"right"と"light"、"collect"と"correct"。日本語話者にとって、英語のRとLの聞き分けは長年「一生かかっても無理」とすら言われてきた壁です。ラ行の発音がその中間あたりにある日本語話者の耳には、この2つの音が同じに聞こえてしまう——そう思っている人は多いのではないでしょうか。

ところが、インディアナ大学のグループが1990年代に行った一連の実験は、この壁が完全に固定されたものではないことを示しました。成人の日本人学習者6名が、たった15回のコンピューター上の訓練を受けただけで、識別できる正答率は78.1%から85.9%まで上昇。しかも効果は訓練で使っていない新しい単語や、聞いたことのない話者の声にまで広がっていました。

「聞き分けられる・られない」を分けているのは、生まれつきの耳の良し悪しではなく、訓練のやり方かもしれない——論文5本をもとに、この"高変動音声トレーニング(High Variability Phonetic Training, HVPT)"の中身を追いかけます。

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なぜ日本人はRとLを聞き分けにくいのか

赤ちゃんは生まれた直後、世界中どの言語の音の違いも聞き分けられる状態だと考えられています。ところが生後10〜12か月ごろになると、自分の周りで話されている言語(母語)にない音の違いには反応しにくくなっていきます。ワシントン大学のPatricia K. Kuhlは2000年の論文で、この現象を神経的なコミットメント(neural commitment=母語の音の並びに脳の回路が"最適化"されてしまうこと)と呼び、一度できあがった音の記憶(カテゴリー)は磁石のように周りの似た音を引き寄せてしまう知覚magnet効果があると説明しました。

日本語には英語のRとLに相当する音の区別がなく、ラ行の子音1つでその範囲をカバーしています。そのため日本語話者の脳は、育つ過程でRとLの音響的な違いを「同じラ行」として一つにまとめて処理するよう最適化されてしまう、という理屈です。

問題は、この最適化が大人になっても絶対に変えられないのかという点でした。それを実際に確かめたのが、次に紹介する一連の訓練実験です。

I need to collect the correct data.
正しいデータを集める必要があります。
collect(集める)とcorrect(正しい)は、どちらも語頭近くにRとLが並ぶ、日本語話者が特に苦手とする組み合わせです。実験でも、こうした最小対(発音が1音だけ違う単語ペア)が繰り返し使われました。

実験:6人の日本人学習者に15回の訓練をした

この分野の出発点になったのが、Joan S. Logan、Scott E. Lively、David B. Pisoniがインディアナ大学で行い、1993年に『Journal of the Acoustical Society of America』誌に発表した実験です(最初の報告は1991年)。

参加したのは、渡米して間もない成人の日本人学習者6名。彼らは単語の中の音を聞いて「Rか、Lか」を答えるコンピューター上の識別課題を、1回あたり数十分、合計15セッションにわたって受けました。使われた単語は語頭の単独子音("right"のような形)だけでなく、"correct"のような子音クラスターや、"belly"のように母音に挟まれた位置など、さまざまな音の環境から選ばれた68組の最小対。しかも5人の異なる話者が録音した音声が使われ、答えるたびに正解・不正解のフィードバックがその場で返される仕組みでした。

💡 この実験デザインが面白い理由 もし1人の先生の声だけで練習していたら、学習者はその人特有の"声のクセ"を手がかりにして正解できるようになるだけかもしれません。あえて5人の声を混ぜる(高変動性)ことで、話者が変わっても通用する、音そのものの本質的な違いを学ばせようとしたのがこの実験の狙いです。

結果:78.1%が85.9%まで伸び、知らない声にも通用した

訓練前後で同じ単語を使った識別テストを比べたところ、正答率は78.1%から85.9%まで有意に上昇し、答えるまでの反応時間も短くなっていました。

図1:訓練前後の識別正答率の変化
78.1% 85.9% 訓練前 (pretest) 訓練後 (15セッション後) 100% 0%
わずか15回の識別訓練で、正答率は7.8ポイント上昇した。
出典:Logan, Lively & Pisoni (1991/1993) の実験結果をもとに作図

さらに重要なのは、この効果が訓練で使った単語・話者に限られなかったことです。同じ研究チームがLively, Logan & Pisoni (1993)として発表した続報では、訓練に登場しなかった新しい単語や、聞いたことのない話者の声に対しても、識別成績の向上が確認されました。声のクセを丸暗記したのではなく、RとLの本質的な違いそのものを学び直していたことになります。

この学習は一時的なものでもありませんでした。Livelyら(1994)が行った追跡調査では、訓練終了から3か月後に再テストしたところ、成績の低下はわずか約2ポイントにとどまり、獲得した聞き分け能力はほぼそのまま維持されていたと報告されています。

では、聞き分けが良くなれば発音も一緒に良くなるのでしょうか。Bradlow, Pisoni, Akahane-Yamada & Tohkura (1997)は、同じ訓練を受けた学習者の発話も録音し、ネイティブの英語話者に聞かせて評価する実験を行いました。

測定した能力訓練前後の伸び
知覚(聞いてR/Lを識別する力)+16.33ポイント
発話(R/Lを正しく発音する力)+5.80ポイント

発話でも有意な改善が見られ、しかもネイティブ話者による評価では、訓練から3か月後の録音でもその改善が保たれていたと報告されています。ただし数値が示すとおり、聞き取りの伸びに比べると、話す力への波及効果は控えめだったことも同時に分かります。

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なぜこうなるのか

鍵になっているのは、この一連の実験に共通する「複数の話者を混ぜて訓練する」という設計だと考えられています。1人の声だけで練習すると、脳はその人固有の声の高さや癖といった手がかりに頼って正解できるようになってしまいます。ところが話者を何人も混ぜられると、そうした個人差に頼る近道が使えなくなり、声が変わっても消えない、音そのものの本質的な違いを拾い出すしかなくなる——これが新しい単語や未知の話者にまで効果が広がった理由だと説明されています。

図2:「1人の声」と「複数の声(高変動)」で訓練したときの違い(イメージ図)
❶ 話者1人の声だけで練習した場合 話者Aの声 声のクセに頼った判断 → 声が変わると通用しにくい ❷ 複数話者(高変動)で練習した場合 話者A 話者B 話者C 声によらない境界線 (R/Lの本質的な違い) → 声が変わっても通用する ※ 音響データではなく、考え方を示すイメージ図
同じ訓練回数でも、複数の話者を混ぜるかどうかで学習の中身が変わると考えられている。
Lively, Logan & Pisoni (1993) が示した「話者の変動性」の役割をもとにしたイメージ図(実測値ではありません)

Sakai & Moorman (2018)は、この種の知覚訓練を扱った過去25年分の研究をまとめたメタ分析(=多数の研究結果を統計的に統合する手法)を発表しています。そこでは、訓練による知覚面の改善は効果量0.92(中〜大程度)、発話面の改善は効果量0.54(小〜中程度)と報告されました。聞く力のほうが、話す力より先に、そして大きく伸びるという今回の実験の傾向は、単発の結果ではなく複数の研究に共通するパターンだったことになります。

この話、こう使える

研究がそのまま教えてくれるのは、「才能」や「耳の良さ」ではなく「訓練の設計」を変えればいいという点です。具体的に日々の学習へ落とし込むなら、次の形が近道になります。

⚠️ よくある思い込み:「日本人の耳は一生RとLを聞き分けられない」 この言い方は、今回紹介した一連の研究が示した範囲を超えています。実際に示されたのは「特定の条件の訓練を積めば、成人になってからでも識別力は伸びる」ということであり、「何もしなくても自然に聞き分けられるようになる」わけではないという点です。英語圏に長く住んでいても、意識的な訓練やフィードバックのない受け身の聞き流しだけでは、同じだけの伸びは期待しにくいと考えられます。

注意点:この研究の限界

よくある質問

大人になってからでも、RとLを聞き分ける耳は本当に変わりますか?
変わるという報告があります。Loganら(1991)の実験に参加したのは全員成人の日本人学習者で、15回のコンピューター上の訓練だけで識別率が78.1%から85.9%まで伸びました。その後の研究では、新しい単語・話したことのない話者の声にも効果が広がり(Livelyら, 1993)、3か月後の追跡調査でも成績はほとんど落ちていませんでした(Livelyら, 1994)。「臨界期を過ぎたら一生無理」と言い切るのは、この一連の研究が示した範囲を超えた解釈です。
具体的にはどんな練習をすれば同じ効果が期待できますか?
研究で使われたのは、light/rightのような最小対の単語を複数の話者の声で聞き、正解か不正解かをその場で確認する識別訓練でした。ポイントは「複数の話者の声で練習する」こと(高変動性)と、「聞いた直後に正誤のフィードバックを得る」ことの2点です。1人の先生の声だけを聞き流すより、映画・ポッドキャスト・アプリなど複数の声に触れながら、答え合わせができる教材を使うほうが研究の条件に近づきます。
聞き分けられるようになれば、発音も自然によくなりますか?
一部は良くなりますが、聞き取りほど劇的ではないというのが研究の答えです。Bradlowら(1997)の実験では、同じ訓練で知覚の正答率は16.33ポイント伸びた一方、発話の正確さの伸びは5.80ポイントにとどまりました。Sakai&Moorman(2018)が25年分の研究をまとめたメタ分析でも、知覚の伸び(効果量0.92)は発話の伸び(効果量0.54)より大きいと報告されています。聞き取りが伸びても、話す練習は別に必要ということです。

今日の3行まとめ

📌 これだけ持ち帰ってください 「日本人の耳はRとLを一生聞き分けられない」は言い過ぎ。複数の話者の声で、正誤をすぐ確認する訓練を数週間続けると、識別率は確実に上がる。ただし聞き取りが伸びても発音は別メニューで鍛える必要がある。

発音そのものを鍛え直したい人は、発音矯正・7つの音のガイドもあわせてどうぞ。今日の記事で紹介した「複数話者」「即フィードバック」の考え方を、具体的な練習メニューに落とし込んでいます。

🎧 今日から始める「聞き分け直し」トレーニング

今日の記事のポイントは、複数の声を混ぜて、答え合わせをすること。まずは自分がどの音で迷いやすいかを知るところから始めましょう。

発音矯正・7つの音を見る →

参考文献