水深およそ5,700mの海底から、さらに75メートル掘り下げた泥。そこに、恐竜がまだ地上を歩いていた時代に堆積した層があります。もしその泥の中から、いまも"生きている"生き物が見つかったとしたら、どう思うでしょうか。
2020年、日本の海洋研究開発機構(JAMSTEC)を含む国際研究チームが、南太平洋のある海域から採取した堆積物の中に、最大1億150万年前に積もった泥に閉じ込められたまま生存していた微生物を発見したと発表しました。実験室で栄養を与えると、これらの微生物はわずか数十日で目を覚まし、数を大きく増やしました。
1億年以上ものあいだ、ほとんど代謝を止めたまま"待って"いた計算になります。この記事では、Nature Communications誌に掲載されたこの研究を中心に、なぜそんな長期間の休眠が可能なのかを、関連する3本の論文とあわせて解説します。
なぜこんな深さの泥を掘るのか——「海の砂漠」南太平洋環流
舞台となったのは、南太平洋環流(South Pacific Gyre、通称SPG)と呼ばれる海域です。地球上で最も広大な海洋区域のひとつでありながら、表層のプランクトンなど生物の生産量が極端に低く、研究者のあいだでは「海の中の砂漠」と表現されてきました。
2009年に発表された研究では、このSPGの堆積物に住む微生物の細胞密度は、これまで調べられてきた他の海底堆積物と比べて3〜4桁(1,000〜1万分の1程度)も低いと報告されています。堆積物がたまる速度も、100万年あたりわずか0.1〜1メートルという気の遠くなるような遅さです。
ここで重要なのが「酸素」です。ふつう海底の堆積物は、上から積もる有機物を微生物が分解する過程で酸素を使い切ってしまい、少し掘るだけで無酸素の世界になります。ところがSPGは有機物の供給がほぼないため酸素が使い切られず、2015年に発表された別の研究では、少なくとも海底下75メートルまで酸素と硝酸塩が存在し続けていることが確認されました。これは海底堆積物としては世界でも例のない深さです。
酸素はある。でも食べ物はほとんどない。そんな環境で、微生物は本当に"生きて"いるのでしょうか。それとも、ただの死骸が化石のように埋まっているだけなのでしょうか。この問いに答えるための実験が行われました。
実験:1億年分の泥に"エサ"を与えてみた
研究チームは、統合国際深海掘削計画(IODP)の航海でSPGから採取した堆積物コアを使いました。対象としたのは、堆積年代が430万年前から1億150万年前にわたる複数の層です。
方法はシンプルながら手間のかかるものでした。採取した堆積物中の微生物に、炭素と窒素をそれぞれ特殊な目印(安定同位体)で標識した栄養源(酢酸やアンモニウムなど)を与え、実験室で培養します。そのうえでNanoSIMS(ナノスケール二次イオン質量分析計)という装置を使い、標識された炭素・窒素を実際に取り込んで代謝している細胞を、1個ずつ画像として直接確認しました。分析された細胞は合計6,986個にのぼります。
培養は68日間にわたって観察されました。
結果:数百個だった細胞が、100万個に増えていた
結果は研究チームの予想を超えるものでした。分析対象となったほとんどの細胞が、標識された炭素・窒素を実際に取り込んでいたのです。つまり、1億年前の泥の中にいた微生物の多くは、死んでおらず、極めて低いレベルながら生命活動を維持していたことになります。
さらに、多くの細胞は栄養を与えられるとすぐに反応し、培養開始から68日以内に総数を4桁(およそ1万倍)にまで増やしました。報道では、堆積物1立方センチメートルあたり数百個ほどだった細胞数が、68日後にはおよそ100万個にまで達したと伝えられています。また、窒素の取り込みは炭素の取り込みより平均で3.09倍速かったとも報告されています。
一方で、酸素を使わずに生きる嫌気性の微生物は、ほとんど蘇りませんでした。この結果は、SPGの堆積物のように酸素が深くまで届く環境では、生き延びていた微生物の大半が好気性(酸素を使うタイプ)だったことを裏づけています。
なぜこんなに長く"止まって"いられるのか
1億年という時間、微生物は何を食べて命をつないでいたのでしょうか。2018年に発表された数理モデルの研究は、その仕組みにひとつの説明を与えています。
このモデルによれば、SPGのような超貧栄養環境に置かれた微生物の多くは、増殖をあきらめて休眠状態に切り替わります。そして、細胞を維持するためだけに必要な最小限のエネルギーだけを使い続けます。その維持コストは、細胞内に蓄えた炭素のうち年間でおよそ2%程度にすぎないと見積もられました。増えることをやめ、ただ「壊れないこと」だけに全力を使う——そんな戦略です。
では、その乏しいエネルギー源はどこから来るのでしょうか。2009年の研究では、堆積物中の鉱物が持つ放射性物質が水分子を分解する放射線分解(ラジオリシス)という反応によって水素(H2)が発生し、これが微生物にとっての電子供与体(エネルギー源のひとつ)になっていると報告されています。地質そのものが、気の遠くなるほど小さな"燃料"を、気の遠くなるほど長い時間かけて供給し続けているというわけです。
たとえるなら、スマートフォンの低電力モードに近いイメージです。画面を暗くし、通信を最小限にし、バックグラウンドの動作を止める。派手な動作は一切しませんが、電源が完全に落ちることもない。SPGの微生物は、その状態を数百万年から1億年という単位で続けていたことになります。
この話、こう使える——"止まっている"は"終わっている"じゃない
この研究がおもしろいのは、単に「すごい生き物がいた」という話にとどまらない点です。動きが止まって見える時間の中でも、生き続けるための最低限の仕組みは働き続けている——これは、微生物に限らない話として読むこともできます。
たとえば英語学習も、毎日ガッツリ机に向かえる日ばかりではありません。忙しい週があって当然です。ただ、完全にゼロにしてしまうと、次に再開したときのハードルは一気に上がります。1日1単語でも、通勤中に音声を聞くだけでもいい。学習を完全に止めるのではなく、負荷を極限まで下げた「低電力モード」で細々とでも続けておくことが、再開したときの伸びを左右します。英単語の覚え方や独学ロードマップでも、続けやすい最小単位から始める方法を紹介しています。
また研究チーム自身も、この結果は栄養がほとんどない極限環境でどこまで生命が存在しうるかという理解を広げるものだと位置づけています。地球のもっと過酷な環境や、火星のような他の天体で生命を探す際の目安としても関心を集めている研究のひとつです。
注意点:この研究の限界
驚きの大きい研究ほど、話が広がりすぎがちです。研究が実際に示した範囲を、正直に書いておきます。
- 年代は地層の年代であり、細胞そのものの"誕生日"ではない。 堆積した層の年代から微生物の由来する年代を推定しているのであり、その個体がまったく分裂せずにその年月を過ごしたと直接証明されたわけではありません。
- コンタミネーション(外部からの混入)対策は徹底されているが、絶対ではない。 ごく微量の細胞を扱う研究のため、研究チームは無菌操作や複数の対照実験で混入の可能性を慎重に検討していますが、極限まで低いバイオマスを扱う研究に共通する難しさです。
- 南太平洋環流という特殊な環境での結果。 極端に貧栄養で、酸素が深くまで届くというSPG特有の条件があってこそ成立した話であり、すべての深海堆積物に同じことが言えるわけではありません。
- メカニズムの細部は未解明。 休眠と再活性化を切り替える具体的な遺伝子スイッチなどは、まだ十分に分かっていません。
よくある質問
今日の3行まとめ
生き延びられた理由は、増殖をあきらめ「壊れないための最小限のエネルギー」だけを使う休眠状態にあると考えられています。
栄養がほぼゼロの環境でも、酸素さえあれば生命は極端に長い時間を"待つ"ことができる——そのことを、この研究は示しました。
1億年とはいかなくても、続けることそのものが一番の難関なのが語学学習。まずは今の実力を知るところから始めてみませんか。
英語脳年齢テストをやってみる →参考文献
- Morono, Y., Ito, M., Hoshino, T., et al. (2020). Aerobic microbial life persists in oxic marine sediment as old as 101.5 million years. Nature Communications, 11, 3626. 論文を見る
- D'Hondt, S., Spivack, A. J., Pockalny, R., et al. (2009). Subseafloor sedimentary life in the South Pacific Gyre. Proceedings of the National Academy of Sciences, 106(28), 11651–11656. 論文を見る
- D'Hondt, S., Inagaki, F., Zarikian, C. A., et al. (2015). Presence of oxygen and aerobic communities from sea floor to basement in deep-sea sediments. Nature Geoscience, 8, 299–304. 論文を見る
- Bradley, J. A., Arndt, S., Amend, J. P., et al. (2018). Survival of the fewest: Microbial dormancy and maintenance in marine sediments through deep time. Geobiology, 17(1), 43–59. 論文を見る