答えノア・ウェブスターが1828年の辞書で、colour→color、centre→center などを意図的に採用した。
📖くわしく解説します
color / centre、theatre / theater、defence / defense、travelling / traveling。この差の大部分は、ノア・ウェブスターという一人のアメリカ人に遡ります。
1828年刊の『アメリカ英語辞典』で、彼はイギリス綴りを「発音に合っていない」「イギリス的すぎる」として大量に改変しました。独立して間もない国に、独自の言語的アイデンティティを与えるという政治的な狙いもありました。
彼が提案した綴りの全部が生き残ったわけではありません。tongue → tung、women → wimmen、machine → masheen などは誰にも相手にされずに消えました。
今日の英米スペル差は、一人の改革者が押し通せた分だけ、という形で固定されています。
ウェブスターの改革には明確な政治的意図がありました。彼は「アメリカは言語の面でもイギリスから独立すべきだ」と公言しており、綴りの単純化はその手段でした。言語政策としての辞書という珍しい例です。
実務上の注意点をひとつ。英米綴りは混ぜないことが最も大事です。1つの文書の中で color と centre が同居していると、それだけで雑な印象になります。読み手がどちらの国かで決め、決めたら最後まで揃える。ワープロの言語設定を最初に確認しておくのが確実です。
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❓まとめ
Q. アメリカ英語の綴りが違うのは、辞書編纂者一人の意志によるもの
A. ノア・ウェブスターが1828年の辞書で、colour→color、centre→center などを意図的に採用した。