夜空に、東西にすっと伸びる紫のリボンが浮かぶ。オーロラを見慣れた人たちでさえ、その姿は初めて見るものでした。色も、形も、現れる場所も、教科書に載っているオーロラとは違う。それでも長らく「オーロラの仲間だろう」と思われてきたこの光には、実は名前すらありませんでした。

正体を突き止めたのは、専門の観測装置を持たないアマチュアの写真家たちと、たまたま真上を通りかかった人工衛星でした。彼らがたどり着いた結論は、「これはオーロラが光る仕組みとは別の現象らしい」というものです。粒子が空から降り注いで光るのではなく、秒速6kmという猛烈な速さで流れる、灼熱のプラズマの帯そのものが光っていた──科学者たちがそう報告しています。

今回は、この"STEVE"と呼ばれる現象が発見され、正体を暴かれていった過程を、実際の論文をもとに追いかけてみます。

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なぜ長年"謎の光"のまま放置されていたのか

そもそも一般的なオーロラは、太陽から吹きつける粒子(太陽風)が地球の磁力線に沿って極域の大気に降り注ぎ、酸素や窒素にぶつかって光る現象です。仕組みそのものは19世紀末から研究が進み、緑や赤のカーテン状の光として、北極圏・南極圏に近い高緯度で観測されるというのが"常識"でした。

ところが2016年1月、カナダのアマチュア写真家たちのFacebookグループ「Alberta Aurora Chasers」が、通常のオーロラよりもさらに南、亜極域(高緯度より少し赤道寄り)の空に、細く東西に伸びる紫がかった白色のリボンを撮影していることに気づきます。緑のカーテンとはまるで別物の姿でした。グループの運営者クリス・ラツラフ氏は、正体不明のこの光に、ある理由で名前をつけます。

"It's a completely meaningless name, which is really useful for things that aren't understood."
「意味を持たない名前だからこそ、正体不明のものに使うにはちょうどいいんです」
アニメ映画『Over the Hedge(邦題:オーバー・ザ・ヘッジ)』で、森の動物たちが見慣れない生け垣を「Steve」と呼んだ場面にちなみ、ラツラフ氏はこの光にも同じ名前をつけました。科学的な裏付けが何もない、ただのニックネームだったのです。

この"Steve"という名前のまま、写真と目撃時刻・場所の記録が、NASAの宇宙物理学者エリザベス・マクドナルド氏と、カルガリー大学でオーロラ研究を専門とするエリック・ドノヴァン氏のもとに集まっていきました。研究者たちは、この記録と衛星データを突き合わせる作業に取りかかります。

実験:市民科学者の写真と衛星データを重ね合わせる

2018年、マクドナルド氏らの研究チームは『Science Advances』誌に、この光を扱った最初の論文を発表します。手がかりにしたのは、市民科学プロジェクト「Aurorasaurus」や愛好家グループに集まった写真とその撮影時刻・撮影地点でした。

研究チームはこのデータを、ESA(欧州宇宙機関)の地球観測衛星「Swarm」の軌道記録と照合します。Swarmはちょうどこの光の真下にあたる領域を、複数回にわたって通過していました。地上の写真と、宇宙からの直接観測が同じ時刻・同じ場所で重なる「コンジャンクション(重ね合わせ)」が見つかったのです。

この光が単なる目の錯覚や光害ではなく、上空に実在する構造だと確認できたことから、研究チームは正式にこの現象を認定し、"Steve"というニックネームをそのまま残すために、後付けで頭字語を与えました。Strong Thermal Emission Velocity Enhancement(強い熱放射・速度増大)、略してSTEVEです。

続く2018年には、Gallardo-Lacourt氏らのチームが『Journal of Geophysical Research: Space Physics』誌で、STEVEが本当にオーロラと同じ仕組みで光っているのかを検証します。そして2019年には、Archer氏らのチームが『Geophysical Research Letters』誌で、Swarm衛星がSTEVEの真下を通過した際のデータを詳しく解析しました。

💡 この研究デザインが面白い理由 専門家が現地に観測機材を送り込んだわけではありません。すでに空にいた愛好家たちの"目撃網"と、たまたま真上を通っていた衛星という、まったく別の2つのデータが偶然重なったことで、初めて正体に迫れたのです。
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結果:オーロラではなく"猛烈に速いプラズマの帯"だった

Gallardo-Lacourtら(2018)がまず確かめたのは、STEVEの光る場所に、オーロラの原因となる「荷電粒子の降り込み」があるかどうかでした。結果は「検出されず」。宇宙から粒子が降り注いでいる形跡がないのに、光だけがそこにある——古典的なオーロラの定義には当てはまらないことが分かってきました。

続くArcherら(2019)は、Swarm衛星がSTEVEの真下を通過した観測データから、その正体をより具体的に描き出します。報告されているのは、幅およそ25km、高度およそ450kmに存在する、細長いプラズマ(電離した気体)のリボン。その内部では電子温度が周囲よりおよそ3,000℃も高く、しかも秒速およそ6kmという猛烈な速さで西向きに流れていたといいます。

この「速く流れる電離層のプラズマ」自体は、実はSTEVE以前から「亜極域イオンドリフト(SAID)」として知られていた現象でした。ただし通常のSAIDは、これまでの観測では秒速3kmに満たない程度にとどまるとされてきました。STEVEに伴うSAIDは、それをはるかに超える異常な速さだったのです。

図1:通常のSAIDと、STEVEに伴うSAIDの流れる速さの比較
3km/s未満 秒速6km 通常のSAID これまでの観測 STEVEに伴うSAID Archer et al. 2019 8km/s 6km/s 4km/s 2km/s 0
STEVEに伴うプラズマの流れは、これまで報告されてきた通常のSAIDの2倍以上の速さだった。その後の衛星観測では、さらに速い例も報告されている。
出典:Archer, D. A., et al. (2019)の観測値をもとに作図

つまりSTEVEの正体は、宇宙から粒子が降ってくる"雨"ではなく、すでに知られていた電離層の"川"が、異常な速さと熱を帯びて光り出したものだった、というのが現時点での有力な説明です。

なぜこんな光り方になるのか

一般的なオーロラは、たとえるなら雨粒(荷電粒子)が地面(大気)にぶつかって水しぶき(光)を上げている状態です。降ってくる粒子の量が多いほど、光は明るくなります。

一方でSTEVEは、雨ではありません。地面すれすれを猛スピードで流れる川そのものが、摩擦熱で発光しているようなイメージに近いと説明されています。強い電場に押されたプラズマが尋常でない速さで流されることで温度が上がり、それ自体が可視光を放つほどの明るさに達した──というのが、現在報告されている仕組みです。

図2:一般的なオーロラとSTEVEで、光り方の仕組みはどう違うか
❶ 一般的なオーロラ(粒子が降り注いで光る) 大気(酸素・窒素)にぶつかって発光 ❷ STEVE(プラズマの帯そのものが光る) 高度450km・幅25kmのプラズマが秒速6kmで西へ ※ 粒子の降り込みは検出されていない(概念図)
降ってくる粒子で光るオーロラに対し、STEVEは横方向に猛スピードで流れるプラズマの帯そのものが熱を帯びて光っていると報告されている。
Gallardo-Lacourt et al. (2018) およびArcher et al. (2019) の報告内容をもとにしたイメージ図(実測値ではありません)

さらに話はここで終わりません。STEVEにはしばしば、縦じま状の緑色の光「ピケットフェンス」が伴います。見た目が緑のカーテン状に近いため、当初はこれこそ普通のオーロラだろうと考えられていました。ところが2023年、Gasque氏らのチームが『Geophysical Research Letters』誌で報告した研究では、ピケットフェンスの発光スペクトル(光の成分)には、粒子が大気にぶつかったときに特徴的な信号が乏しいことが指摘されています。研究チームがモデル計算で示したのは、高度およそ110kmで生じる磁力線に沿った電場が、酸素や窒素を直接励起している可能性でした。粒子の雨ではなく、また別の仕組みで光っている——というわけです。

🌌 ざっくり言うと STEVEも、その相棒のピケットフェンスも、見た目こそオーロラそっくりだが、光る仕組みはどうやら別物らしい。専門家が長年"完成した分野"だと思っていた夜空にも、名前すらついていない現象が隠れていました。

この話、こう使える

この一件がおもしろいのは、発見の主役が専門家ではなく、粘り強く空を撮り続けたアマチュアたちだったという点です。研究者は限られた観測地点や高価な機材に頼りがちですが、市民科学者たちは台数と継続性で、専門家が見落としていたパターンに気づくことができました。

科学の"へぇ"に触れたところで、ちょっと頭を切り替えたい人は英語の雑学・豆知識毎日の英語コラムもどうぞ。宇宙・地球にまつわる話はサイエンスラボで他にも紹介しています。

注意点:この研究の限界

ここまで読むと「STEVEの正体はもう解明された」と思いたくなりますが、正確にはまだ研究途上のテーマです。

⚠️ 「STEVE=解明済み」ではない STEVE自体が非常にまれな現象で、条件がそろわないと発生しません。なぜ特定の状況でだけSAIDが可視光を放つほど速く・熱くなるのかという根本のメカニズムは、まだ完全には解明されていないと報告されています。ピケットフェンスの発光メカニズムについても、2023年の研究はモデル計算による説明であり、直接測定で完全に決着したわけではありません。

よくある質問

STEVEは日本からも見えますか?
STEVEは強い地磁気活動が起きたときに、カナダなど北極に近い亜極域で報告されている現象です。日本のような中緯度ではオーロラそのものが観測されることも極めて稀なのと同様、STEVEもほぼ観測されません。目撃例の多くはカナダのアルバータ州など、もともとオーロラ観測が盛んな地域からのものです。
STEVEは結局オーロラの一種と呼んでいいのですか?
光り方や色は似ていますが、研究が示しているのは、古典的なオーロラを生み出す「宇宙からの荷電粒子が大気に降り注ぐ」というメカニズムとは違う仕組みで光っている可能性です。Gallardo-Lacourtら(2018)の解析では、STEVEの発光域で粒子の降り込みは確認されませんでした。そのため近年の論文では、STEVEを厳密には古典的な意味での「オーロラ」に分類しない立場が優勢ですが、今も議論が続くテーマであり断定的な決着がついているわけではありません。
なぜ専門家より先にアマチュアが見つけられたのですか?
高感度なデジタルカメラの普及とSNSでの情報共有により、愛好家たちは専門の観測装置を持たなくても、同じ空を辛抱強く撮り続けて記録を蓄積できるようになりました。研究者は限られた観測地点や衛星データに頼りがちですが、市民科学者は台数と継続的な観察によって、専門家が見落としていたパターンに気づけたと報告されています。

今日の3行まとめ

📌 これだけ持ち帰ってください 紫のリボン状の光「STEVE」は、粒子が降り注いで光る古典的なオーロラとは別の仕組みで光っている可能性が報告されています。
正体は、電離層を秒速6kmという猛烈な速さで流れる、幅25km・高度450kmの高温プラズマの帯。
発見の主役は専門家ではなく、粘り強く空を撮り続けたアマチュア写真家たちでした。
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