もしアイスランド沖の海底に、生まれてから500年以上ひとりで過ごしている生き物がいると言われたら、信じられるでしょうか。しかも研究者たちは、その生き物の年齢を確かめるために、貝殻を割って中の年輪を数えるまでその正体に気づいていませんでした。
今回取り上げるのは、動物の「寿命の限界」を調べた4本の論文です。アイスランド沖で見つかった二枚貝は507歳、深海に暮らすグリーンランドザメは最大で392歳前後と推定されています。人間の一生を軽く超えるこうした年齢を、研究者たちは戸籍も年輪も残っていない生き物からどうやって割り出したのか。そして、なぜここまで長く生きられる種がいるのか。4本の論文をたどりながら見ていきます。
なぜ生き物の「歳」を数えるのは難しいのか
人間には戸籍があり、木には年輪があります。しかし多くの野生動物には、生まれた年を示す記録がどこにも残っていません。捕まえた瞬間の見た目や大きさから年齢を「推測」することはできても、それは正確な年齢とは言えないのです。
とりわけ厄介なのが、成長がきわめてゆっくりで、しかも深海のような観測しづらい場所に暮らす生き物です。数十年おきに観測しても、体の大きさがほとんど変わらないため、従来の方法では年齢の見当すらつきません。
そこで研究者たちが目をつけたのが、体の中に「時計」として使える組織や化学変化でした。目の水晶体核(すいしょうたいかく=眼球の中心にある、生まれたときからほぼ組成が変わらない透明な組織)や、タンパク質が時間とともに立体構造をゆっくり変えていく現象、そして貝殻に毎年刻まれる成長線。生き物によって使える「時計」は違いますが、共通しているのは「生まれてから変化しない、あるいは一定の速さで変化し続ける部分を探す」という発想です。
実験:4種の生き物を、4つの方法で測る
2016年に『Science』誌に発表されたNielsenらの研究チームは、体長81〜502cmのグリーンランドザメ28匹(すべて雌)の目を集め、水晶体核を放射性炭素年代測定(=大気中の放射性炭素の量が時代によって変動する性質を利用し、組織が作られた年代を推定する手法)にかけました。核の中心部分は生まれたときに作られたまま変化しないため、そこを調べればそのサメが生まれた年代が分かるという発想です。
ホッキョククジラについては、1999年にGeorgeらが『Canadian Journal of Zoology』誌に発表した研究で、1978年から1997年にかけて捕獲されたクジラの目玉48個を分析しました。使われたのはアスパラギン酸ラセミ化法(=目のレンズに含まれるアミノ酸の立体構造が、年齢とともに一定の速さでゆっくり変化していく性質を利用する手法)です。この研究では、捕獲されたクジラの体内から19世紀に使われていた古い銛(もり)の先端が見つかったことも、年齢が非常に高いことを裏づける物的証拠として報告されています。
二枚貝については、Butlerらの研究チームが、アイスランド沖の海底からドレッジ(=海底を引きずって採取する漁具)で引き揚げた個体の貝殻を用いました。木の年輪のように貝殻に刻まれる成長線(せいちょうせん)を1本ずつ数え、放射性炭素年代測定で補正するという方法です。この個体には後に「Ming(ミン)」という愛称がつけられています。
そしてハダカデバネズミについては、Rubyらが2018年に『eLife』誌で発表した研究があります。こちらは化石や年代測定ではなく、飼育下で38年間にわたって記録された3,000匹超の生存データを統計的に分析するという、まったく異なるアプローチでした。「年齢を重ねるほど死亡率が上がる」という、多くの哺乳類に共通する法則(ゴンペルツの法則)が、この動物にも当てはまるかどうかを検証したのです。
結果:桁違いの数字が並んだ
グリーンランドザメの研究では、体長502cmの最大個体が392±120歳と推定されました。研究チームはサメ全体の寿命を272〜512年と見積もっており、性成熟(=繁殖できるようになる年齢)に達するのも156±22歳ごろと、桁違いに遅いことも分かっています。
ホッキョククジラでは、分析した中で最も高齢と推定された個体が211歳でした。ただし誤差の範囲は非常に大きく、研究チーム自身が慎重な数字だと断っています。それでも、別の個体で得られた133歳というAAR推定値が、体から見つかった約120年前の銛の破片とほぼ一致したことは、この手法の裏づけとして報告されています。
二枚貝の「Ming」は、成長線を数え直した結果507歳と判定されました。これは、これまでに確認された単体の動物としては最長級の年齢です。
ハダカデバネズミの研究では、年齢を重ねても死亡リスクがほとんど上がらないという、通常の哺乳類とは大きく異なる傾向が報告されました。性成熟から25倍の年月が経過した個体でも、死亡率の明確な上昇は見られなかったとされています。
| 生き物 | 推定される年齢・傾向 | 使われた方法 |
|---|---|---|
| グリーンランドザメ | 最大個体で392±120歳(寿命272〜512年と推定) | 眼球水晶体核の放射性炭素年代測定 |
| ホッキョククジラ | 最高齢の推定で211歳 | アスパラギン酸ラセミ化法+銛の物的証拠 |
| 二枚貝(Ming) | 507歳 | 貝殻の成長線カウント+放射性炭素補正 |
| ハダカデバネズミ | 年齢による死亡率の上昇がほぼ見られない | 3,000匹超の飼育記録の統計分析 |
なぜこんなに寿命の差が生まれるのか
メカニズムの全容はまだ解明されていませんが、研究者のあいだで有力視されている要因はいくつかあります。
ひとつは代謝速度です。グリーンランドザメは北極圏の冷たい深海に暮らし、体温は周囲の水温とほぼ同じ0〜数度台。動きも非常にゆっくりで、消化に数日から1週間近くかかるとされています。エンジンの回転数を極端に落として走る車が、部品の摩耗も遅いのと同じように、体内の化学反応がゆっくり進むほど、細胞へのダメージが蓄積する速度も遅くなるという考え方です。二枚貝や深海のクジラも、似たように低温・低代謝の環境を共有しています。
もうひとつは、細胞の傷みを修復する能力の高さです。ハダカデバネズミは、がんになりにくい、酸素が薄い環境でも生きられるなど、細胞レベルで通常のネズミとは異なる性質を持つことが複数の研究で報告されています。これは「代謝が遅いから長生き」という単純な図式だけでは説明がつきません。代謝の速さと寿命の長さが必ずしも比例しないケースがある、という点は研究者のあいだでも議論が続いています。
この話、こう使える
「へぇ」で終わらせず、この研究をどう受け止めればいいのかを考えてみます。
- 雑談のネタとして:「深海のサメは人間より何倍も長生きしている個体がいるらしい」というだけで、十分に会話が弾む切り口です。数字を正確に(392年と500年超は種が違う、と)覚えておくと信頼度も上がります。
- 老化研究の最前線として:ハダカデバネズミやグリーンランドザメは、いま老化研究のモデル生物として世界中の研究室で調べられています。がんになりにくい仕組みや、細胞の修復能力の高さが今後の医学研究にどうつながるか、注目しておく価値があります。
- 「測れないものを測る」科学の面白さとして:年輪も戸籍もない生き物の年齢を、放射性炭素やアミノ酸の変化から逆算する発想そのものが、科学的な推理のお手本のような話です。
ちなみに、こうした桁違いの数字に触れたあとで自分の身近な「年齢」に目を向けてみるのも面白いものです。当サイトの英語脳年齢テストで、あなたの英語脳が何歳相当かチェックしてみるのも一興でしょう。
注意点:この研究の限界
- サンプル数が少ない。 グリーンランドザメの研究は28匹、ホッキョククジラの研究は分析に成功した42匹が対象です。個体差や地域差まで踏まえた一般的な結論と言い切るには、さらなる検証が必要です。
- 誤差の幅が非常に大きい。 グリーンランドザメの最大個体は「392±120歳」、つまり272歳から512歳までの幅を含んでいます。「507歳」「392歳」という数字も、あくまで研究チームによる最も確からしい推定値であり、確定した事実ではありません。
- ハダカデバネズミの「老いない」説には異論もある。 Rubyらの2018年の研究は大きな話題になりましたが、2019年には別の研究者から、分析対象の個体の多くが観察期間の短い若い個体に偏っているのではないかという指摘(コメント論文)が出されています。「老いがほぼ止まる」という解釈は、まだ決着した結論ではなく、現在も検証が続いています。
- 相関と因果を混同しない。 「代謝が遅い生き物ほど長生きする傾向がある」ことと、「代謝を遅くすれば長生きできる」ことは別の話です。深海という環境そのものが外敵の少なさなど別の要因ももたらしている可能性があり、単純に一つの要因だけを取り出して結論づけることはできません。
よくある質問
今日の3行まとめ
年輪も戸籍もない生き物の年齢は、放射性炭素やアミノ酸の変化を「時計」として使うことで割り出されました。
ただし数字には大きな誤差幅があり、「老いにくさ」の仕組みも複数の要因が絡み合った、まだ研究途上のテーマです。
生き物の生存戦略にもっと触れたい人は、クマムシの驚異的な生存能力を解説した記事もあわせてどうぞ。
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英語脳年齢テストをやってみる →参考文献
- Nielsen, J., Hedeholm, R. B., Heinemeier, J., Bushnell, P. G., Christiansen, J. S., Olsen, J., Ramsey, C. B., Brill, R. W., Simon, M., Steffensen, K. F., & Steffensen, J. F. (2016). Eye lens radiocarbon reveals centuries of longevity in the Greenland shark (Somniosus microcephalus). Science, 353(6300), 702–704. 論文を見る
- George, J. C., Bada, J., Zeh, J., Scott, L., Brown, S. E., O'Hara, T., & Suydam, R. (1999). Age and growth estimates of bowhead whales (Balaena mysticetus) via aspartic acid racemization. Canadian Journal of Zoology, 77(4), 571–580. 論文を見る
- Butler, P. G., Wanamaker, A. D., Scourse, J. D., Richardson, C. A., & Reynolds, D. J. (2013). Variability of marine climate on the North Icelandic Shelf in a 1357-year proxy archive based on growth increments in the bivalve Arctica islandica. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 373, 141–151. 論文を見る
- Ruby, J. G., Smith, M., & Buffenstein, R. (2018). Naked mole-rat mortality rates defy Gompertzian laws by not increasing with age. eLife, 7, e31157. 論文を見る