「それは間違いだ」と自分でもはっきり知っている話を、何度も目にしただけで、なんだか本当のような気がしてきた――そんな経験はないでしょうか。
これは気の緩みではなく、心理学が半世紀近く確かめてきた本物の現象です。「虚偽真実効果(illusory truth effect)」と呼ばれるこの働きは、繰り返し見聞きするだけで、その内容が真実だと感じる度合いが上がるというものです。しかも厄介なのは、正しい答えを知っている人でも、この効果から逃れられなかったと報告されている点です。
デマや誤情報がSNSで何度も流れてくる時代だからこそ知っておきたい、知識と記憶のすきまを突く現象の正体を見ていきましょう。
なぜ人は「見覚えがある」を「本当らしい」と取り違えるのか
私たちが「この話は本当かな?」と判断するとき、本来なら根拠や出典を一つひとつ確認するのが理想です。しかし現実には、そんな手間をかける時間も情報量もありません。そこで脳が使っているのが、ちょっとした近道(ヒューリスティック)です。
その近道のひとつが、処理の流暢性(fluency=頭の中でスッと処理できる感覚)です。何度も見た文章・聞いた言い回しは、初めて見るものより理解にかかる負担が小さく、スラスラと頭に入ってきます。問題は、この「スラスラ感」そのものを、脳が「本当らしさのサイン」と読み替えてしまうことです。
この現象を最初に実験で確かめたのが、Lynn Hasher、David Goldstein、Thomas Toppinoが1977年に発表した研究でした。参加者に60の文章を読ませ、一部を複数回登場させたところ、その文章が実際に真実かどうかとは無関係に、繰り返し見た文章ほど「真実だ」という評価が上がったと報告されています。繰り返しだけで、内容の正しさとは別に「本当らしさ」の印象が育っていったのです。
実験:「知っているはずの間違い」まで繰り返したら
ここで浮かぶ疑問があります。見慣れない話なら流暢性に惑わされても仕方ないかもしれませんが、自分がもともと正しい答えを知っている話まで、繰り返しの影響を受けるのでしょうか。
この問いに正面から挑んだのが、Lisa K. Fazio、Nadia M. Brashier、B. Keith Payne、Elizabeth J. Marshが2015年に『Journal of Experimental Psychology: General』誌で発表した実験です。参加者はまず88の文章(本当のものと、実際とは異なる誤りの文章が混在)を読みます。文章には、たとえば「正しい事実と矛盾する、よく知られた知識についての誤り文」と「あまり知られていない知識についての誤り文」の両方が含まれていました。
そのうえで、一部の文章だけを後の「真実度評価フェーズ」で再び登場させ、1(完全に誤り)から6(完全に真実)までの6段階で、文章ごとの真実度を評価させました。さらに実験の最後には、176問の知識チェックを行い、参加者一人ひとりが「もともと正しい答えを知っていたか」を個別に確認しています。
結果:知識があっても、繰り返しに引き寄せられた
結果はまず、繰り返し全体の効果として現れました。繰り返し見た誤り文の真実度評価(平均3.53)は、初めて見た誤り文(平均3.26)より高くなったと報告されています。
そして本題です。参加者がもともと正しい答えを知っていた、よく知られた事実と矛盾する誤り文だけを取り出して分析したところ、初めて見たときの真実度評価は平均2.59、繰り返し見たときは平均2.93まで上がっていました。知識の有無(知っている・知らない)と繰り返しの効果は、統計的に交互作用していませんでした。つまり、正しい答えを知っている参加者も、知らない参加者と同じくらい繰り返しの影響を受けていたのです。数値だけ見ると、むしろ既知の誤り文のほうが効果がわずかに大きいという結果でした。
この発見はさらに、デマや誤情報が広がる現場でも確かめられています。Gordon Pennycook、Tyrone D. Cannon、David G. Randが2018年に発表した実験では、実際にFacebook上に出回った形式のフェイクニュースの見出しを使って検証が行われました。一度見せられただけで、その後の見出しの正確性評価は、同じセッション内でも、1週間後でも高くなったと報告されています。ただし「地球は完全な正方形だ」のような、どう見てもありえない主張には、繰り返しの効果は及びませんでした。最低限の「それっぽさ」がある話ほど、繰り返しに弱いということです。
なぜ知識があっても、流暢さに負けてしまうのか
Fazioらの研究チームは、この現象を「知識の見過ごし(knowledge neglect)」と名付けました。頭の中に正しい答えが保存されていても、判断の瞬間にそれを呼び出して使うとは限らない、という意味です。
たとえるなら、図書館の奥の書庫に正しい答えを記した本が確かに保管されているのに、受付の職員(=とっさの直感的な判断)は「この質問、前にも聞かれた気がするから、たぶん合ってるはず」と、書庫を調べずに答えてしまうイメージです。書庫の中身(知識)が間違っているわけではなく、「調べに行く」という一手間を、流暢さの感覚が省略させてしまうのです。
この話、こう使える
知っていても防げない、と聞くと無力感を覚えるかもしれませんが、研究から読み取れる実践的なヒントはあります。
- 「何度も見た」と「確かめた」を区別する。 ある主張にすんなり納得できたとき、それが本当に根拠を確認したからなのか、単に何度も目にしたからなのかを、一度自分に問い直す習慣をつけましょう。
- 驚くほど「すんなり」感じた主張ほど要注意。 Pennycookらの実験が示すとおり、まったくありえない主張には流暢性は働きません。逆に「言われてみれば、そんな気もする」程度の主張こそ、繰り返しの影響を受けやすい領域です。
- シェアする前に出典までさかのぼる。 「よく見かける話」と「出典のある話」は別物です。拡散する前のひと手間が、自分自身が虚偽真実効果の運び手になることを防ぎます。
- 人に説明するときは、根拠ごと伝える。 「よく言われているから」ではなく「◯◯の研究でこう確認されている」という形で話す練習は、情報を扱う筆者自身にとっても有効な防御になります。
こうした「自分の直感を疑ってみる」視点は、認知バイアス全般に効きます。あわせて自信と実力のズレを調べたダニング=クルーガー効果や、最初に見た数字に判断が引き寄せられるアンカリング効果の記事も読んでみてください。
注意点:この研究の限界
- 効果の大きさは「小さなズレ」である。 Fazioらの実験でも、6段階評価の中での0.3点前後の変化であり、「嘘を完全な真実に変える」ほどの激変ではありません。ただし、この小さなズレが積み重なった結果として、社会全体の認識が動く可能性は別の問題として残ります。
- 実験参加者の多くは大学生など特定の集団。 年齢層や文化的背景が異なる集団では、効果の大きさが変わる可能性があります。
- 相関と因果の混同に注意。 実験では繰り返しの回数を研究者が操作しているため因果関係として報告されていますが、現実のSNS上では「よく拡散される話は、もともと興味を引きやすい話でもある」など、別の要因も絡み合います。
- 「警告すれば効果が消える」とは言えない。 関連する研究では、事前に「繰り返された文章が真実とは限らない」と警告しても、繰り返しによる真実度の上昇そのものは残ったと報告されています。警告は役に立たないわけではありませんが、万能の防御にはなりません。
よくある質問
今日の3行まとめ
正しい答えを知っていても、この感覚からは逃れられないと報告されています。
「すんなり納得できた」と感じたときこそ、それが確認済みの情報か、ただの馴染みかを一度問い直しましょう。
認知バイアスの話がもっと気になったら、サイエンスラボの他の記事でも判断のクセを扱った実験を紹介しています。思わず人に話したくなる雑学は英語の雑学・豆知識でも毎日更新中です。
参考文献
- Hasher, L., Goldstein, D., & Toppino, T. (1977). Frequency and the conference of referential validity. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 16(1), 107–112.
- Fazio, L. K., Brashier, N. M., Payne, B. K., & Marsh, E. J. (2015). Knowledge does not protect against illusory truth. Journal of Experimental Psychology: General, 144(5), 993–1002. 論文を見る
- Pennycook, G., Cannon, T. D., & Rand, D. G. (2018). Prior exposure increases perceived accuracy of fake news. Journal of Experimental Psychology: General, 147(12), 1865–1880. 論文を見る