「7」という数字を見るたびに赤が浮かぶ。「月曜日」という単語に緑を感じる。そんな人が、人口のおよそ23人に1人はいるとする研究があります。
この現象は共感覚(きょうかんかく=synesthesia)と呼ばれ、かつては「本人の思い込み」「比喩を大げさに語っているだけ」と疑われてきました。しかし1990年代以降、記憶実験や脳科学の手法が持ち込まれたことで、共感覚は再現性のある、測定可能な知覚の違いとして扱われるようになっています。しかも近年の研究では、この感覚を大人になってから訓練で身につけられる可能性まで報告されました。
文字や数字に色を感じるタイプの共感覚を中心に、何が確かめられていて、脳の中で何が起きていると考えられているのかを、論文をもとに追っていきます。
なぜ「文字に色が見える」なんてことが起こるのか
共感覚とは、ある感覚への刺激が、本来は結びつかないはずの別の感覚体験を自動的に呼び起こす現象を指します。文字や数字に色を感じる「書記素-色共感覚(grapheme-color synesthesia)」がよく知られていますが、音に色を感じる、味に形を感じるなど、報告されているタイプは60種類以上にのぼるとされています。
厄介なのは、この体験が完全に主観的だということです。「あなたには本当にその色が見えているのか、それとも比喩として言っているだけなのか」を、外から確かめる方法がなければ、科学として扱いようがありません。実際、20世紀半ばの心理学では、共感覚は主流の研究対象からほぼ外れていました。
この状況を変えたのが、「本物かどうかを客観的に見分けるテスト」の登場でした。
実験:「本物かどうか」をどう見分けるのか
1993年、Simon Baron-Cohenらのチームは『Perception』誌で、色聴(音に色を感じるタイプ)を報告する9名を対象にした実験を発表しました。参加者は130個の単語・フレーズ・文字を聞かされ、それぞれに感じる色を答えます。そして1年以上あとに、予告なしで同じ質問を繰り返しました。比較のために用意された対照群9名(年齢・IQ・記憶力を揃えたグループ)には、同じ単語リストを見せて色を関連づけてもらい、こちらは1週間後に、再テストがあると事前に伝えたうえで回答してもらっています。
ポイントは条件が共感覚者側に不利になるよう設計されている点です。共感覚者は「1年以上前」「予告なし」、対照群は「1週間後」「予告あり(つまり覚えておこうと意識できる)」。これでもなお差が出るなら、単なる記憶力の良さでは説明がつきません。
さらに2006年、Julia Simnerらのチームは『Perception』誌で、より大規模な調査を行いました。それまでの共感覚研究の多くは「自分は共感覚がある」と自己申告した人を対象にしていましたが、この研究は街頭で無作為に声をかけた1,000人超を対象に、自己申告に頼らず、客観的な一貫性テストで共感覚の有無を判定するという方法を取っています。
結果:数字が語る「見えている」証拠
Baron-Cohenらの実験結果は明確でした。共感覚者は、1年以上経ってから予告なしで聞かれたにもかかわらず、92.3%の項目で最初と同じ色を答えました。一方の対照群は、1週間後に予告されていたにもかかわらず、一致率は37.6%にとどまりました。条件は共感覚者側に不利だったにもかかわらず、結果はむしろ逆転していたのです。
| グループ | 再テストの条件 | 一致率 |
|---|---|---|
| 共感覚者(9名) | 1年以上後・予告なし | 92.3% |
| 対照群(9名) | 1週間後・事前に予告あり | 37.6% |
Simnerらの大規模調査では、自己申告に頼らない客観テストの結果、書記素-色共感覚だけでも人口の約4%、およそ23人に1人に見られると報告されました。それまで教科書的に語られてきた「2,000人に1人」という推定と比べると、実に88倍近い数字です。この差は、共感覚が実際に増えたのではなく、自己申告に頼らない調査方法によって、これまで見過ごされてきた人が可視化されたためだと考えられています。
加えて、Ramachandran&Hubbardは2001年、共感覚者2名を対象にした視覚探索の実験を報告しています。同じ形の文字がびっしり並ぶ中に、色だけが異なる文字で三角形の形が隠されている画像を見せたところ、共感覚者は対照群40名よりも速く形を発見できたというものです。共感覚者にとって、色の違いは「探さなくても勝手に見えてしまう」性質のものだったことになります。
なぜこうなるのか
Ramachandran&Hubbardが提唱したのがクロスアクティベーション仮説(交差活性化仮説)です。脳の紡錘状回(ぼうすいじょうかい)という領域には、文字や数字の形を認識する部位と、色を処理する部位(V4と呼ばれる領域)が、地図でいうお隣同士の位置に存在しています。
通常、これらの領域はそれぞれ独立して働きますが、共感覚者の脳では、この隣接した領域のあいだで本来なら起きないはずの信号のやり取りが起きているのではないか、というのがこの仮説の考え方です。乳幼児期には、脳のさまざまな領域のあいだに一時的に過剰な神経のつながりが存在し、成長とともに不要な結びつきが刈り込まれて整理されていきます。共感覚者では、この刈り込みが一部不完全なまま残り、文字や数字の情報が隣の色処理領域にも漏れて伝わっている可能性がある、と考えられています。
この仮説を裏付けるように、その後の脳画像研究では、共感覚者が文字を見たときに紡錘状回の色処理領域がより強く活動していることが報告されています。もっとも、単純な「隣接領域が漏れているだけ」という説明では説明しきれない現象も見つかっており、色処理の情報が別の経路(頭頂葉を経由する経路)を通っているタイプの共感覚者がいることを示す研究も出てきました。脳のメカニズムそのものは、まだ完全に一枚岩の説明では片づかない段階にあります。
この話、こう使える
共感覚は珍しい体質の話で終わらせてしまいがちですが、実はここから2つの実用的な示唆が持ち帰れます。
ひとつは、共感覚は後天的にも部分的に獲得できる可能性があるという点です。Daniel Borらのチームは2014年、共感覚を持たない成人14名に対し、13種類の文字と色の組み合わせを繰り返し関連づける訓練を数週間にわたって行いました。その結果、訓練を終えた参加者の多くが、実験室の外でも黒い文字を見ると色を感じるようになったと報告しています。これは、意図的に「色」や「イメージ」を情報にひもづける訓練が、記憶の定着を助ける可能性を示唆しています。英単語を覚えるときに単語ごとにイメージカラーを決めてみる、数字の暗記に色や形を割り当ててみるといった工夫は、この発想の延長線上にあります。
もうひとつは、Yaro&Wardが2007年に報告した、共感覚者は共感覚と直接関係のない課題でも記憶力が高い傾向があるという結果です。研究チームは、共感覚を引き起こす単語だけでなく、共感覚とは無関係な「色そのものを覚える課題」でも、共感覚者が対照群を上回る成績を示したと報告しています。感覚同士を積極的に結びつける癖そのものが、記憶を助ける方向に働いている可能性があるということです。
注意点:この研究の限界
ここまでの内容を「共感覚があれば何でもうまくいく」と読むのは行き過ぎです。研究が示した範囲を、正直に確認しておきます。
- 視覚探索実験の被験者はわずか2名。 Ramachandran&Hubbardが2001年に報告した「文字の中から形が浮き出て見える」実験は、共感覚者2名と対照群40名を比較したものです。その後の追試では、この効果がすべての共感覚者に見られるわけではなく、色の感じ方が強いタイプ(いわゆる「投影型」)に限られる可能性が指摘されています。
- 共感覚には60種類以上のタイプがある。 本記事で扱った「文字や数字に色を感じるタイプ」の結果を、音に色を感じる、味に形を感じるといった他のタイプにそのまま当てはめられるとは限りません。
- 相関と因果は別の話。 共感覚者に記憶力が良い人が多いことと、共感覚そのものが記憶力を「引き上げている」ことは、厳密には別の主張です。共感覚と記憶力の両方に影響する別の要因が背景にある可能性も排除できません。
- 訓練研究は少人数・短期間の追跡にとどまる。 Borらの訓練実験は14名を対象にしたものであり、効果がどれくらい長く続くのか、より大規模な集団でも同じ結果になるのかは、今後の検証が必要です。
よくある質問
今日の3行まとめ
共感覚者は1年以上経っても色の記憶が92.3%一致するなど、単なる思い込みでは説明しにくい一貫性を示します。
脳の中で隣り合う領域どうしが影響し合っているという仮説があり、後天的な訓練で近い体験を得られたという報告もあります。
感覚と記憶の関わりをもっと知りたい人は、匂いが記憶を呼び覚ます仕組みを扱ったプルースト効果の記事や、体の錯覚を扱ったゴムの手錯覚の記事もあわせてどうぞ。ほかの「へぇ」な科学の話はサイエンスラボの記事一覧から探せます。
感覚の話は面白い一方、自分の記憶力や集中力を客観的に知る機会は意外とありません。息抜きがてら、英語脳年齢テストで今の状態を確かめてみましょう。
英語脳年齢テストをやってみる →参考文献
- Baron-Cohen, S., Harrison, J., Goldstein, L. H., & Wyke, M. (1993). Coloured speech perception: is synaesthesia what happens when modularity breaks down? Perception, 22(4), 419–426. 論文を見る
- Simner, J., Mulvenna, C., Sagiv, N., Tsakanikos, E., Witherby, S. A., Fraser, C., Scott, K., & Ward, J. (2006). Synaesthesia: The Prevalence of Atypical Cross-Modal Experiences. Perception, 35(8), 1024–1033. 論文を見る
- Ramachandran, V. S., & Hubbard, E. M. (2001). Synaesthesia—A Window Into Perception, Thought and Language. Journal of Consciousness Studies, 8(12), 3–34. 論文を見る
- Yaro, C., & Ward, J. (2007). Searching for Shereshevskii: What is superior about the memory of synaesthetes? Quarterly Journal of Experimental Psychology, 60(5), 681–695. 論文を見る
- Bor, D., Rothen, N., Schwartzman, D. J., Clayton, S., & Seth, A. K. (2014). Adults Can Be Trained to Acquire Synesthetic Experiences. Scientific Reports, 4, 7089. 論文を見る
- Rothen, N., & Meier, B. (2010). Higher Prevalence of Synaesthesia in Art Students. Perception, 39(5), 718–720. 論文を見る