📖くわしく解説します
「無駄な追いかけっこ」「骨折り損のくたびれ儲け」を意味する英語のイディオム wild goose chase。直訳すれば「野生の雁の追跡」ですが、実際に雁を追いかけ回していたわけではありません。この言い回しの生まれは、エリザベス朝時代のイギリスで行われていたある種の競馬にあるとされています。
16世紀の馬術指導書にこの競走の実態を記した記述が残っています。ガーヴェイス・マーカムが1593年に著した馬術書によれば、騎手は先導する馬が自由に選んだコースを、一定の距離と時間差を保ちながら追いかけなければならず、先頭の馬が不規則に進路を変えるたびに後続の馬たちもそれに付き従って動きます。この連なって飛行方向を変えていく様子が雁の群れが隊列を組んで飛ぶ姿に重なったため、この競走は wild-goose chase と呼ばれるようになったというのが有力な説です。
この言葉が文献に残る最も古い使用例の一つが、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』です。第2幕第4場で、マーキューシオが機知の応酬についていけないと冗句めかして "Nay, if our wits run the wild-goose chase, I am done"(やれやれ、この言葉の掛け合いが wild-goose chase の勝負だとしたら、もう俺は脱落だ)と口にします。もっとも、シェイクスピアがこの言葉を発明したわけではなく、同時代の文献にも同様の表現がいくつか見つかることから、当時すでに一般的だった言い回しを使ったにすぎない、とみられています。
競馬としての wild-goose chase と、比喩としての「無駄な追跡」という意味は、その後およそ1世紀にわたって並存しました。Oxford English Dictionaryには1690年代までこの競走そのものを指す用例が残っていますが、やがて競技自体が廃れ、比喩的な意味だけが生き残ります。今「wild goose chase に付き合わされた」と言うとき、そこに本物の雁は登場しませんが、追いかけても追いかけても埒が明かない感覚だけは、400年以上前の競馬からしっかり引き継がれているのです。
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❓まとめ
Q. 骨折り損の「無駄な追いかけっこ」を意味する wild goose chase(ワイルド・グース・チェイス)。なぜ、わざわざ「野生の雁」が出てくるのでしょうか?
A. 元は本当に雁を追いかける話ではなく、16世紀イギリスで行われていた競馬の一種の名前でした。先導する馬を一定の間隔を保って追いかけるこの競走の動きが、雁の群れが隊列を組んで飛ぶ姿に似ていたためこの名がつき、そこから「当てもなく追い回す無駄な努力」という今の比喩的な意味が生まれたとされています。