による2010年の研究では、参加者42人をランダムに2グループへ振り分けました。

ポーズを取る前後で唾液サンプルを採取し、テストステロン(攻撃性や支配性に関わるホルモン)コルチゾール(ストレスホルモン)の濃度を測定。あわせて「自分がどれくらい力強く感じるか」という主観的な評価と、少額の現金を賭けるかどうかを選ばせるリスク許容度の課題にも取り組んでもらいました。

結果は劇的でした。高権力ポーズ群は低権力ポーズ群と比べて、テストステロンが上昇しコルチゾールが低下、自分を力強く感じる度合いも、リスクを取る行動も増えていたと報告されたのです。「2分間、姿勢を変えるだけで、体の中身まで書き換わる」——このメッセージが世界的な注目を集めた理由がよく分かります。

結果:自信は上がった、しかしホルモンは……

大きな注目を集めた研究には、大きな検証がついて回ります。スイスとスウェーデンの研究チームによるRanehillら(2015)の追試は、元の研究の4.7倍にあたる200人を集め、実験者が参加者の割り当て条件を知らないまま進める盲検デザインを採用しました。事前の統計的検討では、Carneyらが報告した大きさの効果があれば95%以上の確率で検出できる設計だったとされています。

結果は、部分的な一致と、明確な不一致に分かれました。

測定した項目2010年の元研究(N=42)2015年の追試(N=200)
自分が力強く感じる度合い(主観)高権力ポーズ群で上昇再現された
テストステロン・コルチゾール高権力ポーズ群で有意に変化再現されず
金銭を賭けるリスク行動(3課題)高権力ポーズ群で増加いずれも再現されず

「力強く感じるかどうか」という主観的な感覚だけは一貫して確認できたものの、当初もっとも話題になったホルモン変化と、実際の行動の変化については、大きく人数を増やした検証で消えてしまったのです。

図1:元の研究と追試の、参加人数の違い
42人 200人 2010年の元研究 2015年の追試 多い 0
追試は元の研究のおよそ4.7倍の人数と、実験者が条件を知らない盲検デザインで行われた。それでもホルモンと行動の効果は確認できなかった。
出典:Carney, Cuddy & Yap (2010)、Ranehill et al. (2015) の参加人数をもとに作図
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なぜ結果が分かれたのか

追試の発表を受けて、Carney、Cuddy、Yapの3人自身が2015年に反論・整理の論文を発表します。彼らは、自分たちの2010年の研究以前に7本、以後に24本、合計33本の関連研究が発表されていたことを示し、実験条件の違い(ポーズの種類、参加者に見られているかどうかなど)が結果を左右する調整要因になっている可能性を指摘しました。

ところが、この「33本の研究を根拠にする」という主張自体に、さらに踏み込んだ検証が入ります。Simmons & Simonsohn(2017)は、p値カーブ分析(p-curving)と呼ばれる統計手法で、この33本の研究のp値(=偶然では説明できない、と判断する基準となる統計指標)の分布を調べました。その結果、分布の形は「本当の効果はゼロで、都合の良い結果だけが選ばれて発表された(=出版バイアス)場合」に予想される形と見分けがつかなかったと報告されています。つまり、効果を裏づけているように見えた33本の研究の集まり自体が、統計的には効果の証拠になっていなかった、という手厳しい指摘です。

その後もオランダの研究チームによるRonayら(2017)の追試など、ホルモンや行動面での再現に失敗する報告が積み重なっていきます。

図2:"パワーポーズ"論争、10年間の流れ
2010 42人で発表 TEDで拡散 2015 200人で追試 ホルモン再現せず 2015 著者らが反論 33研究を整理 2017 p値分析で 出版バイアス指摘 2020年:73研究のメタ分析が、効果の所在を「縮こまらないこと」へ整理し直す(図の続きは本文参照)
2010年の発表から2017年のp値分析まで、検証のたびに「確からしいこと」の範囲が狭まっていった。
Carney et al. (2010)、Ranehill et al. (2015)、Carney et al. (2015)、Simmons & Simonsohn (2017) の内容をもとにしたイメージ図(実測値ではありません)

この話、こう使える

ここで終わると「パワーポーズは幻だった」という後味の悪い話で終わってしまいますが、その先にもうひとつ重要な研究があります。デンマークの研究チームによるElkjærら(2020)は、5,819件の文献から絞り込んだ73本の研究をまとめたメタ分析(=複数の研究結果を統計的に統合する手法)を発表しました。

そこで分かったのは、姿勢と気分・行動のつながり自体は、統計的にしっかり残っているという点です。ただしその内訳が興味深いものでした。

💡 効果は「やる」側ではなく「やめる」側にあった 拡張的な姿勢を中立姿勢と比べた効果量はg=0.06とごくわずかだったのに対し、収縮的な姿勢を中立姿勢と比べた効果量はg=0.45と、はっきり大きな値でした。つまり効いていたのは「胸を張って力強いポーズを取ること」ではなく、「体を縮めて縮こまった姿勢を避けること」だった、という整理です。

面接やプレゼンの前に、無理にガッツポーズのような姿勢を作り込む必要はなさそうです。それよりも、緊張して猫背になったり、腕を組んで体を縮めたりしていないかを意識するほうが、研究の裏づけに沿った現実的な対策と言えます。英語のスピーチや面接練習をするときも、背筋を伸ばして声を出すだけで、姿勢由来の緊張は減らせるかもしれません。実践練習には瞬間英作文トレーニングで声に出す習慣をつけておくと、本番でも姿勢と発話の両方に余裕が生まれやすくなります。

注意点:この研究の限界

⚠️ 「主観的な自信」が上がったこと自体は、複数の研究で支持されている 再現されなかったのはホルモンと行動面の効果です。「自分が力強く感じる」という主観的な感覚は、Ranehillらの追試を含め繰り返し確認されています。ただしこの感覚が、姿勢そのものの効果なのか、「パワーポーズという言葉を知っている」ことによる期待や思い込み(プラセボ的な要素)を含んでいるのかは、研究間でも意見が分かれています。

よくある質問

パワーポーズは「完全に効果なし」だと証明されたのですか?
「完全に無」とまでは言い切れません。200人規模の追試(Ranehill et al., 2015)でも「自分が力強く感じるか」という主観的な感覚は再現されました。再現されなかったのは、テストステロン・コルチゾールというホルモン変化と、実際にリスクを取る行動の3つの課題です。さらに2020年の73研究のメタ分析(Elkjær et al.)では、力強いポーズを「する」ことよりも、縮こまった姿勢を「しない」ことのほうが、気分への影響がはっきり大きいと報告されています。効果がゼロというより、当初考えられていた仕組みとは別の場所にあった、というのが現時点の理解です。
なぜ最初の2010年の実験では、あれほどはっきりした効果が出たのですか?
断定はできませんが、有力な説明のひとつが出版バイアスです。SimmonsとSimonsohnが2017年に発表したp値分析(p-curving)では、2010年の研究を含む33本の関連研究のp値の分布が、「本当の効果はゼロで、たまたま有意になった結果だけが選ばれて発表された場合」に予想される分布と見分けがつかなかったと報告されています。加えて42人という比較的小さな人数では、偶然のばらつきが結果に強く影響しやすいことも指摘されています。
姿勢を正すこと自体に、心理的な意味はないのでしょうか?
そこは否定されていません。Elkjærらの2020年のメタ分析では、姿勢が気分や行動に与える影響全体としては、むしろ一貫した差が見られています。ただしその中身をよく見ると、「胸を張って力強いポーズを取る」ことの上乗せ効果は小さく(効果量g=0.06)、「縮こまった姿勢を避ける」ことの効果ははっきり大きい(効果量g=0.45)という内訳でした。つまり姿勢と心の状態のつながり自体は残っており、力点が「誇張したポーズ」から「猫背を避けること」へ移った、と捉えるのが実情に近いでしょう。
📌 今日の3行まとめ 2010年の"パワーポーズ"研究は、200人規模の追試でホルモンと行動の効果が再現されませんでした。
背景には出版バイアスの存在が指摘されており、有名になった33本の研究の集まり自体、統計的には効果の証拠と言えないものでした。
それでも姿勢と心のつながりは消えておらず、2020年のメタ分析は「力強いポーズを取る」より「縮こまらない」ことのほうが効くと整理しています。

こうした「話題になった研究が、あとから覆されたり整理し直されたりする」プロセスは、心理学のニュースを読むときに知っておいて損はありません。似たテーマとして、0.1秒で決まる第一印象の科学"決断疲れ"をめぐる10年論争も、当サイトのサイエンスラボで扱っています。

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参考文献