見えないのに、確かにそこにある。そう言い切るには、いったい何を積み重ねればいいのでしょうか。ある研究チームがたどり着いた答えは、たった1つの星の動きを27年間、ひたすら記録し続けることでした。

天の川銀河の中心、いて座の方向にある「いて座A*(エー・スター)」という電波源のまわりを、S2という星が猛スピードで公転しています。1990年代からこの星を追い続けた2つの研究チームは、軌道の形と速度から、そこに太陽の430万倍もの質量が、太陽系よりずっと狭い空間に押し込まれていることを突き止めました。ブラックホール以外に説明のしようがない密度です。この発見は2020年のノーベル物理学賞にもつながりました。しかも観測はそこで終わらず、アインシュタインの一般相対性理論そのものを検証する舞台にもなっています。

望遠鏡を覗いても、映るのはただの点。それでも27年分のデータが積み上がったとき、何が見えてきたのかを追っていきましょう。

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なぜ銀河の中心は"見えない"のか

太陽系から銀河の中心までは、光の速さでも2万6000年以上かかる距離があります。それだけでも遠いのに、地球と銀河中心のあいだには大量の塵(ちり)とガスが横たわっていて、可視光線のほとんどを吸収してしまいます。ふつうの望遠鏡でいて座A*の方向を見ても、そこに映るのは真っ暗な空間だけです。

この壁を越える手段が、赤外線での観測でした。塵に邪魔されにくい赤外線を使い、さらに大気のゆらぎによる像のぼやけをリアルタイムで打ち消す「補償光学(ほしょうこうがく)」という技術を組み合わせることで、ようやく銀河中心のごく狭い領域にひしめく星々を、1つ1つ見分けられるようになったのです。

実験:1つの星を、動かぬ証拠になるまで追い続けた

この観測を主導したのは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のアンドレア・ゲズが率いるチームと、マックス・プランク地球外物理学研究所のラインハルト・ゲンツェルが率いるチームです。それぞれハワイのケック望遠鏡と、チリにあるヨーロッパ南天天文台の超大型望遠鏡(VLT)を使い、1990年代前半から銀河中心の星々の位置を毎年のように記録し続けました。

とりわけ狙いを定めたのが、いて座A*のすぐそばを回る「S2」という星です。位置を1年ごとに記録するだけでは、軌道の形はまったく見えてきません。何しろ1周に16年もかかるからです。研究チームは根気強く観測を積み重ね、2002年、ゲンツェルらのチームがS2がいて座A*の"すぐそば"を通過する瞬間(近点通過)を初めてとらえました。これで軌道の全体像を計算できるだけの材料がそろったのです。

💡 なぜ何年もかけて追う必要があったのか 軌道の形(だ円の大きさや傾き)を正確に求めるには、星が1周以上公転する様子を見届ける必要があります。S2の周期は約16年。つまり最低でも16年、意味のあるデータをそろえるにはさらにその後の追加観測が欠かせなかったということです。

結果:太陽430万個分の質量が、太陽系ほどの空間に収まっていた

観測の記録から求められたS2の公転周期は約16.05年、軌道はかなりつぶれただ円形(離心率0.88)でした。いて座A*にいちばん近づく"近点"では、距離はわずか約120天文単位(地球ー太陽間の距離の120倍、光の速さでも17時間ほど)まで接近します。2018年5月の近点通過時には、S2の速度は秒速約7,650km、光速のおよそ2.55%にまで達していました。反対に最も離れる"遠点"では、距離は約1,800天文単位まで広がります。

これほど激しく振り回されているということは、軌道の焦点にある"何か"が途方もない重力を持っているということです。ケプラーの法則(公転周期と軌道の大きさから中心天体の質量を求められる物理法則)を当てはめると、いて座A*の位置には太陽およそ430万個分の質量が集中していることが分かりました。しかもその質量は、可視光でも赤外線でも星として観測されていません。

図1:S2の公転軌道(周期16.05年・離心率0.88)
いて座A* (太陽の430万倍の質量) 近点:約120天文単位 秒速7,650km(光速の2.55%) 遠点:約1,800天文単位 公転周期 約16.05年
S2はいて座A*のすぐそばを猛スピードで通過したあと、はるか遠方まで引き伸ばされる非常に細長い軌道を描く。近点と遠点で速度が大きく変わるのもだ円軌道の特徴。
出典:Schödel et al. (2002, Nature)およびGRAVITY Collaborationの軌道パラメータ(周期16.05年・離心率0.88・近点120天文単位)をもとに作図
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なぜこの観測が"ブラックホールの証明"になるのか

太陽430万個分の質量というだけなら、超高密度な星の集団という可能性も理屈のうえでは残ります。しかし研究チームがS2以外の複数の星の軌道も重ね合わせて計算したところ、その質量はすべて太陽系の内側程度という、信じがたいほど狭い空間に押し込まれていることが分かりました。これほど小さな空間にこれほどの質量を押し込められる天体は、理論上ブラックホールしかありません。2020年のノーベル物理学賞は、この功績に対してゲンツェルとゲズに贈られています(理論面での貢献に対して、ロジャー・ペンローズも同時受賞しました)。

観測はここで終わりませんでした。S2の軌道は、アインシュタインの一般相対性理論を実地で試す、またとない舞台にもなったのです。2018年の近点通過をはさみ、ゲズらのチームは2019年に『Science』誌で、S2から届く光の波長のわずかなズレ(重力赤方偏移=強い重力によって光の波長が引き伸ばされる現象)を検出したと報告しました。この結果はニュートン力学の予測(赤方偏移なし)を統計的な確からしさ5シグマで退け、一般相対性理論の予測とよく一致していました。

さらに2020年には、ゲンツェルらのGRAVITYチームが、S2の軌道そのものが少しずつ回転していく現象——「近日点移動(シュワルツシルト歳差)」——を初めて検出したと『Astronomy & Astrophysics』誌に発表しました。これは水星の軌道のわずかなズレを説明し、一般相対性理論を裏付けたあの有名な現象と同じ種類のものです。強い重力場では、星は同じだ円軌道を永遠になぞるのではなく、だ円自体が少しずつ向きを変えていきます。

図2:強い重力場で軌道が"回転していく"仕組み(概念図)
❶ ニュートン力学の予測 同じだ円軌道を、何周も ぴったり同じ形でなぞり続ける ❷ 一般相対性理論の予測(観測と一致) 1周ごとにだ円自体が少しずつ回転し 花びらのような軌跡を描く(歳差運動)
水星の近日点移動と同じ種類の現象が、S2の軌道でも観測された。回転の角度は誇張したイメージ図で、実際の1周あたりの変化ははるかに小さい。
GRAVITY Collaboration (2020, Astronomy & Astrophysics) が報告したシュワルツシルト歳差の仕組みをもとにしたイメージ図(実測の軌道形状ではありません)

2022年には、世界中の電波望遠鏡をつないだ「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」が、いて座A*そのものが作る影(ブラックホールの縁を光が回り込むことでできるリング状の像)を初めて撮影し、『The Astrophysical Journal Letters』誌に発表しました。リングの見かけの大きさは、S2の軌道から求められた質量と地球からの距離をもとにした一般相対性理論の予測と、驚くほどよく一致していたと報告されています。1つの星の軌道を27年見つめ続けた末にたどり着いた"重さ"の推定が、まったく別の観測手法によっても裏付けられた形です。

この話、こう使える

この研究がすごいのは、派手な瞬間が一度もないことです。望遠鏡を向けても映るのは、点のような星が少しずつ位置を変えていくだけ。1年や2年の観測では、何が起きているのかまったく分かりません。答えが見え始めたのはS2がようやく軌道を1周し終えた16年目、重力赤方偏移や歳差運動という具体的な成果にたどり着いたのは、さらに10年以上あとのことでした。

地道な精密観測という点では、以前紹介した月と地球の距離を半世紀にわたりレーザーで測り続けた研究にも通じるものがあります。何年も同じ対象を見つめ続けることでしか見えてこない真実がある、という点は共通しています。また、時間をかけて人体の変化を追った研究としては宇宙飛行士の双子を長期間比較したNASAの研究も参考になります。

これは英語学習にも通じる話です。1日や1週間机に向かっても、リスニング力や語彙力が劇的に変わることはまずありません。しかし同じ方向に淡々と積み重ねた人だけが、ある日ふと自分の伸びの"軌道"が見えてくる瞬間を迎えます。派手さのない継続こそが、いちばん確かなデータになるという点で、天文学も語学学習もよく似ています。

注意点:この研究の限界

⚠️ 「直接見た」わけではないことに注意 S2など複数の星の軌道から求められるのは、あくまで「その位置に、狭い空間へ閉じ込められた大きな質量がある」という間接証拠です。理論上は、ごく短命なはずの超高密度な星の集団など、ブラックホール以外の説明を完全にゼロにはできないと指摘する研究者もいます。ただし2022年のEHTによる撮影は、この間接証拠を強く補強する材料になっています。

よくある質問

いて座A*の写真は撮られているのですか?
はい。2022年、世界中の電波望遠鏡をつないだ「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」がいて座A*の"影"を撮影し、The Astrophysical Journal Lettersに発表しました。ただしこれはブラックホールそのものではなく、周囲の熱いガスが放つ光がブラックホールの強い重力で曲げられてできるリング状の像です。この像の見かけの大きさは、S2の軌道から求められた質量と地球からの距離をもとにした一般相対性理論の予測とよく一致していました。
ブラックホールに落ちたら、地球はどうなりますか?
心配はいりません。いて座A*は地球から2万6000光年以上離れており、その重力が地球や太陽系の運動に直接影響することはないと考えられています。研究者たちが調べているのは、銀河の中心という極限環境で重力がどう振る舞うかという基礎科学の問題です。
なぜS2という1つの星だけがこれほど詳しく調べられているのですか?
銀河中心には数千個もの星がひしめいていますが、S2はいて座A*に比較的近い軌道を回っており、単独星で明るく、長期間にわたって位置の変化を追いやすい条件がそろっていました。近年ではS4711(公転周期7.6年)やS62(公転周期9.9年)など、S2よりさらに内側を短い周期で回る星も報告されており、今後はこうした星を使ったさらに精密な検証が期待されています。

今日の3行まとめ

📌 これだけ持ち帰ってください たった1つの星の動きを27年間追い続けたことで、天の川銀河の中心に太陽430万倍の超大質量ブラックホールがあることが分かりました。
その軌道は、一般相対性理論(重力赤方偏移・近日点移動)を検証する舞台にもなり、2020年のノーベル物理学賞につながりました。
派手な瞬間のない地道な観測の積み重ねこそが、いちばん確かな証拠になるという好例です。

「地道な積み重ね」というテーマをもっと知りたい人は、サイエンスラボの記事一覧や、毎日更新している英語コラムもあわせてどうぞ。

✍ "淡々と続ける"を、英語学習にも

27年かけて1つの星を追い続けた科学者たちのように、語学学習も派手さより継続がものを言います。1日30分から始められる学習設計を知りたい人は、こちらのロードマップをどうぞ。

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参考文献