来週の予定を、頭の中で思い浮かべてみてください。それは、今のあなたから見てどちら側にありますか。多くの日本語話者や英語話者は、自然と「前」や「右」のあたりに置くはずです。
ところが、オーストラリア先住民のある言語の話者に同じことを聞くと、椅子に座ったまま体の向きを変えるだけで答えが変わります。2010年に『Psychological Science』誌に発表された研究では、体がどちらを向いていても、時間は常に東から西へ流れると考える人たちがいることが報告されました。南を向けば時間は左から右へ、北を向けば右から左へ——体ではなく、方位そのものが時間の"軸"になっているのです。
この記事では、「言葉の違いが、思考そのものを形づくっているのかもしれない」という言語相対論(linguistic relativity)をめぐる研究を、論文ベースで追いかけます。ただし先に断っておくと、この分野には強い証拠と、あとで崩れてしまった証拠の両方があります。最後まで読むと、その見分け方も分かるはずです。
なぜ"言葉が思考を形づくる"かもしれないと考えられてきたのか
「言葉が違えば、ものの考え方も違うのではないか」という発想自体は古くからありました。言語相対論(サピア=ウォーフの仮説と呼ばれることもあります)がそれです。ただしこの分野には、黒歴史もあります。かつて「イヌイットの言語には雪を表す単語が100以上ある」という話が独り歩きし、\"言葉の数だけ感じ方が豊かになる\"という極端な解釈までされました。この手の\"強い言語決定論\"——言葉が思考の可能性そのものを縛ってしまうという主張——は、検証に耐えられず、今日では言語学者のあいだでほとんど支持されていません。
その反省を踏まえ、現代の研究者が調べているのは、もっと地味で検証可能な\"弱い\"バージョンです。つまり、言葉そのものが何を考えられるかを決めてしまうわけではないが、ふだん使う言葉の習慣が、無意識に働く思考の\"デフォルト設定\"に影響するかもしれない、という考え方です。言語心理学者のダン・スロービンはこれを「話すための思考(thinking for speaking)」と呼びました。文を作るたびに、その言語が義務づけている区別(時制、方位、文法的な性など)を、否応なく意識せざるを得ない——その繰り返しが、習慣としての\"考え方の癖\"を作るのではないか、という仮説です。
これを検証するには、実際に言葉の構造が大きく異なる集団を比べ、言葉そのものではなく非言語的な課題(言葉を使わずに答える課題)での成績を見る必要があります。ここから紹介する実験は、まさにそれを行ったものです。
実験1:体の向きを変えて、時間の並べ方を聞いてみる
スタンフォード大学のLera Boroditskyとアリス・ガビーが2010年に行った研究の舞台は、オーストラリア北部のポンプラーウ(Pormpuraaw)というコミュニティです。ここで話されているクウク・サーヨレ語(Kuuk Thaayorre)には、日常会話で「左」「右」にあたる言葉がほとんど使われません。コップをちょっと動かしてほしいときも、「北へ少し」「東寄りに」のように、方位(東西南北)で説明するのがふつうだといいます。
実験では、参加者に「人が年をとっていく」「ワニが成長していく」「バナナが食べられていく」といった、時間の経過を表す写真を数枚ずつ渡し、「起きた順番に地面へ並べてください」と指示します。ここに仕掛けがあります。同じ課題を、参加者が北・南・東・西のどちらを向いて座っているかを変えながら、複数回行ったのです。
比較のため、英語話者やヘブライ語話者を対象にした先行研究の結果も参照されています。英語話者は文字を左から右に書く習慣を反映して、どちらを向いていても自分の左から右へ時間を並べる傾向があり、ヘブライ語話者(文字を右から左に書く)は逆に右から左へ並べる傾向がある、というのが従来の知見でした。つまり、これまでの研究では「時間の並べ方は、自分の体を基準に決まる」と考えられてきたわけです。
結果:"先週"は東、"来週"は西だった
クウク・サーヨレ語話者の答えは、英語話者ともヘブライ語話者とも違っていました。彼らは、自分がどちらを向いているかに関係なく、常に時間を東から西へ並べたと報告されています。南を向いているときは、カードは自分の左から右へ進みます。北を向いているときは、右から左へ。東を向いているときは自分に向かってくる方向へ、西を向いているときは自分から遠ざかる方向へ——向きを変えるたびに、身体を基準にした並べ方そのものは変わるのに、方位を基準にした並べ方だけは一貫して変わらないのです。
これは単に「方位を使う言葉を話しているから、方位を答えに使った」というだけの話ではありません。英語話者やヘブライ語話者が、自分の向きを変えても律儀に身体基準を保ち続けたのに対し、クウク・サーヨレ語話者は身体基準をまるごと無視して方位だけを一貫させたのです。研究チームは、これほど徹底した時間の\"脱身体化\"は、それまで報告されたことがなかったと位置づけています。
実験2:"ものの記憶"の仕方まで変わっていた
時間の並べ方だけが特殊なのでしょうか。それを確かめるために重要なのが、Eric Pedersonらの研究チームが1998年に言語学のトップジャーナル『Language』誌で発表した、13の言語コミュニティを比較した大規模研究です。
使われたのは「動物を並べる課題」というシンプルな非言語テストです。参加者は、机の上に並べられたおもちゃの動物の列を記憶します。そのあと自分の体だけを180度回転させ、別の机の前に座り直し、先ほど見た並び方を記憶だけを頼りに再現するよう求められます。
ここで、2通りの「正解」があり得ることに注目してください。もし自分の身体を基準に記憶していれば、体が反転した後も「自分の左から右」という順番をそのまま再現しようとします。しかしこの場合、方位(コンパスの向き)でみると、元の並びとは東西が逆転してしまいます。逆に方位そのものを基準に記憶していれば、身体から見た左右は入れ替わってしまいますが、方位としては元の並びが保たれます。
結果は、使う言語によってはっきり分かれました。オランダ語・日本語・英語のように、日常会話で「左右」などの相対的な表現を主に使う言語の話者は、身体基準で解く傾向が強く出ました。一方、ツェルタル語など、日常会話で方位的な表現を主に使う言語の話者は、方位基準で解く傾向が強く出ました。この対応関係は統計的にも裏付けられており、論文では統計検定(マン・ホイットニーのU検定)でp<.001という、偶然では説明しにくい強い相関として報告されています。
なぜこうなるのか
メカニズムについてはまだ決着がついていませんが、有力な考え方のひとつが、先ほど触れた「話すための思考」です。方位を常用する言語の話者は、一文話すたびに自分の向いている方位を把握していないと、まともな文が作れません。「コップを北側に置いて」と言うには、話す前に自分が今どちらを向いているかを計算している必要があるからです。
これは筋トレのようなものだとイメージすると分かりやすいかもしれません。日常会話という\"運動\"の中で、方位を把握する部位だけを、生涯にわたって何万回も使い続けることになります。その積み重ねが、言葉を離れた記憶課題でも方位を基準にする\"癖\"として表に出てくるのではないか、という説明です。もちろんこれは一つの仮説であり、脳のどの仕組みがそれを担っているかまでは、ここで紹介した研究だけでは分かりません。
この話、こう使える
「自分には関係のない話」と思うかもしれませんが、実は日本語話者にも英語話者にも、気づいていない\"時間の比喩\"の癖があります。日本語では「来週」を「先」、過去を「後ろ」と表現することがあります(「後ろ向きに考える」の「後ろ」は過去側です)。一方、英語では未来を front(前)、過去を behind(後ろ)に見立てる表現が一般的です。I'm looking forward to it.(楽しみにしている=前方を見ている)のforwardは、まさに未来を前に見立てた比喩です。
この視点は、外国語学習そのものにも応用できます。前置詞(in / on / at)や時制の使い分けに苦労するのは、単語の意味を覚え間違えているからではなく、その言語が空間や時間をどう区切っているかという\"地図\"が、日本語の地図と違うからだと捉え直すと、覚え方そのものが変わってきます。文法を丸暗記するより、「この言語は、ここの境界線をどこに引いているのか」を意識する方が定着しやすい、という考え方はやり直し英文法でも扱っている視点です。
また、2つの言語を日常的に切り替えているバイリンガルの人は、どちらか一方の\"デフォルトの考え方\"に固定されず、視点を切り替える柔軟性が育ちやすいという報告もあります。これについては、以前の記事バイリンガル脳の"隠れた貯金"でも紹介しました。言葉を増やすことは、単に会話の手段を増やすだけでなく、\"考え方の型\"を複数持つことにもつながるのかもしれません。
注意点:この研究の限界
ここまで読むと「言葉が思考を決めている」と結論づけたくなりますが、それは研究が実際に示した範囲を超えています。正直に書いておくべき限界がいくつかあります。
- 相関と因果は別。方位を使う言語の話者が方位基準の記憶課題を得意とするのは確かに統計的な相関として示されていますが、これは「言語がその考え方を生み出した」ことの直接証明ではありません。方位に頼らざるを得ない生活環境(目印の少ない土地など)そのものが、言語と思考の両方に独立して影響している可能性も排除できません。
- サンプルの規模。Pedersonらの研究は13の言語コミュニティを比較した意欲的な研究ですが、ウェブ調査のような数千人規模の実験ではなく、各コミュニティの参加者数は限られています。
- \"強い言語決定論\"は支持されていない。この記事で紹介した現象はどれも、言語ごとの\"習慣的な傾向の差\"であり、「その言語を話さない人には絶対に理解できない考え方がある」という意味ではありません。英語話者やヘブライ語話者が方位基準で考えること自体ができないわけでもありません。
要するに、「言葉が思考に影響する可能性がある」という弱いバージョンの言語相対論を支持する証拠はいくつも積み上がってきていますが、「言葉が思考を決める」という強いバージョンには証拠がなく、さらに個々の有名な実験も一つひとつ検証し直す必要がある、というのが現在地です。
よくある質問
今日の3行まとめ
言葉の習慣が、方位の記憶のような非言語的な課題の成績とも結びついていることが、13言語を比べた研究で示されています。
ただし「言葉が思考を決める」という強い主張には証拠がなく、有名な実験ほど再検証が必要というのが、この分野の現在地です。
自分の言語がどんな比喩で時間や空間を切り取っているかに興味が出た人は、母語の"色の境界"が色の見え方を変える研究もあわせて読んでみてください。言葉と知覚の関係を、別の角度から見ることができます。
日本語と英語で、時間・空間の切り取り方がどれくらい違うのか。語彙力テストで、自分がどのくらい"英語の地図"に馴染んでいるかをチェックしてみましょう。
語彙力テスト(CEFR判定)をやってみる →参考文献
- Boroditsky, L., & Gaby, A. (2010). Remembrances of Times East: Absolute Spatial Representations of Time in an Australian Aboriginal Community. Psychological Science, 21(11), 1635–1639. 論文を見る
- Pederson, E., Danziger, E., Wilkins, D., Levinson, S., Kita, S., & Senft, G. (1998). Semantic Typology and Spatial Conceptualization. Language, 74(3), 557–589. 論文を見る
- Levinson, S. C. (2003). Space in Language and Cognition: Explorations in Cognitive Diversity. Cambridge University Press.
- Boroditsky, L., Schmidt, L. A., & Phillips, W. (2003). Sex, Syntax, and Semantics. In D. Gentner & S. Goldin-Meadow (Eds.), Language in Mind: Advances in the Study of Language and Thought (pp. 61–79). MIT Press.
- Mickan, A., Schiefke, M., & Stefanowitsch, A. (2014). Key is a llave is a Schlüssel: A Failure to Replicate an Experiment from Boroditsky et al. 2003. Yearbook of the German Cognitive Linguistics Association, 2(1), 39–50.