まったく同じ時差なのに、行きより帰りのほうが体がつらい——海外旅行や出張のあとにそう感じたことがある人は多いはずです。これは気のせいではなく、東に向かって飛んだときのほうが、西に向かって飛んだときより時差ボケが長引きやすいという、睡眠科学の世界ではよく知られた現象だと報告されています。

この東西差の原因として有力視されているのが、人間の体内時計は24時間ちょうどではなく、わずかに24時間より長い周期で動いているという性質です。そしてこの効果を裏づけるのに使われたデータが実験室の測定ではなく、20年分・4万6000試合を超えるプロ野球の試合記録だったというのが、今回のいちばん面白いところです。

体内時計の基礎的な性質から、野球選手たちが知らないうちに引き受けていた壮大な自然実験まで、論文をもとにたどっていきます。

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なぜ体内時計は「24時間ちょうど」ではないのか

私たちの体には、睡眠・体温・ホルモン分泌などを約1日周期で調整する概日リズム(がいじつリズム=いわゆる体内時計)が備わっています。この周期が本当に24.0時間なのかを、光や時計といった外部の手がかりを一切排除した状態で精密に測定したのが、ハーバード大学のCharles A. Czeislerらが1999年に『Science』誌で発表した研究です。

参加者は数週間にわたって特殊な実験施設で暮らし、体温やメラトニン(睡眠を促すホルモン)の変化から、外部の影響を受けない「素の」体内時計の周期を割り出しました。その結果、平均の周期はおよそ24.2時間で、個人差はあるもののかなり狭い範囲に収まっていたと報告されています。以前の研究では光の影響が十分に排除できておらず、もっとばらつきの大きい数値が報告されていましたが、条件を厳密にコントロールしたことで、この近24時間という値が確立されました。

1日あたりわずか0.2時間、12分程度の差に聞こえるかもしれません。しかし体内時計は、朝の光を浴びると時計が前に進み(位相前進)、夜遅くに光を浴びると時計が後ろにずれる(位相後退)という形で、毎日わずかにリセットされながら24時間の昼夜サイクルに同調しています。ふだんの生活では、この毎日の微調整のおかげで時差など意識せずに済んでいるのです。

体内時計は「遅らせる」ほうが得意で「早める」のが苦手

問題は、時差のある土地へ移動したときです。体内時計を一気に何時間分もずらす必要が生じます。ここで重要なのが、体内時計の周期がもともと24時間より少し長いという性質です。

西回りの移動(たとえば日本からヨーロッパへ)では、現地時間に合わせるために体内時計を後ろに戻す(位相後退)必要があります。これは、もともと1日を24時間より少し長く感じたがる体内時計の性質と同じ方向なので、比較的なじみやすいとされています。一方、東回りの移動(たとえば日本からアメリカ西海岸へ)では、体内時計を前に進める(位相前進)必要があり、こちらは体内時計の自然な傾向に逆らう調整になるため、時間がかかりやすいと考えられています。

この理屈を数理モデルで裏づけたのが、ニュージャージー工科大学のCasey O. DiekmanとAmitabha Boseが2018年に『Journal of Theoretical Biology』誌で発表した研究です。実際の光応答データにもとづく体内時計の数理モデルを使い、周期が24時間よりわずかに長いという性質だけで、東西の時差ボケの長さに現実的な差が生まれることをシミュレーションで示しました。

図1:体内時計を「戻す」西回りと「進める」東回りの違い(イメージ図)
❶ 西回り(体内時計を後ろに戻す) 体内時計の自然な傾向と同じ向き → 比較的なじみやすい ❷ 東回り(体内時計を前に進める) 体内時計の自然な傾向と逆向き → 調整に時間がかかりやすい
体内時計の周期はもともと24時間よりわずかに長いため、時計を「戻す」西回りより「進める」東回りのほうが調整に時間がかかりやすいと考えられている。
Czeisler et al. (1999)、Diekman & Bose (2018) で説明されている理屈をもとにしたイメージ図(実測値ではありません)
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実験:プロ野球選手が「知らずに」担った20年間の自然実験

ここまでは理論の話でした。この東西差を、実際の人間の行動データで確かめられないか——そう考えたノースウェスタン大学のAlex Song、Thomas Severini、Ravi Alladaの研究チームが目をつけたのが、メジャーリーグベースボール(MLB)の試合記録です。

プロ野球チームはシーズン中、全米を絶えず飛び回りながら試合をこなします。しかも打率や本塁打数、失点といった成績は、1球単位で何十年分も記録が残っている。研究チームは1992年から2011年までの20シーズン・46,535試合を分析対象とし、そのうち4,919試合で、ホームチームかアウェイチームのどちらかが試合前に2つ以上のタイムゾーンをまたぐ移動をしていたことを特定しました。移動した距離と方向から、選手たちがどれだけの時差ボケを抱えていると推定されるかを数値化し、その試合の打撃・投球成績と結びつけて統計的に分析しています。

💡 この「自然実験」が優れている理由 人間を強制的に時差ボケにさせる実験は倫理的に大規模には行えません。しかしプロ野球チームの移動スケジュールは、選手の意思とは無関係に、まさに時差ボケの「自然な実験条件」を毎日つくり出しています。しかも成績という定量データが、対戦相手や球場条件までそろえた形で長年蓄積されている。実験室では絶対に集められない規模のデータが、既にそこにあったわけです。

結果:東回り移動後だけ、投手が本塁打を余分に許していた

分析の結果、時差ボケの影響は東回りの移動後にはっきりと現れる一方、西回りの移動後にはほとんど見られないという、まさに体内時計の理論どおりの非対称性が確認されました。

特に大きな影響が出ていたのが、投手が許す本塁打の数です。東回りの時差ボケを抱えた状態で登板した投手は、平常時と比べてホームゲームで1試合あたり0.107本、アウェイゲームで1試合あたり0.073本、余分に本塁打を許していたと報告されています。この本塁打の増加だけで、時差ボケによる失点増加分のそれぞれ87%・72%を説明できるという結果でした。さらに、通常ホームチームには約54%の勝率(4ポイント分の地の利)があるとされますが、直前に東へ移動してから迎えたホームゲームでは、この地の利がほぼ消えていたとも報告されています。

指標数値
分析対象(1992〜2011年)20シーズン・46,535試合
うち時差移動を伴っていた試合4,919試合
東回り時差ボケ後、ホームゲームでの被本塁打増加+0.107本/試合
東回り時差ボケ後、アウェイゲームでの被本塁打増加+0.073本/試合
図2:東回りの時差ボケ後、投手が1試合あたり余分に許した本塁打数
+0.107本 +0.073本 ホームゲーム アウェイゲーム 0.15 0.07 0
いずれも東回りの時差ボケを抱えた状態で登板した場合の、平常時と比べた1試合あたりの被本塁打増加数。西回り移動後は目立った差が見られなかったと報告されている。
出典:Song, Severini & Allada (2017, PNAS) の報告値をもとに作図

研究チームはこの現象について、体内時計のズレが投手の投球コントロールや反応速度、集中力に影響した可能性を考察しています。ただし、選手の睡眠状態や体内時計の実際のズレを機器で直接測定したわけではなく、移動記録から時差ボケの度合いを推定し、それを成績データと統計的に結びつけたという点には注意が必要です。

この話、こう使える

プロ野球選手の話とはいえ、応用できる部分はいくつかあります。

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注意点:この研究の限界

⚠️ 相関関係であり、完全な因果関係の証明ではない Song, Severini & Allada (2017) の研究には、翌年『PNAS』誌にEtienne Joly氏から寄せられた批判のレター(2017)があります。Jolyは、時差移動と成績低下の関連は統計的に示されているものの、「相関関係は因果関係を意味しない」という統計上の基本的な注意点を指摘し、他の交絡要因が影響している可能性を論じました。これに対し著者らは、対戦相手の強さや球場条件などを含む包括的な分析によって関連が支持されると反論しています。査読後も議論が続いていること自体、この分野の結論がまだ完全に確定したわけではないことを示しています。

よくある質問

時差ボケは何日くらいで治りますか?
個人差が大きく、研究によっても幅がありますが、経験則として「時差1時間につき1日程度かかる」とよく言われます。東回りの移動は体内時計を前に進める必要があり、西回り(時計を後ろに戻す)より長引きやすいことが、本記事で紹介したプロ野球のデータからも示唆されています。ただし体感時間には個人差が大きいため、あくまで目安として捉えてください。
東回りの移動でホームランが増えるのは、投手の疲労が原因ですか?
Songらの研究では「被本塁打が増える」という現象自体は統計的に確認されていますが、その背景にある投手の反応速度や集中力の低下を直接測定したわけではありません。研究チームは体内時計のズレが投球のコントロールに影響した可能性を考察していますが、これは理論からの推測を含む説明であり、断定はできない点に注意してください。
出発前に体内時計を東回り用に慣らしておく方法はありますか?
一般には、渡航の数日前から目的地の時刻に合わせて就寝・起床時刻を少しずつ前倒しし、朝の光を浴びるタイミングを調整するという方法がよく知られています。ただしこれは一般的な情報であり、睡眠に関する持病がある方や体調に不安がある方は、自己判断で睡眠スケジュールを大きく変える前に医療機関に相談することをおすすめします。

今日の3行まとめ

📌 これだけ持ち帰ってください 体内時計の周期は平均24.2時間で、24時間よりわずかに長い(Czeisler et al., 1999)。
そのため時計を「戻す」西回りより「進める」東回りのほうが、時差ボケが長引きやすい。
20年・46,535試合のプロ野球データでも、東回り移動後の試合だけ被本塁打が増えるという形でこの非対称性が確認された(Song, Severini & Allada, 2017)。

体内時計そのものの個人差についてもっと知りたい人は、朝型・夜型を決める体内時計の遺伝子の話もあわせてどうぞ。時差ボケの感じ方の個人差にも通じる内容です。

🏝 海外に出かける前に、自分の傾向を知っておく

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参考文献