人類が初めて撮影に成功したブラックホールは、2019年の「M87*」と2022年の「いて座A*(Sgr A*)」の2つです。質量はM87*のほうが1500倍以上大きく、地球からの距離もM87*のほうが2000倍以上遠い。どう見ても条件がまったく違う天体です。

ところが、望遠鏡が映し出したリング状の"影"の見かけの大きさは、ほとんど変わりませんでした。国際研究チームEvent Horizon Telescope(EHT)が『The Astrophysical Journal Letters』誌に発表した2本の論文から、この不思議な一致の正体を見ていきます。

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なぜブラックホールは「撮れない」と言われてきたのか

ブラックホールそのものは光を出しません。撮影の対象になるのは、ブラックホールのすぐ外側で摩擦によって高温になったガス(プラズマ)が放つ電波と、強い重力によって光が引き寄せられてできる中心の暗い領域——「シャドー(影)」の境界です。

問題は、このシャドーが地球からあまりに小さく見えることでした。EHTが観測対象にしたM87*もいて座A*も、見かけの大きさはわずか数十マイクロ秒角(μas=1度の36億分の1という極小の角度の単位)しかありません。これほど細かい模様を見分けるには、地球上のどんな単独の望遠鏡でも口径が足りないというのが、長年の壁でした。

観測:地球サイズの望遠鏡をつくる

EHTが採用したのは、1台の巨大な望遠鏡をつくる代わりに、地球上に散らばる複数の電波望遠鏡を同時に使うという方法です。2017年の観測では、南米チリから南極、ハワイ、スペインまで世界各地の8つの電波望遠鏡を原子時計で精密に同期させ、波長1.3mm(周波数230GHz)の電波を同時に観測しました。

この手法は超長基線電波干渉法(VLBI)と呼ばれ、望遠鏡同士の距離(基線)が長いほど分解能が上がります。地球の両端に望遠鏡を置けば、理論上は地球の直径とほぼ同じ口径を持つ、ひとつの巨大な望遠鏡と同等の解像度が得られる計算です。

結果:質量1500倍、距離2000倍なのに、見た目はほとんど同じだった

2019年に発表されたM87*の画像は、おとめ座銀河団にある巨大楕円銀河M87の中心にある超巨大ブラックホールを撮影したものです。4夜分のデータを複数の独立した画像化手法で処理しても安定して現れたリングの直径は、42±3マイクロ秒角でした。この観測結果と16.8メガパーセク(約5500万光年)という距離を組み合わせると、質量は太陽の約65億倍と求められています。

一方、2022年に発表されたいて座A*は、私たちの銀河系(天の川)の中心にあるブラックホールです。地球からの距離は約2.7万光年、質量は太陽の約400万倍——M87*と比べると、質量は1500分の1以下、距離も2000分の1以下という、まったく桁違いの天体です。それにもかかわらず、観測されたリングの直径は51.8±2.3マイクロ秒角。M87*の42マイクロ秒角と、同じ桁どころかかなり近い数値に収まったのです。

項目M87*いて座A*(Sgr A*)
質量(太陽の何倍)約65億倍約400万倍
地球からの距離約5500万光年約2.7万光年
見かけの直径42±3 μas51.8±2.3 μas
発表年2019年2022年
図1:質量も距離もまるで違う2つのブラックホールの、見かけの直径の比較
42 μas 51.8 μas M87* 質量65億倍・距離5500万光年 いて座A* 質量400万倍・距離2.7万光年 60μas 40 20 0
質量や距離は1500〜2000倍のケタ違いなのに、見かけの直径はどちらも40〜50マイクロ秒角台に収まっている。
出典:EHT Collaboration (2019, 2022) の発表値をもとに作図
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なぜこうなるのか——一般相対性理論の計算どおりだった

これは偶然ではなく、一般相対性理論が予測するとおりの結果だと考えられています。理論上、ブラックホールのシャドーの実際の直径は、ほぼ質量に比例します(質量が大きいほど、シャドーの"実物"も大きくなる)。

一方で、地球から見た「見かけの大きさ(角度)」は、実物の大きさを距離で割った値で決まります。これは私たちの身近な体感とも同じです。満月と太陽は、実際の直径では月よりも太陽のほうが400倍ほど大きいのに、太陽が月よりも約400倍遠いために、地球から見える大きさ(視角度)がほぼ同じになり、皆既日食という現象が起きます。

M87*といて座A*の関係も同じ仕組みで説明できます。EHTチーム自身も、M87*はいて座A*より質量が1500倍以上大きく、距離も2000倍以上遠いと述べています。この2つの数字を使ってざっくり計算すると、理論上の見かけの大きさの比は1500÷2000=約0.75になります。実際に観測された比は42÷51.8=約0.81。質量も距離も桁違いな2つの天体で、理論から見積もった比と観測された比が近い値になったことになります。

図2:「見かけの大きさ」は、実物の大きさと距離の両方で決まる
❶ 近くて小さい天体(いて座A*のイメージ) 観測者 実物は小さいが、距離も近い ❷ 遠くて巨大な天体(M87*のイメージ) 観測者 実物は巨大だが、距離も遠い → 観測者から見える角度(視野角)がそろえば、見かけの大きさは同じになる
月と太陽が皆既日食でほぼ同じ大きさに見えるのと同じ原理。実物の大きさと距離の比が同じなら、見かけの大きさは一致する。
仕組みを説明するためのイメージ図(実際の縮尺ではありません)

この話、こう使える

この話から持ち帰れるのは、天文学の知識そのものより「見た目の大きさだけで、実物の規模を判断してはいけない」という視点です。

💡 身近な言い換え 手を伸ばして持った10円玉と、空に浮かぶ満月は、腕の長さ次第でほぼ同じ大きさに見えます。見かけの一致は、「実物が同じ」ではなく「距離との比がたまたまそろった」結果であることが多いのです。

注意点:この研究の限界

⚠️ 「写真」は観測データから再構成された画像 EHTの画像は、カメラで撮った写真とは少し性質が異なります。電波干渉計が集めた断片的なデータから、複数の独立した画像化アルゴリズムを使ってリング状の構造を"再構成"したものです。EHT自身の論文(Paper IV, 2019)でも、異なる手法・異なる観測日のデータで同じリングが再現されることを確認していますが、画像処理のアルゴリズムに一定の仮定が入っていることは理解しておく必要があります。

よくある質問

「ブラックホールの写真」というけれど、実際に何を撮影したのですか?
ブラックホール自体は光を出さないため、直接写っているわけではありません。撮影されたのは、ブラックホールのすぐ外側で高温になったガスが放つ電波と、強い重力で光が曲げられてできる中心の暗い領域(シャドー)の境界です。EHTは1.3mm帯の電波で観測し、複数の独立した画像化アルゴリズムを使って、どの手法でも同じリング状の構造が再現されることを確認しています。
なぜ望遠鏡を1つの巨大な鏡にできないのですか?
望遠鏡の解像度は開口(鏡やアンテナの直径)が大きいほど上がりますが、地球上につくれる単独のアンテナには限界があります。そこでEHTは、地球上に散らばる電波望遠鏡を原子時計で同期させて同時に観測する「超長基線電波干渉法(VLBI)」という手法を使い、地球の直径に相当する開口を持つ望遠鏡と同等の解像度を実現しました。
この結果はアインシュタインの理論が完全に正しいことを証明したのですか?
正確には「一般相対性理論の予測と一致した」という段階です。質量が1500倍以上違う2つのブラックホールで、理論どおりのスケーリングが確認されたのは強い支持材料ですが、観測対象はまだ2例であり、別の重力理論を完全に否定できたわけではありません。EHT自身も今後、観測網を広げてさらに検証を続けるとしています。

今日の3行まとめ

📌 これだけ持ち帰ってください 質量1500倍、距離2000倍も違う2つのブラックホールが、ほぼ同じ見かけの大きさで撮影されました。
理由は、シャドーの実物の大きさが質量に比例し、見かけの大きさは実物を距離で割った値になるから。質量と距離の比がそろえば、まったく違う天体でも同じ大きさに見えます。
これは一般相対性理論の予測と一致する結果であり、月と太陽が皆既日食で同じ大きさに見えるのと同じ原理です。

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