友人との雑談でふと出た「あの俳優、なんて名前だっけ」という疑問。答えられないまま5秒も待たず、多くの人はポケットからスマホを取り出して検索してしまいます。そして数分後、検索して知ったはずのその名前を、もう一度思い出せと言われたら——あなたは答えられるでしょうか。
コロンビア大学の心理学者Betsy Sparrowらが2011年に『Science』誌で報告した実験は、この何気ない習慣が記憶の使い方そのものを変えていることを示しました。情報は「あとで検索できる」と分かった瞬間、脳はその中身を覚えるのをやめ、代わりに「どこで調べられるか」を覚えるようになるというのです。
写真撮影や情報の保存に関する研究まで含めた4本の論文から、検索とスマホが記憶に及ぼす影響を見ていきます。
なぜ"あとで調べればいい"と脳は判断するのか
人間の記憶は昔から、何でも一人で抱え込んできたわけではありません。夫婦や同僚のあいだで「日付はあなたが覚えて、道順は私が覚える」というように、記憶を役割分担する現象は心理学で古くから知られており、心理学者Daniel Wegner(Sparrowの共著者でもある)は1980年代にこれを交流記憶(transactive memory=誰が何を知っているかを社会的に分担する記憶の仕組み)と名付けました。誰か一人がすべてを覚えなくても、グループとして情報にアクセスできればよい、という発想です。
Sparrowらが2011年の論文で提起したのは、この「誰かに任せる」相手が人間から検索エンジンやスマホに置き換わったとき、記憶の使い方にも同じことが起きるのではないか、という問いでした。
実験:4つのパートで検証
研究チームは4つの実験を通じて、この問いに迫りました。
最初の実験では、参加者に簡単な質問と難しいトリビア質問を混ぜて答えてもらったあと、単語の色を答えるストループ課題(文字の意味ではなく、書かれている色にすぐ反応する必要がある課題)を行いました。単語には「Google」「screen」のようなコンピューター関連の語も混ぜてあります。すると、難しい質問に答えたあとほど、コンピューター関連の単語への反応が遅くなる傾向が見られました。答えに窮したとき、人は無意識のうちに検索エンジンやパソコンのことを思い浮かべている、と解釈された結果です。
2つ目の実験では、参加者にトリビア文を1つずつタイプしてもらい、そのつど「保存されました」「保存先はフォルダXです」「消去されました」のいずれかのメッセージを表示しました。半分の参加者には内容が残ると伝え、半分には消えると伝えたことになります。その後、参加者は元の文を(一部を変えたものと合わせて)見せられ、以前入力した文と同じかどうかを判定するテストを受けました。
4つ目の実験は、より的を絞った形で「所在」への記憶を確かめるものでした。参加者はすべてのトリビア文が5つの一般的なフォルダ名のいずれかに保存されると伝えられたうえで学習し、あとから文の内容そのものと、それが保存されたフォルダ名の両方について記憶をテストされています。
結果:消えると思うと覚え、残ると思うと覚えない
2つ目の実験の結果は、はっきりした方向性を示していました。情報が消去されると聞いていた参加者は、保存されると聞いていた参加者よりも、文の内容を有意に多く覚えていたのです。報告されている再認テストの正答率は、消去条件のほうがおよそ3割、保存条件のほうがおよそ2割程度だったとされています。同じ時間・同じ量の情報に触れていたにもかかわらず、その後の運命(消える/残る)を知っただけで、記憶の定着に差が生まれたことになります。
| 伝えられた内容 | その後の扱い | 再認テストの正答率(概算) |
|---|---|---|
| 「消去されます」 | その情報はもう見返せないと認識 | およそ3割 |
| 「保存されます」 | あとで見返せると認識 | およそ2割 |
4つ目の実験では、さらに興味深いパターンが確認されました。参加者は総じて、トリビア文の内容そのものよりも、それが保存されたフォルダの名前のほうをよく覚えていたのです。とりわけ、文の内容を思い出せなかった参加者ほど、その文がどのフォルダに入っていたかは正確に答えられる傾向が見られました。中身を覚えていなくても「あの話はあのフォルダ(あのアプリ、あのサイト)にある」という所在の記憶だけは残る——多くの人がスマホの使い方として実感していることを、実験室で裏づけた形です。
なぜこうなるのか:記憶は"どこに置くか"から先に決まる
この現象を理解する鍵は、記憶を「容量が無限の倉庫」ではなく「配分すべき限られた資源」として捉えることにあります。ある情報について「あとで確実に検索できる」と分かっていれば、その情報自体を頭の中に精密にコピーしておく必要性は下がります。代わりに脳が優先して覚えるのは、その情報に再アクセスするための"住所"、つまりどこを調べればよいかという手がかりです。
図書館にたとえると分かりやすいかもしれません。自分の本棚に置いた本の内容はいつか忘れても構わないと思う一方、図書館のどの棚のどのあたりに同じ本があるかは、意外と覚えていたりします。中身のコピーを頭の中に持つより、参照先の目印を持つほうが、記憶の負担としてはずっと軽いからです。スマホと検索エンジンは、いわば私たちの脳の外にある巨大な"共有本棚"として機能しはじめている、というのがこの研究の見立てです。
写真を撮ると、その場の記憶はどうなるのか
検索と同じように、写真も「あとで見返せる」という安心感を与える点で、記憶の扱いに似た影響を及ぼす可能性があります。フェアフィールド大学の心理学者Linda Henkelが2014年に『Psychological Science』誌で報告した実験では、参加者は美術館のガイドツアーに参加し、展示物の一部を観察するだけ、残りをカメラで撮影するという課題を与えられました。
その後行われた記憶テストでは、丸ごと撮影した展示物についての記憶——対象そのものや、展示室内でのおおまかな配置——が、ただ観察した展示物に比べて劣っているという「写真撮影障害効果(photo-taking-impairment effect)」が確認されました。撮影という行為が、カメラに"覚えておいてもらう"安心感を生み、自分自身でしっかり見て記憶に刻む努力を減らしてしまった、とHenkelは考察しています。
ただし例外もありました。展示物の一部にズームインしてから撮影した場合には、この記憶の低下は見られませんでした。ズームインするという操作自体が、対象をよく見て意識を向ける行為になっていたためと考えられています。つまり問題は「撮ること」そのものではなく、「よく見ずにレンズ任せにしてしまうこと」にあるのかもしれません。
検索や保存は、本当に記憶の"敵"なのか
ここまでの内容だけを見ると、検索や写真は記憶にとってマイナスにしか働かないように思えるかもしれません。しかし2015年に『Psychological Science』誌で発表されたStormとStoneの実験は、話をもう一段階複雑にしています。
参加者にまず単語のリストを学習させ、そのリストをコンピューターに「保存」できると伝えたグループと、保存できないグループを比較したところ、保存できたグループのほうが、そのあとに学習した新しい単語リストの成績が良くなっていました。すでに覚えた情報を安心して"手放せる"と、新しい情報を学習するための余力が増える——研究チームはこれを「保存増強効果(saving-enhanced memory)」と呼んでいます。
つまり検索やスマホへの依存は、単純に「記憶力を奪う」ものではなく、「何にどれだけの記憶力を割り当てるか」という配分を変えているに過ぎない可能性があります。すべてを頭に入れようとするのをやめ、外部に預けられるものは預けてしまうことで、本当に覚えるべきものへ意識を集中させられる、という前向きな読み方もできそうです。
この話、こう使える
研究から見えてくる実践のヒントは、次のようなものです。
- 本当に覚えたいものは、あえて検索せず自力で思い出す。 Sparrowらの結果に従うなら、「調べればいい」と思った瞬間に記憶への定着は弱まります。
- 写真はシャッターを切る前に数秒、対象をしっかり見る。 Henkelの実験が示すように、ズームインして意識を向けた対象は記憶に残りやすいようです。
- 覚えなくていい情報は積極的に外部化する。 StormとStoneの結果を踏まえれば、些末な情報をメモやアプリに預けることは、記憶力の"手抜き"ではなく、限られた容量を使うべき場所へ振り向ける戦略として理にかなっています。
英語学習にも同じ発想が使えます。単語アプリやオンライン辞書でいつでも意味を調べられる状態のまま、なんとなく眺めているだけでは、その内容は「調べればいい情報」として脳に分類され、定着しにくくなってしまいます。英単語の覚え方で紹介しているように、辞書を閉じてから自力で言えるかどうかを試す一手間を挟むこと、そして瞬間英作文トレーニングのように日本語から英語を自力で引き出す練習を重ねることが、"調べれば分かる"を"覚えている"に変える近道になりそうです。
注意点:この研究の限界
ここまでの内容にも、正直に触れておくべき限界があります。
- 参加者の多くは大学生です。 幅広い年齢層や職業の人にそのまま当てはまるとは限りません。
- 実験2の数値は概算です。 条件間の細かい差やテスト形式によって数字は変動するため、「およそ」の傾向として捉えるのが適切です。
- Henkelの実験は美術館という特定の状況での結果です。 日常のあらゆる撮影行動にそのまま一般化できるかは、今後の検証が必要です。
- 相関と因果の混同には注意が必要です。 「検索に頼る人ほど記憶力が低い」という単純な図式が確認されたわけではなく、あくまで「情報の扱われ方によって記憶の配分が変わる」ことが示された、という範囲で理解すべきです。
よくある質問
今日の3行まとめ
写真も同様に、レンズ任せにすると対象の記憶がやや薄れますが、ズームインして見れば低下は防げるようです。
検索や保存は記憶の敵ではなく、限られた記憶力をどこに使うか選び直すための道具だと捉えるのが実情に近いようです。
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- Sparrow, B., Liu, J., & Wegner, D. M. (2011). Google Effects on Memory: Cognitive Consequences of Having Information at Our Fingertips. Science, 333(6043), 776–778. 論文を見る
- Henkel, L. A. (2014). Point-and-Shoot Memories: The Influence of Taking Photos on Memory for a Museum Tour. Psychological Science, 25(2), 396–402. 論文を見る
- Storm, B. C., & Stone, S. M. (2015). Saving-Enhanced Memory: The Benefits of Saving on the Learning and Remembering of New Information. Psychological Science, 26(2), 182–188. 論文を見る
- Camerer, C. F., et al. (2018). Evaluating the Replicability of Social Science Experiments in Nature and Science between 2010 and 2015. Nature Human Behaviour, 2, 637–644. 論文を見る