在宅勤務にすると、社員はサボるようになるのか。それとも、思っている以上にまじめに働くようになるのか。この問いは、新型コロナ禍よりずっと前から、経営者と労働経済学者を悩ませてきました。

中国の大手旅行会社のコールセンターで行われた無作為化実験では、在宅勤務にした社員の生産性がおよそ13%上がっていました。ところがその数年後、6万人以上のMicrosoft社員を分析した研究では、会社全体を在宅勤務にすると、社員どうしのつながりが目に見えて希薄になっていたことが報告されています。そして最新の実験が示したのは、"週2日だけ在宅"というハイブリッド勤務が、生産性を落とさずに離職率を大きく下げていたという結果でした。在宅勤務を巡る3つの大規模研究を、実際のデータとともにたどっていきます。

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なぜ「在宅勤務は生産性を上げるのか下げるのか」に決着がつかないのか

この論争がこじれてきた理由のひとつは、多くの意見がデータではなく印象にもとづいていたことです。管理職の側には「目の届かない場所にいる部下は、きっとサボっている」という直感的な不安があります。一方で在宅勤務を経験した側には「通勤がなくなって、むしろ仕事がはかどる」という実感があります。どちらも個人の体験談としては本当でも、組織全体でどちらが優勢なのかは、体験談だけでは分かりません。

新型コロナ禍は、在宅勤務を巡る巨大な自然実験になりました。ただし、その時期のデータには休校や外出制限、感染への不安といった要因が同時に混ざり込んでいます。「在宅勤務そのもの」の効果を取り出すには、それ以外の条件をできるだけそろえたうえで比較する必要があります。以下で紹介する3本の研究は、いずれもこの"条件をそろえる"工夫に力を入れてきたものです。

実験:コールセンターの無作為化実験から、6万人のネットワーク分析まで

1本目は、スタンフォード大学のNicholas Bloomらが2015年に『Quarterly Journal of Economics』誌で発表した、在宅勤務研究の中でも特に有名な実験です。舞台はCtrip(現Trip.com)という、上海に拠点を置くNASDAQ上場のオンライン旅行代理店。航空券・ホテル予約を扱うコールセンター部門の社員996名のうち、在宅勤務に関心があった503名から、勤続6か月以上・自宅にブロードバンド回線と仕事用の個室があることという条件を満たした249名が対象になりました。

ここからが研究として巧みな点です。対象者は誕生日が偶数日か奇数日かによって、在宅勤務グループとオフィス勤務グループに無作為に割り振られました。本人の希望や上司の評価で決めるのではなく、誕生日というランダムな基準で分けることで、「もともと優秀な人ほど在宅を選ぶ」といった偏りを排除しています。実験期間は9か月間でした。

2本目は、Microsoft ResearchのLongqi Yang・David Holtzらが2022年に『Nature Human Behaviour』誌で発表した研究です。同社の米国従業員61,182名について、2020年前半のメール・カレンダー・チャット・通話・会議時間などの業務データを分析しました。同年3月に会社全体が在宅勤務に切り替わったため、その前後を比較する形で、「全社が一斉に在宅になる」ことの影響を調べています。

3本目は、Bloomが同じくTrip.comで2024年に『Nature』誌に発表した続編にあたる実験です。上海の航空券部門・IT部門の社員1,612名を対象に、今度は誕生日の偶数・奇数で「週5日出社」と「水・金だけ在宅のハイブリッド勤務」に割り振る、6か月間の無作為化比較試験が行われました。完全在宅ではなく、ハイブリッド勤務を検証した点が2015年の実験との大きな違いです。

💡 3本の研究がそれぞれ見ている角度 1本目は「個人の生産性」、2本目は「組織内のつながり」、3本目は「離職率と長期的な評価」。同じ"在宅勤務"というテーマを、違う指標・違う設計で測っているからこそ、3本を重ねて見ると全体像が立ち上がってきます。

結果:個人の生産性は伸びたが、組織のつながりは細くなっていた

まずCtripの実験です。9か月後、在宅勤務グループの生産性は、オフィス勤務グループよりおよそ13%高くなっていました。研究チームはこの差をさらに分解しています。9%分は勤務時間そのものの増加(休憩や病欠が減ったことによるもの)、残り4%分は1分あたりの応対件数の増加で、自宅のほうが静かで集中しやすい環境だったためと分析されています。

要因内容生産性への寄与(概数)
勤務時間の増加休憩・病欠の減少で、実質的な稼働時間が伸びた+9%
応対効率の上昇静かな環境で、1分あたりの応対件数が増えた+4%
合計在宅勤務グループ全体の生産性の伸び+13%
図1:Ctripのコールセンター実験、9か月後の生産性の差
100 約113 オフィス勤務 在宅勤務 (基準値) 勤務時間+9% 応対効率+4% 120 100 80 60
オフィス勤務を100とした指数で見ると、在宅勤務グループは約113。差の大半は「勤務時間の増加」で説明できるとされている。
出典:Bloom, Liang, Roberts & Ying (2015) の報告値をもとに作図

さらに同じ論文では、在宅勤務グループの離職率がほぼ半減し、仕事の満足度も高かったと報告されています。ところが一点だけ、意外な結果もありました。成績が同じでも、在宅勤務者の昇進率はオフィス勤務者より低かったのです。生産性では勝っていたのに、評価では割を食っていたことになります。

次にMicrosoftの分析です。2020年3月に全社が一斉に在宅勤務へ切り替わった後、社員どうしのコラボレーションネットワークがより静的で"サイロ化"(部署ごとに閉じてしまうこと)し、異なるグループをまたぐ橋渡し役のようなつながりが細くなっていたと報告されています。あわせて、リアルタイムの通話や会議は減り、メールやチャットのような非同期のやり取りへと比重が移っていました。

図2:全社一斉の在宅勤務で、組織内のつながりに起きたこと
❶ 出社が中心の時期 部署(色)をまたぐ線が多い ❷ 全社一斉の在宅勤務 部署内だけで固まり、橋渡しの線が消えた
同じ色は同じ部署のメンバー。出社が中心の時期は部署をまたぐつながり(線)があったが、全社一斉の在宅勤務ではその橋渡しが目に見えて減っていた。
Yang, Holtz, Jaffeら(2022)が報告した傾向をもとにしたイメージ図(実測のネットワーク図ではありません)

最後にTrip.comの2024年の実験です。週5日出社グループと、水・金だけ在宅のハイブリッド勤務グループを6か月間比較したところ、ハイブリッド勤務グループの離職率はおよそ3分の1少なくなっていました。特に非管理職、女性社員、通勤時間が長い社員でその差がはっきりしていたと報告されています。一方で、その後2年間にわたる人事評価のスコアを比較すると、2つのグループのあいだに統計的な差は見られませんでした。つまり、週2日の在宅は離職を防ぎながら、評価される成果は落とさなかったことになります。

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なぜこうなるのか

個人の作業効率が上がった理由は、比較的想像しやすいものです。自宅は同僚からの声かけや雑談で中断されにくく、休憩を自分のペースで取れるため、集中の質が上がりやすいと考えられます。Ctripの実験で「勤務時間そのものの増加」が生産性向上の大半を説明していたのも、通勤の負担や体調不良による欠勤が減り、そもそも働ける時間が増えたことが大きい、という解釈と整合的です。

一方で、組織内のつながりが細くなる現象は、少し違うメカニズムで説明されます。オフィスには、雑談や廊下ですれ違うといった、目的を持たずに発生する接触がたくさんあります。こうした"偶然の接触"は、自分の部署の外にいる人の存在や、他部署で起きていることを知るきっかけになりやすいものです。全員が完全に在宅になると、この偶然の接触がまるごと消え、やり取りは「用件があるときにメッセージを送る」という目的のはっきりした通信に置き換わります。その結果、必要な相手とは連絡が取れても、想定していなかった相手とのつながりは育ちにくくなる、というわけです。

ハイブリッド勤務がバランスを取れていたのは、この2つの効果をうまく両取りしているためだと考えられます。在宅の日には集中を要する作業を進め、出社の日には雑談や部署をまたぐ接触を確保する。週5日を丸ごとどちらかに振り切るのではなく、両方の日を意図的に残す設計が、生産性とつながりの両方を守っていた可能性があります。

この話、こう使える

ここまでの研究から見えてくる実務上のヒントを整理します。

在宅勤務で浮いた通勤時間を英語学習に充てているという声もよく聞きます。海外の同僚とのやり取りが増える働き方であれば、オンライン英会話のような隙間時間でも続けやすい学習手段や、ビジネス英語のフレーズ集を合わせてチェックしてみるのもおすすめです。

注意点:この研究の限界

⚠️ 「テレワークは効果なし」と結論づけるのは早計 Microsoft社員の分析だけを見て「在宅勤務は組織を壊す」と決めつけるのは、Ctripの実験の結果と矛盾します。この2つは測っている指標が違う(個人の生産性か、組織のつながりか)だけで、両方とも同時に正しい可能性があります。片方の研究だけをつまみ食いしないことが大切です。

よくある質問

在宅勤務なら誰でも生産性が上がるのですか?
研究が示しているのは限定的な条件下での結果です。Bloomらの実験の対象はコールセンター業務のような、成果が応対件数として定量化しやすい定型的な仕事でした。企画職やチームでの共同作業が中心の仕事では話が別で、Yangらの研究が示すように、むしろ組織内の情報共有が滞る可能性があります。仕事の性質によって結果は変わると考えるのが妥当です。
完全在宅と週数日のハイブリッドでは、どちらが良いのですか?
現時点の研究を総合すると、週2日程度のハイブリッド勤務が良いところ取りに近いという結果が出ています。2024年のTrip.com実験では、週2日在宅のハイブリッド勤務は離職率をおよそ3分の1減らしながら、その後2年間の人事評価による成果には統計的な差が出ませんでした。完全在宅の場合はMicrosoftの分析が示すように組織内のつながりが分断されるリスクが指摘されているため、出社日を一定残す設計のほうが安全という見方が有力です。
在宅勤務にすると、サボりは増えないのですか?
2015年のCtrip実験では、在宅勤務者の生産性はむしろ上がっていました。一方で、成績は同じでも在宅勤務者の昇進率は出社組より低かったと報告されています。研究チームは、上司の目が届きにくい場所にいることで正当に評価されにくくなる可能性を指摘しています。サボりよりも、正当に評価されるかどうかのほうが実務上の課題になりやすいと言えそうです。

今日の3行まとめ

📌 これだけ持ち帰ってください 個人の生産性は在宅で伸びやすいが、組織のつながりは在宅で細くなりやすい。
2つの効果は矛盾しているのではなく、同時に起きている別々の現象です。週2日前後のハイブリッド勤務は、この両方を両取りする設計として、離職率と成果の両面で良好な結果が報告されています。

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参考文献