お化け屋敷の列に、悲鳴を上げながらもう一度並び直す人がいます。ホラー映画を「怖くて無理」と言いながら、次の新作も結局見てしまう人もいます。お金と時間を払ってまで、人はなぜわざわざ怖い思いをしたがるのでしょうか。

デンマーク・オーフス大学の研究チームが2020年に発表した実験は、実際のお化け屋敷に来た110人に心拍計を装着させ、部屋ごとの恐怖と楽しさを記録するという、なんとも大がかりな方法でこの謎に挑みました。

結果として浮かび上がったのは、"楽しさ"にはちょうどいい怖さのゾーンがあるという関係でした。さらに関連する研究では、こうした"あえて怖がる"傾向が強い人ほど、コロナ禍の心理的なダメージが小さかったという報告もあります。3本の論文から、恐怖を楽しむ心理を読み解きます。

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なぜ人はわざわざ怖がるのか

本来、恐怖は危険から身を守るための感情です。心拍数が上がり、汗が出て、逃げるか戦うかの準備をする。生き延びるための仕組みとしては合理的ですが、そこには一つの矛盾があります。不快な感情のはずなのに、多くの人がそれをお金を払ってまで求めているという点です。

この矛盾は心理学の世界で「ホラーのパラドックス」と呼ばれ、長く議論されてきました。近年、この問いに正面から取り組んでいるのが、オーフス大学のRecreational Fear Lab(娯楽としての恐怖研究所)です。Marc Malmdorf AndersenとMathias Clasenらが率いるこの研究チームは、実験室の外に出て、実際にお化け屋敷を訪れる人たちを観察するという方法をとりました。

「怖がりたい人だけが行く場所」で何が起きているのかを、心拍数という客観的な指標で追いかけたわけです。

実験:110人の心拍数を測ったお化け屋敷

調査の舞台は、デンマーク・ヴァイレにある商業施設のお化け屋敷「Dystopia」。研究チームは12歳から57歳までの来場者110人に心拍計を装着してもらい、監視カメラの映像とあわせて、施設内を歩く様子を記録しました。

単に「怖かった/楽しかった」を聞くだけでなく、心拍数という身体反応と、本人の主観的な評価を突き合わせるのがこの実験の肝です。怖さと楽しさは、果たして同じように動くのか、それとも別々の動き方をするのか。それを確かめようとしました。

図1:恐怖の強さと"楽しさ"の関係
楽しさ最大 "ちょうどいい怖さ"のゾーン 怖さ弱い 怖さ中くらい 怖さ強すぎ 楽しい 楽しくない
恐怖がまったくない体験も、強すぎる体験も「楽しい」とは評価されにくく、ほどよい強さの恐怖でいちばん楽しさが高くなるという関係が報告されている。
Andersen et al. (2020) で報告された傾向をもとにしたイメージ図(具体的な数値は実測値ではありません)

結果:"楽しさ"には逆U字のちょうどいいゾーンがあった

報告によると、心拍数の大きな乱高下(ジャンプスケアのような瞬間的な急上昇)は、本人が申告する「怖さ」とほぼ比例して大きくなっていました。怖い場面ほど、素直に心拍数も跳ね上がっていたわけです。

ところが「楽しさ」の側は、様子が違いました。心拍の小刻みな変動の大きさに対して、楽しさの評価は山型(逆U字)の関係を描いていたと報告されています。心拍がほとんど動かない静かな場面はつまらなく評価され、逆に大きく乱れすぎる場面も楽しさは下がる。ちょうどよく心拍が乱れた場面が、いちばん「楽しかった」と評価されていたのです。

研究者たちはこの現象を「フィアーのスイートスポット(ちょうどいい怖さの一点)」と呼んでいます。恐怖そのものが快感なのではなく、強すぎず弱すぎない恐怖が、いちばん楽しさにつながっていたということです。

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なぜこうなるのか

研究者たちが提案している説明の一つが「安全な枠(protective frame)」という考え方です。お化け屋敷で襲ってくるモンスターは怖いけれど、頭のどこかでは「これは作り物で、出口もあり、自分は安全だ」と分かっています。脳が危険信号を発しながらも、同時に「本当は安全」という文脈情報も処理している——この二重構造こそが、恐怖を楽しみに変える鍵だと考えられています。

たとえるなら、綱渡りの芸を安全ネットの上で見るようなものです。落ちるかもしれないという緊張感は本物ですが、下にネットがあると分かっているから、手に汗を握りながらも楽しめる。ネットがなければただの恐怖、綱がなければただの退屈です。

もう一つ興味深いのは、こうした「怖いもの」への引かれ方には、人によって大きな個人差があることです。シカゴ大学のColtan Scrivnerは2021年、『Personality and Individual Differences』誌に、危険な情報そのものへの関心の強さを測る「モービッド・キュリオシティ(不穏なものへの好奇心)尺度」を発表しました。24項目からなるこの尺度は、危険な人物の心理・身体的な暴力や死・超常現象といった複数の領域にわたる好奇心を測るもので、この関心の強さが個人によってはっきり異なる、安定した性格特性であることを示しています。

図2:恐怖が"楽しさ"に変わる仕組み(概念図)
脅威の合図 (モンスターが出る) 安全の文脈と統合 (作り物・出口がある) 興奮の解釈 "楽しい" と感じる
危険の合図と「実は安全」という文脈情報が同時に処理されることで、身体の興奮が恐怖ではなく楽しさとして解釈される、という考え方が提案されている。
Recreational Fear Labが提案する「安全な枠」の考え方をもとにしたイメージ図(実測値ではありません)

この話、こう使える

この"ちょうどいい怖さ"の理屈は、お化け屋敷やホラー映画だけの話ではなさそうです。ScrivnerらはColtan Scrivner, John A. Johnson, Jens Kjeldgaard-Christiansen, Mathias Clasenの4名で、2021年に『Personality and Individual Differences』誌に、コロナ禍初期の2020年に実施した調査を発表しています。310人を対象にしたこの調査では、ホラー映画への関心が強い人ほど、パンデミックに対する心理的な落ち込み(distress)の自己申告が低いという関連が報告されました(統計的に有意な差、p=.006)。さらに、ゾンビ・侵略・終末もの(いわゆる「プレッパー・ジャンル」)のファンは、レジリエンス(心理的な立ち直りの強さ)だけでなく、実際の備えの準備度も高かったとされています。

💡 なぜこんな関連が生まれるのか 研究者たちが提案している一つの解釈は、フィクションの中の脅威が、現実の脅威への"シミュレーション"として機能しているというものです。安全な枠の中で「もし危機が来たら」を疑似体験しておくことが、実際に危機が来たときの心の準備になっている可能性がある、という考え方です。

日常生活への応用として言えるのは、「怖い・不安なもの」を完全に避けるのではなく、安全にコントロールされた形で少しずつ触れておくことの価値です。これはホラー映画に限らず、人前で話す練習、少し難しい教材に挑む、初対面の人と話す——といった、"ちょうどいい負荷"をかける体験全般に通じる考え方です。負荷がゼロでは何も鍛えられず、負荷が大きすぎれば嫌になってやめてしまう。楽しく続けられるのは、いつも「ちょうどいい」あたりです。実際、当サイトのサイエンスラボで扱ってきた学習法の研究の多くも、この「ちょうどいい負荷」を軸にしています。

注意点:この研究の限界

⚠️ 医療・健康に関する注意 この記事は一般的な心理学研究の紹介であり、不安障害・パニック障害・トラウマ体験がある方への助言ではありません。恐怖を伴う体験に不安を感じる場合は、無理に試さず、心配な症状があれば医療機関に相談してください。

よくある質問

ホラーが苦手な人にも、この"ちょうどいい怖さ"は当てはまりますか?
研究の参加者はもともとお化け屋敷に足を運ぶことを選んだ人たちで、いわば"怖いもの好き"に近い集団でした。逆U字の関係は、あくまで「怖がることを楽しめる状態にある人」の中で成り立つパターンだと考えるのが妥当です。恐怖そのものが苦手な人に無理に体験させても、同じ効果が出るとは限りません。楽しめる強度は人によって大きく違う、という点はこの研究も注意点として指摘しています。
ジェットコースターや絶叫マシンにも同じ理論は当てはまりますか?
直接調べた研究ではありませんが、研究者たちが提案する「安全な枠の中で怖さを味わう」という考え方(protective frame theory)は、絶叫マシンやスカイダイビングのような他の"リクリエーショナル・フィアー"にも応用できる可能性があるとされています。共通しているのは、危険そのものではなく「自分は安全だと分かったうえで、危険らしきものを体験する」という構造です。ただし個別の実証研究は今後の課題とされています。
子どもを怖い体験に連れて行くのは良くないのでは?
この記事で紹介した実験は12歳から57歳までの一般来場者を対象にしたもので、研究チーム自身が子どもに怖い体験を推奨しているわけではありません。何を"怖すぎる"と感じるかは年齢や個人差が大きく、本人が嫌がっているのに無理に体験させることは推奨できません。不安障害やトラウマの経験がある場合は、この記事の内容を自己判断の根拠にせず、専門家に相談してください。

今日の3行まとめ

📌 これだけ持ち帰ってください お化け屋敷で心拍数を測った実験で、"楽しさ"は"ちょうどいい怖さ"のところでピークになる逆U字の関係にあることが分かりました。
ホラー好きや"モービッド・キュリオシティ"が強い人ほど、コロナ禍でも心理的な落ち込みが小さかったという報告もあります。
安全な枠の中で"軽く"怖がる体験は、日常のストレスへの練習になっている可能性があります。

「怖いのに楽しい」に限らず、意外な研究結果に興味が湧いた人はサイエンスラボの記事一覧もあわせてどうぞ。ちょっとした話のネタが欲しいときは英語の雑学・豆知識もおすすめです。

🎯 "ちょうどいい負荷"を、自分の学習にも

怖いもの見たさも、新しい語学への挑戦も、根っこにあるのは同じ好奇心です。自分に合った"ちょうどいい"学習スタイルを知りたくなったら、英語学習タイプ診断を試してみませんか。

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参考文献